第7話 完成

 次の日の夕方。梓君に乗りうつったおばあちゃんと一緒に待っていると、昨日のお店のおじさんがミシンを持って来てくれた。

 おばあちゃんの部屋まで運んでくれて、テーブルの上にそっと載せてくれる。

 お母さんから預かっていた封筒を渡すと、中身を確認しておじさんはうなずいた。

「この部屋の主って感じだね。戻ってこられてよかったなあ」

 犬のようにミシンをなでて、おじさんは帰っていった。

「さて、一騒動あったけれど、続きをやろうか」

 バッグの持ち手を縫うところから再開だった。縫うことに集中していると、昨日あんなことがあったのがうそみたいな気持ちになってくる。

 二本とも持ち手を縫ったらアイロンをかけて、その次はポケット作りだった。

 まずは上の部分を三つ折りにしてアイロンをかける。三つ折りのはしをミシンで縫っていく。

 その次は他の三辺のはしにジグザグミシンをかけていく。練習したとおりにダイヤルを合わせて、振りはばのレバーを操作して、布から針がはみ出さないように気をつけながら縫っていく。

 ジグザグミシンをかけた部分を1センチ折りこんでアイロンをかけたら、内布にポケットを待ち針でとめて、ポケットの周辺を縫っていく。

 そこまでで、今日の時間は終わりだった。

 土曜と日曜は、梓君の体を借りられない。

 たった二日間なのにミシンを使えない時間がもったいなくて、生まれて初めて月曜日が待ち遠しいって気持ちになった。

 そして、月曜日の放課後。

「今日は持ち手を本体に取りつけようか」

 アイロンと一緒におばあちゃんは、接着芯と書かれた袋を持ってきた。

「これは両面接着芯というもの。接着芯は片面と両面あって、布にハリを出したりする効果がある。両面のものは、ボンドみたいに布同士をくっつけることができるんだよ」

 接着芯なんてもの、人生で初めて聞いた。ソーイングって奥が深いんだなあ。

「まず、接着芯を持ち手と同じはばで……8センチの長さに切って」

 接着芯は薄くて白い布で、表面がザラザラしている。切り出すと、息を吹きかけたら飛んでいってしまいそうな軽さだった。

「持ち手の位置は印してあるね。そこに接着芯を置いてずれないように持ち手を置いたら――アイロンだ」

 持ち手の上に手ぬぐいを置いて、上からアイロンで押しつける。

「しっかり押してね。20秒そのまま」

 時計の秒針が20動く間、体重をかけてアイロンを押し当て続けた。

「はいアイロンはずして、冷めるまでさわらない」

 アイロンをオフにして、じっと布が冷めるまで待つ。

「冷めないでさわるとどうなるの?」

「冷めることで固まってくっつくんだよ。待てなきゃはがれちまうよ」

 冷めるまで待っては次に移りで、四カ所に持ち手を貼るのには結構な時間がかかってしまった。

 最後の持ち手がくっついたのを確認して、やっとミシンの前に戻れる。

「上はしから3センチのところから始めて、持ち手のはしから2ミリをぐるっと縫う。はい、頑張って」

 縫いしろ2ミリは持ち手の時以上のせまさだった。はしっこギリギリを縫う感じだ。針を落とさないよう、ゆっくりしんちょうに進めていく。

 厚みのある部分はパワーが必要で、コントローラーの踏み加減が難しい。

 集中しっぱなしで四カ所の持ち手部分を縫い終えると、どっと疲れにおそわれた。

「今日はここまでだね。でも順調に進んでるよ」

 また明日に持ちこしだった。

 次の日は表布と底布を縫い合わせる作業からだった。

 縫いしろ1センチで二つの布を縫い合わせたら、アイロンをかけて下側に縫いしろを倒して、表からまたミシンをかけていく。こういうのは、ステッチをかけるって言うんだって。

 表からだと縫いしろが見えなくて、手ざわりが頼りになる。でもここまでの作業で布の厚みのちがいもわかるようになっていたから、布がよれないようていねいにを心がければ大丈夫だった。

 反対側も同じように縫ったら、布を中表に合わせて両わきを縫っていく。

 帆布は薄手のほうを選んだけれど、合わせて縫おうとすると力がいった。なるほど。これは8号帆布はわたしにはまだ扱えないわけだ。

 布が重なって固い部分になると、モーターがうなり声を上げるだけで針が進まなくなる。

「こういう時は無理に進まないで、まずはずみ車を回してみて」

 はずみ車を回して、針を持ち上げてみる。針を進めるほうに回してみると、引っかかることなく回っていく。

「糸がからんでたら、進まないからね。進むようなら、固いところは手で進めてしまえばいい」

 布が重なった部分は1センチだけだから、はずみ車を回して針を進めるとその部分を乗り切った。

 はしまで縫って、返し縫いをして糸を切って。仕上がりを見ようと何気なく持ち手を持ってみて、うわっと思った。

 バッグだ。これ、もう、バッグの姿になってる。

「おばあちゃん、これ、バッグだ」

 おばあちゃんはおかしそうに笑った。

「バッグを作ってるんだろう」

「そうじゃなくて、さっきまで平べったい布だったのに、この瞬間バッグになったの!」

「ああ、そういうこと」

 わかるよという顔で、コクコクとおばあちゃんはうなずいた。

「バッグでも服でも、たしかにそんな瞬間があるねえ。一枚の布がまるで自分の役目を理解したみたいに、服に変身する瞬間が」

 変身。まさにそうだった。

 おばあちゃんが服を作っている時も、そんな瞬間に立ち会ったことがある。さっきまでただの布だったものが、ブラウスだよって自分から名乗り始めた瞬間。

 だからわたしにはおばあちゃんが、魔法使いに見えたんだ。

 布を変身させる魔法使い。

「わたしにも、なれるかな」

「何に?」

「布を変身させる、魔法使いに」

 おばあちゃんが、満面の笑顔になる。梓君の顔なのに、一瞬しわくちゃなおばあちゃんの顔がかさなって見えた。

「なれるともさ」


 翌日は、裏布の両わきを縫う作業からスタートだった。縫いしろはアイロンでわっておいて、マチを縫う作業に移る。

 袋の底の角の部分を、三角形がきれいに出るようにアイロンをかけて、三角形の底辺部分が10センチになるところに線を引く。

 線の上をまっすぐに縫ったら、1センチ残して三角形を切り落として、はしにジグザクミシンをかける。

 四つのマチを縫い終えたところで「今日はここまでにしよう」とおばあちゃんが言った。

「後は上を縫うだけだからね。明日にはできあがりだ」

 さびしそうな顔に、そうかと思う。バッグができあがったら、おばあちゃんは成仏しちゃうんだから、お別れになるんだ。

 でも本当に、バッグが完成したら、おばあちゃんいなくなっちゃうのかな。

 おばあちゃんには他にも、やり残したことがあるんじゃないかな。

 次の日待ち合わせ場所にやって来たおばあちゃんは、何だか卒業式に向かう親みたいな顔をしていた。

 バッグを縫い終えたら、もう卒業なのかな。

 まだまだおばあちゃんには、教わりたいことたくさんあるのに。

 色んな気持ちを押しこめながら、バッグ作りに集中する。

 まずは上の部分の折り線にアイロンをかけて、表布と裏布を折ると、外表に合わせて待ち針でとめていく。

 中表の反対で外表。つまり、でき上がりの状態にしておくということだ。

 後は、持ち手をよけておいて、上はしから2ミリを縫っていくだけだ。

 だけどこの部分は表から見えるから、線が曲がっていたりしたら目立つと思う。

 ゆっくり。ていねいに。

 ふうっと深呼吸して、布を両手で押さえてフットコントローラーを踏みこむ。

 まっすぐ、まっすぐ。大丈夫。気をぬかないように。

 集中して縫っていた時ふっと、自分の後ろ姿が頭にうかんだ。

 その背中が、ミシンに向かうおばあちゃんの背中とかさなった。

 ああ、わたし、おばあちゃんと同じ背中になってるんだ。

 ミシンとちゃんと、語り合えているんだ。

 縫い始めの部分が見えてくる。そこにちゃんとつなげられたら、完成だ。

 2ミリのはばをくずさず、最後まで集中して線をつなげる。返し縫いをして、糸の始末をしたら――。

「完成―!」

 バッグの完成だった。

 アイロンでしわを伸ばして、形を整えて、マチ部分をしっかり表と裏かさねたら、本当に完成だった。

 一目ぼれした布は思ったとおり、バッグにぴったりだった。水色の花でできた輪は可憐でちょっと甘めだけど、底布のネイビーがほどよく落ち着かせてくれる。

 裏布のリバティ生地も、バッグを開けるたびにのぞくのがかわいらしかった。お気に入りだったワンピースの生地をいつも持ち歩けるのもうれしい。

 肩にかけてみると、持ち手の長さもちょうどいい。そのまま鏡に映してみると、バッグのかわいさにニヤニヤが止まらなくなった。

 世界に一つだけの、わたしのバッグ。

 こんな素敵なバッグを、自分の手で作り出せたんだ。

 ほこらしくて、世界中の人にこのバッグを自慢したくなる。

「素敵なバッグだねえ」

 しみじみと、おばあちゃんが言った。目を細めて、わたしとバッグを見つめている。

「みうちゃんもいい顔してる。おひさまみたいに、ピカピカだね。ああ、本当に」

 ふうっとため息のように続ける。

「ミシンを教えて、よかったよ」

 そのままおばあちゃんが消えてしまいそうで、座りこむとおばあちゃんの手をギュッとにぎった。

「これで、終わりじゃないよね? おばあちゃん」

「もう悔いはないよ。みうちゃんとの約束も果たせたし、みうちゃんならこのミシンも大事にしてくれるだろうし」

 ブンブンとわたしは首をふる。

「お母さんのことは?」

「美雪のこと?」

 おばあちゃんの手を離して、わたしはタンスの引き出しを開ける。そこにしまわれていた、あの布を取り出す。クリーム色にグリーンの植物柄の布。

 お母さんのために、おばあちゃんが用意した布。

「使ってあげなきゃ、この布がかわいそうだよ」

 おばあちゃんは布をなでて、お母さんの表情になった。

「……悔いが、あるね」

「この布で、今のお母さんに似合うものを作ってあげて。お願い」

 おばあちゃんは布をにぎりしめて、少し考えるようにした。

「ワンピースには、足りないね。スカートもいいけど……。フレンチスリーブのブラウスのほうが、あの子には似合うかもね」

 宙を見つめておばあちゃんは、何だかうっとりしたような顔になる。完成した姿が見えているのかもしれない。

「もうちょっとだけ、ここにいてもいいかねえ」

「梓君にお願いしてみる」

 おばあちゃんがうなずいて、すっと梓君の表情が戻って来る。周りを見渡しておばあちゃんの部屋だと気づくと、『何?』というように首をかしげた。

「お願いがあるの」

 正座して深々と頭を下げると、梓君は「いやな予感しかしない」とつぶやく。

「もうちょっとだけ、体貸してください」

「バッグ、できなかった?」

 言いながらかたわらに置かれたバッグを見て、「できてるな」と梓君は驚いている。

「あのね、おばあちゃんのもう一つの悔いを見つけちゃって」

 お母さんとおばあちゃんのことを、たどたどしいながらも何とかわかるように彼に説明した。

「……それでこの生地で、お母さんに服を作ってあげたいってことになって」

「――レモンスカッシュ追加で」

「うん?」

 唐突にレモンスカッシュが出て来て、何の話? と混乱してしまう。

「ドーナッツおごるって約束だったろ。それにレモンスカッシュつけてくれ」

 あのお店、レモンスカッシュあったっけ? と思いながらも、うなずく。

「ドーナッツにレモンスカッシュ。うけたまわりました」

「店員かよ。じゃあ、もう一週間追加で」

「ほんと、ごめんなさい。それと、ありがとう」

「お礼は――」

「――まだ早い?」

 セリフを取ったわたしに、梓君は片方だけの小さな笑みをくれた。


 次の日から、おばあちゃんの服作りが始まった。

「型紙から作らないとね。みうちゃん、美雪の服持ってきてくれるかい? 半袖の夏服がいいんだけど」

 おばあちゃんにお願いされて、お母さんのタンスの中を引っかき回す。半袖のブラウスを見つけて、おばあちゃんに持っていった。

 新聞紙でおばあちゃんが型紙を作っている間に、かき回したタンスの中を元通りにしていく。戻ってみると、もう型紙はできあがっていた。

 服の形をした紙が二枚。

「これだけで、できちゃうの?」

「フレンチスリーブだと、そでがいらないからね。えりの部分にバイアステープがいるけど、型紙なしで作れるだろう」

「バイアステープ?」

 また知らない言葉がでてきた。

「布のはしの部分とか、えりの部分を包みこんで仕上げる、細長い布のことだよ」

「だから、テープ?」

「そうさ。くっついたりはしないけどね。後は前に切りこみを入れようかね」

 型紙を生地にまち針でとめると、1センチの縫いしろを取りながら、おばあちゃんはチャコペンですいすいと写していく。さすが、手慣れている。

 ハサミで生地を切っていくのも迷いがなくて、見ていて気持ちいい。服の分の生地を切り出すと、ものさしではかりながらななめに長方形を描いていく。

「それは、何でななめなの?」

「えりのところは曲線だろう。ななめにとった生地はよく伸びるから、曲線もきれいに仕上がるんだ」

 本当に、知らないことばかりだ。

 バイアステープの布を切り出して、その日は終了だった。

 土日をはさんで、服作り再開だった。

 肩の部分を縫って、ジグザグミシンをかけて、そで周りを縫って、アイロンをかけてと、おばあちゃんの作業はスイスイ進んでいく。早回しで見ているみたいだ。

 それなのにおばあちゃんは、「やっぱりちょっと、勝手がちがうねえ」と首をかしげている。

「勝手がちがう?」

「人の体を使って、縫い物をするのがだよ。手の大きさとか、足の感覚とか、やっぱりちがうもんだね」

 確かにおばあちゃんの指は細くてすっとしていたけど、梓君の指は骨ばってゴツゴツした感じだ。指先の感覚とかは、だいぶちがうのかもしれない。

 ミシンに向かう梓君の背中というのも、何だか不思議な光景だった。ピンと背すじを伸ばしてミシンに向かって、足を踏みこむ。でも奏でられるミシンの音は、昔と同じ優しい音だった。

 次の日おばあちゃんは、小さなパーツを切り出して接着芯を貼ると、ぐるっとジグザグミシンをかけた。どうするのだろうと見ていると、ブラウスの前部分の真ん中にまち針でとめて、印の周りを縫っていく。

 縫い終わったら印にそって切り裂いて、パーツをくるっとひっくり返したら、ブラウスの真ん中に切りこみが入っていた。

「ま、魔法」

「魔法じゃないよ。ちゃんと見てただろう。洋裁の技はたくさんあるから、覚えてしまえば本がなくなって、自分の作りたいように服が作れるようになるんだよ」

「やっぱりおばあちゃん、魔法使いだ」

 おばあちゃんはうれしそうに笑って、アイロンで整えると、切りこみの周りにステッチをかけていった。

次はえりぐりを縫う作業だった。

 切りこみ部分からバイアステープをえりにそってまち針でとめていくと、おばあちゃんは縫いしろ1センチでミシンをかけていった。曲線だからゆっくりていねいに。

 縫い終わると、ハサミでパチパチ生地を切っていく。えりぐりの縫いしろ部分を、1センチ間隔くらいで。

「切っちゃうの?」

「これをしないと、布が引きつったりするんだよ」

 ほんと、ソーイングって、奥が深い。

 アイロンで折り目をつけていって、バイアステープでえりぐりの生地を包みこむようにしたら、まち針でとめてはしから2ミリのところを縫っていく。

 アイロンをかけるのも縫っていくのも、細かな作業だった。ていねいに慎重に、おばあちゃんはミシンを操っていく。

 切りこみ部分から始まったミシンがけが無事に切りこみのもう片方まで戻ってくると、糸の始末をしておばあちゃんはふーっとため息をついた。

「ああ、くたびれた。えりぐりを縫うのは、気をつかうねえ。もう今日はおしまい」

 もうほとんど服はできているように見えたけど、明日に持ちこしだった。

 最後はすそを縫う作業だった。アイロンで折り目をつけたら、折り目のギリギリを縫っていく。えりぐりと一緒で表に縫い目が見えるから、失敗ができない部分だ。

 無事に一周して、縫い目同士がつながると、糸を切っておばあちゃんは満足そうに言った。

「完成だ」

 全体にアイロンをかけてから、ハンガーにつるしてみる。

 シンプルなブラウスだけど、爽やかなボタニカル柄がはえている。

「お母さんに似合いそう」

「ああ、着てくれるといいけどねえ」

 ブラウスを見つめるおばあちゃんの顔は、期待と不安とが入り混じってるみたいに見える。

「着てくれないなんてことある?」

「だって、手作りの服は嫌だって、言われてしまったから」

 ああ、おばあちゃんの心には、ずっとその言葉が刺さっているんだ。

 お母さんは本心から、そんなことを思ってるのかな?

 おばあちゃんの作った服が恥ずかしいなんて、思っていたのかな。

「でも、とにかく、お母さんに渡してみようよ。……あ」

「何だい?」

「これ、どうやってお母さんに渡そうか?」

 もう死んでしまったおばあちゃんが縫った服なんて、お母さんにどう言って渡せばいいのかわからない。

 二人でしばらく頭を悩ませて、「こんなのはどう?」とわたしから提案した。


 その日お母さんが仕事から帰って来ると、わたしは背中に隠していた包みを手渡した。

 おばあちゃんが取っておいたプレゼント用の袋とリボンでラッピングした、ブラウスだ。

「そろそろ暑くなってきたから、夏服を出そうと思って押入れの収納ケースを開けてみたら、こんなのが入ってたの」

 これがわたしの考えた、作戦だった。季節外れの服をしまっておく収納ケースの中なら、今まで見つからなかったことに説明がつけられるかと思ったのだ。

 プレゼントの表には、おばあちゃんの書いた『美雪へ』というカードが差してある。

「お母さんが亡くなる前に、用意していたっていうの?」

「うん、きっとそうだよ」

 疑うような顔でリボンをほどいていったお母さんだったけど、中から出て来た服を見て言葉を失った。

「おばあちゃんの手作り?」

「ええ、そうね。この生地、覚えてる。私がもう手作りの服はいやだって言った後に、これをにぎりしめて泣いてるのを、見ちゃったことがあるの」

 服をつかむお母さんの手がふるえている。

「ねえお母さん。手作りの服、そんなにいやだったの?」

 お母さんはゆっくりと首をふった。

「私は、お母さんの作る服好きだった。でもね、ある日クラスの女の子にからかわれたの。お母さんの手作りの服なんてダサいって。そのたった一言で大事にしていた服達がはずかしくなって、手作りの服が着られなくなった。それでお母さんに言ってしまったの。もう手作りの服は着たくないって」

 ポツンと、お母さんのほおに涙が落ちる。

 お母さん、きっとそれを言ったこと後悔してるんだ。大好きだった服のことをはずかしいと思ったことも、悲しく思っているんだ。

「ねえ、もしかしたらだけど……」

「え?」

「その女の子、うらやましかったんじゃないのかな。お母さんが手作りの服着てること」

 意外な言葉を聞いたというように、お母さんの目が大きくなる。口に手を当てて、何かを思い出すようにして、「……そうね」とつぶやいた。

「その子のお母さん、バリバリ仕事していて、授業参観もパリッとスーツ着こなしてて、すごくかっこいい人だった。その子もブランドものの服とか、キャラクターつきのバッグとか持ってて、みんなにうらやまらしがられてたけど……。お母さんが作ってくれたわたしの素朴な絵本バッグを見て、その子が『いいなあ』ってつぶやいたの聞いたことがある」

 お母さんは床の上にひざをついた。

「うらやましかった……だけなんだ。本気にしちゃった」

 服を抱きしめて、お母さんが背中を丸める。そのまま小さな子供に戻っていきそうだった。

「本気にして、お母さんを傷つけちゃった」

 すすり泣くような声がひびいて、かすかに「ごめんなさい」という声が聞こえた。

 その後に、「お母さん、ありがとう」という声も。

 おばあちゃん、見てる?

 プレゼント、ちゃんとお母さんに届いたよ。


 次の日の朝、着替えて来たお母さんがカーディガンの下に着ていたのは、おばあちゃんの作ったブラウスだった。

「わあ、それ、お母さんにすごく似合う」

「ね?」と食卓でパンをかじっているお父さんに顔を向けると、お父さんもあわててうなずいた。

「あ、ああ。一足早く夏が来たみたいだ。爽やかでいいな。ブランドものか?」

 お母さんと顔を見合わせて、クスッと笑い合う。おばあちゃんの手作りっていうことは、お父さんには内緒にしておこう。

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