5話 いらっしゃいませ

アパートの中は窓がないのか昼なのに暗く、廊下の壁に設置されたいくつかの淡いオレンジ色の光を出すランプ型の照明器具のまわりだけ申し訳程度に明るいだけだった。

その廊下を進んでいくと階段が現れた。

不思議なことにその階段は地下にだけ続いていて上に登るための階段はなかった。

地下への階段には廊下と同じように照明器具が取りつけられていてほんの少し明るかったが、逆にそれがよりきみの悪さをかもし出している。

先生はそんな階段を躊躇なく下っていくので、僕も慌ててスーツケースをもち続いて階段をおりた。

体感で2階ほど降り時階段は終わっていてまた廊下があった。

しかし、その廊下は短く前方5mほどのとこらで鉄製の扉がありそこで廊下は終わっていた。

僕たちはその扉の前まで行った。

扉は廊下のクラさもあってか不気味に感じられ、内側からはなにかの音が聞こえる。

規則的な音も不規則的な音も混ざっていてそれが壁を伝わり小さくされど奇妙に響く。

扉には取っ手があり、先生はそれに手をかけ扉をゆっくりゆっくりと開けていく。

内側から光が漏れてきた。

暗闇になれていた目がいきなり光を浴びて眩しくて、思わず目を閉じる。

その後目を慣らすためにゆっくりと目を開けると、扉の中の風景を捉えられてきた。

目に入った光景は…

……………………………………………………………




「何が食べたい?」

「じゃあ、ボルシチをお願いします。」

「そうか、あとここはビーフストロガノフも美味だ。一緒に頼もう。」

先生はそういうとこの場でたった1人いる燕尾服と蝶ネクタイが似合う小柄なウェイトレスを呼んで、料理を注文した。

燕尾服を着ていたからウェイターかと思ったがウェイトレスだった。

いやそんなことはどうでもいい。

廊下の扉の向こうにあったのは、そうレストランだった。

どんな恐ろしい場所かと思ったが、レストランだったということで拍子抜けしてしまった。


「あの…先生。ここが武器を買う場所なんですか?」

小声で周囲に聞こえないように聞いたが、答えは予想通り違った。

「そんな訳はないだろう。まだ向かってる途中だ。しかし、空腹だろう。ここに着くまで船酔いのせいでゼリー飲料しかお前は食べていないだろう?

目的地に向かうまで1度ここで休憩兼食事としよう。」

確かに腹は空いているが、別に食事ならわざわざこんなアパートの下にあるレストランじゃなくて駅周辺の適当なところでもよかったのではないかと思わずには居られない。

店は丸テーブルが8個、それぞれに4席の椅子が設置されていて、僕らの他には顔にいくつもの傷がついている老夫婦や怖そうな顔をした男性達、そして仮面舞踏会でもないのに仮面で口以外を隠した男女などが食事を取っている。

見るところによると僕たちも含めて一般人と呼べるような人物は一人もいない。

この店の中にいる人たちは全員楽しそうに話している。

しかし、僕は静寂な空間にも似た緊張感をその空間に感じていた。


注文をして15分後くらいになり店に置いてある木造のクラッシクな焦げ茶色が雰囲気をかもし出している振り子時計が重い音で13時を告げた。

ウラジオストクと僕の住んでいる場所とでは約16時間の時差があるらしい。

カナダの日付はまだ昨日だ。


振り子時計が時を告げたあとすぐにウェイトレスが日本でいう能面のような顔で料理を持ってきた。

ロシア語でなにか言っていたが料理名だけは聞き取ることができた。

燃えるように赤い世界三代スープの1つボルシチが僕の前に、柔らかさが見ただけで伝わってくるほど牛肉を煮込んだビーフストロガノフが先生の前に出され、それとピロシキがそれぞれの料理の横におかれる。

先生が料理を運んでくれたウェイトレスにひとことふたこと話した後、ウェイトレスは今までピクリとも動かさなかった眉を少し動かし、会釈をして厨房に戻って行った。

「先生、あの人に何を言ったんですか?」

「いや、食後にウォッカを出してもらうように頼んだんだ。」

「先生もお酒を飲むんですね。」

カナダで一緒に過ごしている間、先生がお酒を嗜むところは見たことがなかったので、僕は驚かずにはいられなかった。

「…飲むことくらいあるぞ。さぁ、とりあえず食べよう。」

僕と先生は同時にスプーンを取りそれぞれボルシチとビーフストロガノフを食べ始めた。


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