2話 運命I

ヤクブツ ショウカン テツゴウシ ヤミ ナイフ チチ イタミ すべてが嫌いですべてが憎い。

しかし乗り越えなければならない、乗り越えなければどこにもいけない。


……………………………………………………………


目が覚めるとベッドの上にいた。

いやな夢を見ていた気がする。

「でも、スッキリとした目覚めだ。」

こんなに目覚めがいいのは2年、いや5年ぶりだろう。今日の朝は辛くない。

「起きたか。」

聞きなれた声の方を見るといつものその大きな体をした初老の男が声をかけてくる。

「早くおりてこい。朝食にする。」

どうやら朝まで眠ってしまったらしく、その事に驚く。

「先生、僕をずっと見ててくれたんですか?」

「いや、たまたま今上がってきただけだ。」

先生はそうぶっきらぼうに返した。

でも、僕は先生の額からは少し汗が垂れていたのを見ていた。

「ありがとう、先生。」

先生は振り返らずに部屋の外に出ると階段を降りていく。その足音は気のせいか普段より速く聞こえた。


「食べ終わったか。味覚の方はどうだ?」

「はい。いつもより少し味がはっきり感じられました。」

「そうか…それは、よかった…な。」

僕の言葉に先生は歯切れ悪く答えた。

今日の朝食はモンティクリストというサンドウィッチ。先生は1週間に一度日曜日にこれを作ってくれる。理由は僕が好きな小説、「モンテ・クリスト伯」と語感が似ているかららしい。

小説は好きだがモンティクリストは好きというわけではない、からといって嫌いでもない。

しかし、いつもよりはっきり味が感じられた。

そう思いながら自身の指を見る。

さっき着替えた時に気づいたことだが昨日確かに怪我をしていた部分には傷が見当たらない。

その痕跡さえ見当たらない。

いくら小さい傷とはいえたった一日でなんの痕跡も残さず、治るだろうか。

そして指から目を離し今度は自分の左腕に目を移し右腕で触る。

昨日、確か魚卵のような黒い玉が僕の腕にくいこんでいたが今左腕ななんともない。

普通に動かすことができるし、触ってみてもなんともない。

あれは後遺症の幻覚だったとでもいうのだろうか。

昨日から何か妙なことばかり起こる。

黒い玉 寝起き 傷 そして味覚、これらには何か関係があるのか?

考えても答えは出てこない。

「ところでアーリ。」

「イっ……なんでしょう先生?」

後ろで皿洗いをしていた先生が突然声をかけてきたのでびっくりして、変な声が出てしまった。

「少しいや、もしかしたら結構話があるかもしれない。そのまま椅子に座っていなさい。」

皿洗いを終えた先生はそういうと僕とは向かいの椅子に座って。いつもよりも真剣な眼差しで僕を見つめた。先生はいつもぶっきらぼうだが優しい人だ。

でもこんな目で見られると緊張する。

無言のまま30秒 1分 5分 いや実際は10秒程度だったのかもしれない、とにかくとてもその時間は長く感じられた。

「アーリよ、ひとつ聞きたい。とても大事な事だ。正直に…正直に答えてくれ。

お前は昨日、何か変なものを見なかったか?例えば……黒い玉とか。」

その言葉に僕はドギっとした。

「あるよ……って答えたらどうする?」

そういうと先生は深く深くため息をついた。

「その答え方……見たんだな。まぁいいそれで玉はどこにある?」

やはり昨日のことは幻覚ではなかった、あの黒い玉は存在していた。しかし……疑問が残る。

「わからない、いきなり僕の左腕にくいこんできて…それをはなそうとしてしている間に僕は気を失ってしまったみたいで……どこにあるのかわからない。」

次の瞬間、今まで普段通りだった先生の顔色がみるみる青くなっていくのがわかった。

額から汗を垂らしながら先生は僕の左腕をつかみ凝視した。

「これは…まずいッ!同化してしまっている。考えた中でも1番まずい状態だ!クソッタレめ!!」

先生がここまで焦った顔を見るのも、汚い言葉を使うのもこの2年間で初めての光景だった。

僕は何か自身がそうとうまずいことをしてしまったのではないかと心が不安でみちた。


……………………………………………………………


5分後先生はこちらの不安な感情を読み取ったのか冷静さを取り戻したかのように見えたが、未だに少し焦っているのがわかる。

「先生、質問をしてもよろしいでしょうか。」

「……なんだ?言ってみなさい。」

「先生はあの黒い玉をご存知なのですか?」

先生は少しの沈黙ののち口を開き出す。

「……こうなってしまっては仕方ない。教えようアーリ、2つ教えよう。君が昨日見た黒い玉とは何なのかを。そして……」

先生は言葉をつまらせるが決心した顔になり残酷な真実を言い放つ。

「そして……教え選ばせよう。君の運命を。

『希望なき安寧』『希望ある闘争』君がどちらを選ぶのかを。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る