第5話 バッグ作り開始

 動かなくなってしまった梓君をとりあえず道ばたのベンチに座らせて、わたしはスマホで真弓ちゃんに電話した。

 すぐにかけつけてくれた真弓ちゃんは、梓君の姿を見ると「やるねえ、おばあちゃん」と楽しそうに言った。

「弟の不幸を楽しむな」

「ごめんごめん。はい、上着持ってきたから、とりあえず移動しよ」

 真弓ちゃんにベージュ色の薄手のコートを渡されて、梓君はあわててそれをはおる。

 着替えもしなきゃいけないからということで、わたしの家に移動することになった。

 お母さんがまだ帰ってないのを確認して、和室に梓君を通す。

着替えを終えるとそろりと梓君は部屋から顔を出した。やっと自分を取り戻したっていう顔をしてる。

 そのまま和室にみんなで入ると、畳の上でだまりこむ。

 困って真弓ちゃんの顔を見ると、コホンとせきをして真弓ちゃんは話し始めた。

「梓、あなたの特異体質の原因が判明しました。あなたはヒョウいじめしつなんです」

 お医者さんみたいな話し方をしていた真弓ちゃんだけど、最後の言葉にわたしはずっこける。

「ちがうちがう。憑依体質でしょ」

「憑依体質……なるほど」

 真弓ちゃんのまちがいは華麗にスルーして、梓君は納得したようにうなずいている。

「今までのあれこれも、霊がとりついていたせいだったんだな」

 わたしは一つ深呼吸すると、梓君に向かって頭を下げた。

「ごめんなさい!」

 びっくりしたように目を大きくしている梓君に向かって、わたしはおばあちゃんのことを説明した。

 最初に梓君に会った時、おばあちゃんがとりついていたんだということ。わたしとの約束が心残りになっていて、おばあちゃんが成仏できずにいたこと。

 そして、おばあちゃんと一緒にバッグを縫うために、勝手に梓君の体を借りていたんだということ。

「ごめんなさい。真弓ちゃんの許可はもらってたけど、一番大事な梓君本人の意思を無視してた。今日も勝手なことして、本当にごめんなさい」

 梓君はわたしの顔を見て、それからハンガーにかけたワンピースを見てため息をついた。

 どうしよう。怒ってるよね。

 腕組みをしてだまりこんでしまった梓君を前に、わたしと真弓ちゃんはちぢこまったまま待つことしかできない。

「バッグを縫うのに、どれくらいかかる?」

「は、はいっ」

 何の前ぶれもなく梓君が声を発したので、わたしは肩をはねさせてしまった。

「ま、まだ、布を切ったりもしなきゃ、いけないから。一日一時間でも、……二週間くらい?」

 首をかしげながら真弓ちゃんを見るけど、『わかんないよ』という顔で、手をふられてしまった。

「二週間ね。まあ、どうせひまではあるけど」

 え、それって……。

「か、体、借りてもいいの?」

「だから、どうせひまなんだ」

 ぶっきらぼうに言って、梓君はぷいっと横を向いてしまう。

「あ、ありがとう」

 横を向いていた梓君の頬が、少しピンク色に染まった気がした。

「ありがとう、本当に。何てお礼言ったらいいか……」

「お礼なら……」

 ボソッと、声が聞こえる。

「今度、ドーナッツおごってくれ。食べたのに記憶がないなんて、最悪だ」

 真弓ちゃんと顔を見合わせて、思わず笑ってしまう。

「あ、あと、もうスカートははかせないでくれよ。絶対だ」

「わかった。わたしが責任持って、見張っておく」

 梓君に何もかも打ち明けられて、体を使う許可ももらえて、胸にささっていたトゲが抜けたような気がした。

 これで心おきなく、バッグ作りを進められる。


 翌日から、本格的にバッグ作りが始まった。

 学校帰りに今まで通り、梓君に乗りうつったおばあちゃんと公園で待ち合わせる。梓君の都合が悪い時は、事前に真弓ちゃん経由で教えてもらうことになっている。

 ご近所さんに見られないよう気をつけながらおばあちゃんと一緒に家に入ると、和室にこもってバッグ作りが始まる。

「まずは、型紙を作らないとね」

 図書館で借りた本は必要なページをコピーして、返してある。

「このレシピどおりにやるとして」

 おばあちゃんはコピーした紙を手にして話している。縫い物の作り方もレシピって言うんだってことに、わたしはおどろいていた。

「大きさは変えられるし、ポケットも内側につけるか外側につけるか、自分で自由に決められるんだよ」

 本の通りにやらなきゃいけないのかと思ってたけど、自分で決めていいんだ。

「まずは作りたいバッグを、自分でイメージしないとね」

 わたしの作りたいバッグ。

「大きさは体操着とタオルが入るくらい。今使ってるバッグと同じくらいでいいと思う」

「うんうん」

「外ポケットはいらないかな。中に一つポケットがあればいいと思う」

「わかった。じゃあまずは型紙を作ってみよう」

 おばあちゃんはタンスのすきまから包装紙を取り出してくると、ミシンを片づけてテーブルに紙を広げた。

「今使ってるバッグのたてと横の長さをはかってみて」

 おばあちゃんに言われて、生成りのバッグをメジャーではかってメモしていく。

「マチもね」

「マチ?」

 本を読んだ時も疑問に思ったあれだ。

 おばあちゃんはバッグの底のはば部分を指さした。

「ここがマチ。ここの長さも勘定に入れないとね」

 マチは10センチ。それもメモしておく。

「たての長さ×2にマチの10センチ+6センチをだしてみて」

 突然数学になって、あわててしまう。今家庭科やってたんじゃないの?

「ま、待って、もう一回」

 もう一度おばあちゃんがゆっくり話してくれて、頭で計算していく。

「新聞にその長さのたての線を引いて」

 長い竹定規で線を引いていく。

「それから横の長さ+2センチ。たての線に直角に引いて」

 三角定規を当てながら、横の線を直角に引く。こちらは複雑な計算はいらない。

「あと、持ち手の長さを決めないとね。今のバッグの持ち手はちょうどいい長さかい」

「ううん。ちょっと短いなって思ってた。肩にかけにくいの」

「じゃあ、それにプラス10センチだね」

 今のバッグの持ち手の長さをはかって、10センチ足してメモしておく。

「内ポケットは横15センチ、たて20センチ。はいそれも新聞に線を引いて」

 大きな長方形の横に、小さな長方形を書く。

「まずはこの大きな長方形を使って、裏布を裁つんだ」

「裏布?」

「バッグの内側に使う布だよ。……ん?」

 おばあちゃんの目が見開かれる。

「ああ、しまった」

 ポンッと手の平をこぶしで打って、おばあちゃんは叫んだ。

「裏布の材料を用意してないじゃないか」

「まだ布がいるの?」

「そうだよ」

「ごめん、おばあちゃん。この間の買い物と、ドーナッツ屋さんとで、今月のおこづかいなくなっちゃった」

「私のドーナッツ代も払わせてしまったもんねえ。みうちゃんにおごってあげられないなんて、死ぬっていやなもんだよ。ああ、そうだ」

 おばあちゃんは何かを思い出したように、タンスの引き出しを開けた。

「確かここにしまっておいたはず、ほら」

 おばあちゃんが引き出しの奥から引っ張り出してきたのは、大きな布だった。クリーム色の地にグリーンで植物柄が描かれている。

「どうしたの? これ」

 二メートルはありそうな布だった。手つかずのままなんて、何だかもったいない。

「これはね……」

 話そうかどうか迷うようにして、それでもおばあちゃんは教えてくれた。

「お前のお母さん、美雪が小学校の六年生の時だったかね。そろそろ夏服を仕立ててあげようと思って、これを買ってきたんだ。もう子供っぽい柄はいやだろうと思って、今までのより大人っぽいものを探してね。でもね……」

 何だかさみしそうな顔で、おばあちゃんは布をなでる。

「もう手作りの服は着たくないって、美雪に言われてしまったんだ。安いのでいいから買ってくれって言われて。それっきり、美雪のために何かを作ることはなくなってしまったんだ。自分のためにこの布を使おうと思っても、何だかハサミを入れられなくてね」

 夏用のワンピースにしたら、素敵だろうなという布だった。

「だから、ちょうどいい。みうちゃんこれを使っておくれ」

「え、そ、そんな……」

 バッグの裏に使うなんて、もったいないようなきれいな生地だった。それに……。

 これは、お母さんのための布だ。

「使えないよ、こんなきれいな布」

「でも、裏布が……」

「あっ」

 開きっぱなしのタンスの引き出しの中に、覚えのある柄を見つけて引っ張り出した。

 わたしが小学校低学年のころに着ていた、お気に入りのスカートだった。赤い細かな花柄模様はまだきれいなままだ。

「ねえ、これを使ったらだめ?」

「みうちゃんのお気に入りだったから、取っておいたんだけど、いいのかい?」

「うん、もう着られないなら、バッグにしてまた使ってあげたい」

 おばあちゃんは何だかうれしそうに笑った。

「いいね、生まれ変わりだ。この生地はね奮発してリバティを使ったんだよ。いい生地だからまだまだ役に立ってくれるはずだ」

「リバティって何?」

「花柄の布で有名な外国の会社のことだよ。まあ、ブランドものだね」

 スカートをメジャーではかってみたら、一枚では長さが足りないことがわかった。二枚縫い合わせて使うことにする。

 型紙を半分に折ると、おばあちゃんはさらにそこから2センチ紙を折り曲げた。その状態で布に待ち針でとめると、ピンク色のチャコペンで型紙をうつしていく。

後は線のとおりに布を切っていくだけだった。お気に入りのワンピースにハサミを入れるのはちょっと胸がちくっとしたけど、おばあちゃんの生まれ変わるという言葉を思い出す。

裏布をカットしたところで、今日の時間は終了だった。

 次の日も、布を切る作業だった。

 バッグ本体用の型紙をおばあちゃんは半分に折ると、「この辺りかねえ」と折り目を入れてハサミでチョキチョキ切っていく。

「この部分が底布になる。ネイビーの帆布のところだよ」

 底布用の型紙を、帆布にうつしてカットしていく。オックス地のほうも同じようにカットして、ポケットの生地も切り出す。

 後は持ち手の部分だった。これは型紙なしで、布に直接ものさしで線を書いていく。長い布を二枚切り出して、いよいよ明日からミシンで縫う作業に入れそうだった。

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