第10話
(上手くいって良かった)
天佑はわたしが勉強することを許し、彼自らが教師を選定すると言っていた。
そして昼過ぎ。勉強する準備が整ったと知らせを受けて、書庫に入る。迎え入れてくれたのは、かつて天佑を教えていたこともあるという老年で、目尻の皺が印象的な優しそうな人だ。
「お初にお目に掛かります。私の名前は黄 李俊(こう りしゅん)と申します。どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします」
自己紹介をして、机に向かい合って座る。彼は穏やかに尋ねた。
「さて、貴妃様はこの国の歴史を学ぶために文字を知りたいと……でしたら、まずは簡単にこの国の生い立ちについて説明しようと思うのですが、いかがでしょうか?」
「はい。よろしくお願いします」
黄先生が語る……。
この国は周囲にあった十一の小国を取り纏めてできた国である。そして、この国には十一の特別な家があり、それはかつての小国の王の血筋である。ゆえに家ごとに気質が異なる。
子家(しけ)は、ずる賢いくて子悪党が多い。
牛家(ぎゅうけ)は、猛凸することからそれぞれの分野で天才が出てくる。
虎家(こけ)は、勇猛な武将を多く排出するも、プライドが高い。
兎家(とけ)は、特筆することはあまりないが、美人が多く生まれる。
龍家(りゅうけ)は、この国の王族である。
巳家(みけ)は、執念深く、業つくばり。
馬家(ばけ)は、真面目で優れた文官を多く排出している。
羊家(ようけ)は、商人を優遇し、領地を上手く経営している。
猿家(えんけ)は、表面上の調子は良いものの曲者揃い。時世を読む能力に長けている。
戌家(いけ)は、優秀な武将が多く、王家に忠実。
鳥家(ちょうけ)は、情報通で、優秀な宰相を多く排出。
猪家(ちょけ)は、優れた芸術家が多い。
黄先生はオブラートにそれぞれの家について語ってくれたけれど、家の気質についてはゲームでも描かれていた。
その中でわたしが興味を持った家は、巳家(みけ)と兎家(とけ)だ。巳家は先代の正妃の実家で、兎家は天佑の母の実家だったからだ。だから、その二家について他の家よりも多く質問してしまった。
けれど事情を知らないはずのわたしが、ピンポイントに天佑と関わりの深い家に興味を示すのは愚かなことであったことをーーのちに思い知る。
***
「それにしても陛下が本当に稀人(まれびと)様を召喚されるだなんて……」
「稀人、ですか?」
稀人、ってなんだろう。
ゲームでも『琴葉』を稀人と呼ぶ人は居なかった。初めて聞く単語を繰り返すと、黄先生は穏やかな声で語ってくれた。
稀人とは百年に一人。異界から渡ってくる人のこと。この国を興した王と結ばれた相手も稀人であった。
それゆえに。この国では稀人と結婚出来た王の治世は安定すると言われていて、稀人は信仰の対象でもあるらしい。
(そんなの知らない)
ゲームでは出てこなかった情報に戸惑う。
だってわたしは『琴葉』には当て嵌まらないけれど、『稀人』としては当て嵌まるのだから。稀人は特別な存在で、基本的に王族と結婚するのだと黄先生は言っていた。
以前、わたしと婚姻を結んでも反対されないだろうと天佑が零していた理由はコレだったのだ。
(それならもし『琴葉』が見つからなかった場合、わたしは天佑と結婚するの?)
賭けはした。
でも、それは天佑と個人で交わした約束である。
国が、臣が、民が、『稀人』との結婚を望めば、天佑は拒み切れるのか……。
そもそも天佑がこの事実を伏せていたのはわざとじゃないのか?
そんなことを考えていると黄先生は「陛下のことをお頼み申し上げまする」と言って、深々と頭を下げた。
(止めて。わたしはそんな存在じゃない……)
ーー着実に逃げ道が塞がっていく。
そんな暗い予感があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます