第3話




 夜も遅いから休もうと部屋を案内される。その場所は後宮の一角だった。

 


「本当は正妃の部屋を用意していたのだが……残念だ」


 さっきから心臓に悪いことばかり言わないでほしい。

 正妃の部屋に連れていかれたとしたら、その時点でわたしの立場が確定してしまうじゃないか。



(なんだかこの世界に来てから心臓がドキドキしぱっなしだわ)


 これが恋のときめきならば歓迎するのだけれど……人生って世知辛い。

 慌てて首を横に振って「無理です」と答えると、天佑がクスリと笑った。


「そんなに私を嫌がるな」



 ふいに長椅子の縁に追い詰められ、顔を覗かれる。息が吹きかかるほどに近い距離だ。身体が竦みそうになる。

 彼はわたしの様子を見て「あまりに嫌がられると追い詰めたくなってしまう」と苦笑したーーしかしその瞳はじっとわたしの挙動を探っている。そのことに気付くと全身に冷水を浴びせられた気分になった。


「い、嫌がっているつもりは……」


 なんとか弁明しようとすると背中に冷や汗がダラダラと流れる。

 甘かった。ここは選択肢を一つでも間違えたらバッドエンド行きの乙女ゲーム。言動の一つが命取りになってしまうのだ。


(言葉を重ねるのも言い訳ぽくなるし……なんて答えるのが正解なの?)


 ああ、ゲームなら好感度が上下した時に効果音が聞こえるのに。そうしたら今までわたしが取った行動のどれが正解だったか分かる。

 いや、そもそもこれが本当にゲームであったのなら、分岐点の時には選択肢が出てくるだろう。切実に羨ましい!

 どう答えると正解になるのか。グルグルと悩みながら見つめ合えば、天佑が離れる。



「最初に追い詰め過ぎるのも良くないか」



 ポツリと彼が零した言葉にわたしは助かったのだと知った。


(本当に心臓に悪いっ!)


 脱力しそうになるのを堪え、彼を見る。

 天佑はそれに涼しい視線で答えるものだから、なんだか釈然としない。


 

(あぁ、もう疲れた……)



 時計がなくて正確な時間は分からないけれど、夜の闇がかなり濃いことから、もう遅い時間なのではないのかと察する。

 今日は色んなことがあって疲れていた。早く休みたいと思う。


(だけど、さすがに出ていって欲しいとは言えないし)



 チラチラと視線を送ってみたものの、天佑は素知らぬ顔で長椅子から立ち上がる様子はない。



(どうする気なの?)



 ーー何か喋るべきだろうか。そう思案していると、天佑が口を開く。


「そろそろ寝るか」


 天佑は立ち上がって、わたしの手を取る。だけど奥の部屋は寝台のみが置かれていた。この部屋にわたしを連れてきた彼の意図は……。


「…………え」



 戸惑いが口から溢れる。なのに、それを天佑は気にする様子もなく、広い寝台にわたしを押し倒した。


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