第11話
黄先生との勉強が終わってからも妙に心臓が騒いだままだった。手を見れば、小刻みに震えている。陰鬱な気分を沈めようと歩いていると、ちょうど庭園が目に入った。
少し庭園を歩きたい、と武官に告げて、ゆっくりと歩く。庭園は色とりどりの花が咲いていて、それを見ていると少しずつ心が和んでいくように感じる。
(さっきまで落ち込んでいたくせに)
我ながらなんて単純なのだろう。
けれど、ずっと暗いままよりも良いじゃないかと自分を鼓舞する。
それにここは『鏡の国』の世界だ。
せっかくなのだから、聖地巡礼くらいしてもバチが当たらないのではないだろうか。
(……たしかここを右に曲がれば、ハッピーエンドのスチルで出た四阿があるんだっけ)
ゲームのマップで大まかな場所は知っている。だから、ぼんやりとしながらも足取りに迷いはないーーそれを止めたのは後ろから唐突に投げ掛けられた平坦な声。
「随分と迷いなく歩くのだな」
振り向いた先に、天佑が立っていた。彼は顎で護衛に離れるように命令すると、不審そうに眉を顰めた。
(しまった。ゲームのマップで場所を知っていたからつい……)
なんで油断してしまったのだろう。ぼんやりしていたとはいえ、慢心もいいところだ。絶対に目撃されてはいけない人物に見られてしまったことを後悔しても、もう遅い。
「広い庭園をどうして迷いなく歩ける? 私は昔、『琴葉』に庭園の見取り図を口頭で伝えたことがある。お前はそれを覚えているのではないか?」
やはりお前が琴葉なのだろう、と天佑が続ける。
(違う。わたしが迷いなく庭園を歩けたのは、『鏡の国』の知識があったから……)
自分の迂闊さを悔やんでいるうちに、天佑に腕を掴まれる。
「賭けは私の勝ちだな」
暗い喜色ばんだ声にゾッとする。
このままではまずい。
本当に『琴葉』だと天佑に思い込まれてしまう。
「違います。適当に歩いていただけです!」
必死に誤魔化そうとした。
ゲームの情報はわたしにとって数少ない切り札。やすやすと教える訳にはいかない。
(でも、どうやって切り抜ければ……)
物理的に逃げたところで、無駄であろう。
なら、わたしだって彼に言いたいことがあった。
「……わたしが『稀人』であると、どうして教えてくれなかったんですか?」
「別に私はお前が『稀人』だから好いているわけではない。そのような情報を最初に与えれば、混乱するだろうと思ったから……」
「その場で混乱しても、わたしはちゃんと事実を受け止めます。天佑はわたしを信じてはくれないのですか?」
「それは……」
「稀人が現れると王族と婚姻を結ぶ。その事実にわたしが怯んで逃げるかもしれない……だから意図的に黙っていたのではないのですか?」
言い淀む天佑から離れる。それを彼は咎めはしない。
ーー少しは縮まったかもしれない心も離れていったようだった。
***
夜になっても天佑はやってこなかった。
明らかに避けられている。
けれど、天佑の訪問がなかったこと事実に胸を撫で下ろしたわたしも同じようなものだ。そう思いながらも……結局天佑のことを考える。
(ちゃんと眠れているのかな……)
クマが濃かった天佑の顔を思い出して、心配する。
どうか眠れていると良いとながら、眠ろうとした。
……けれど、一人ぼっちで横になると、無性に心が寂しいと感じたのだ。
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