第2話 蒼一色の世界

 俺が歩いているのに、俺以外の物は全て・・止まっている。一切の例外なく、中年の男も姫桜さんも、掌の形をした炎の塊も。その中を何故か俺だけが自由に動いている。


『よく見るとコイツを撃った時の閃光と…これは?』


さっきまで立っていた場所に戻って宙に浮く青い丸い何かを観察してみる。


『これって、コイツの弾丸の先端…か?? どうなってんだよ』


 あ! それよりも…


『いつまでも時間が止まってるとは限らないし取り敢えず姫桜さんを助けないと…』


 宙に浮く酒瓶や椅子を退けて、男の手から姫桜さんを奪って抱き抱える。柔らかく大きい…!?

これ姫桜さんのおっ…!?


『ご、ごめん! わざとじゃないんだ!! …姫桜さん??』


応答はない。それどころか姫桜さんは俺に叫んでいた時から眉ひとつ動かしていないままの綺麗でカワイイ顔で固まっている。


『本当に止まってるん、だよな』


 唾を飲み込んだ音と喉笛の感触が妙に大きかった。視線の先の姫桜さんのせいかもしれない。肩を撫で、その手を徐に下へ、もう一度だけなら…。じゃない!!! 男だ、中年の方の!!!


『コイツを殺せば、あの物騒な掌もなくなるんじゃないか??』


銃口を男へと向ける。引き金に指が掛かる。


『よくよく考えたら、何の葛藤もなく機械的に俺を殺そうとしてたよな。このおっさん』


 そう思うと無性に腹の底から湧いてくる感情が早く引き金を引けと耳元で囁く。俺の命に何の重みもなく、さながら袖に着いた羽虫でもつまみ殺す様に殺意を振り撒いてきた男。「同業か」という言葉から推し量るに、この殺意も行動も全てこの中年の男にとっては取るに足らない日常風景なのだ。


『………』


あの掌で、今まで何人の人を灼き殺して来たのだろう。そう考えただけで存在しない筈のものが見えて来たような気がする。滴り煙となって消えていく血液、生きながら臓器を灼かれる悲鳴…。


『この男は、死ぬべきだな』


 違う。今までのは俺の頭の中の妄想でしかなくて。真実かどうかなんて分からないし、さっき俺に向けた殺意が初めて…という可能性だって十分ある(そんなわけないだろう?)。そもそも人の生き死にを他人が決めるなんて間違っている。頭の中の雑念を叩いて出す。

そして俺は…結局、引き金を2回引いた。


『行こう。姫桜さん』


姫桜さんを背負って全てが静止した店を出る。今気付いたが、時を動かしたいと思えば再び時を動かす事が出来る。手で指で、腕で肩で物を掴む事をするように。生まれた時からそれが出来た様に。何故だかその確信がある。


『——ごめん」


 蒼一色の世界は徐々に元の色彩と喧騒を取り戻す。宙に止まっていた3発の銃弾が中年の男と、巨大な掌を撃ち抜く。


「おああああああ!? あ、足が…いつの間にか凍ってやがる!!」


その場に倒れ込んだ男の両の膝と、巨大な炎の掌は完全に凍りつき霜に覆われた。


 やっぱり俺にとって、人の命は平等に重い。だからといって、容易く他人の命を奪える者を野放図にもしてはおけない。


「早く逃げ…え!?」

「えぇと。おはよう、姫桜さん」


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