第5話 悪魔の謀略

「あらあら、皆さんそんなに急ぎ足でどうしました?」


 そう、おっとりと話しかけてきたのは、この国の『最高戦力』大魔導士ユカ。これ幸いと、とりあえず彼女に事情を話す。彼女は国の一大事であることを認識した。


 ユカは幼いころ、大剣王ハルバードに助けられ、才能を見初められた魔導士。フロントス王国は「剣王の国」なのに、最高戦力は魔導士という、あべこべな国だ。


 ともかく時間がない。このままでは犯人を見失い、逃げられてしまう。そこでユカの魔術が必要になってくる。もちろん彼女は協力を惜しまない。掌を上にして差し出し、


「フォルティさん、よろしくお願いします」


 ユカは、風の小精霊のフォルティを呼び出す。フォルティは数百に分裂し、町中を探索、ユカと視覚を共有し、情報を集めている。彼女は精霊を使役し奇跡を起こす、精霊魔術師だ。


 扱える精霊は100を超える。彼女は世界でも指折りの精霊魔術師だ。そして、あっさりアンを見つける。今にも国外へ脱走としている馬車。そこに4人組の男とアンらしき女性がいる。


 それだけ分かれば、十二剣王には十分だった。彼らは皆、馬よりも早く、屋根の上を飛び跳ねながら、その馬車を追う。分裂したフォルティが道案内してくれる。


「ありがとう、ユカさん!!今度、奢るよ!!」

「行くぞ皆!!逃がせば国の恥と思え!!」

「がんばってね~」


 ユカは身体能力は高くないので、ここで別れた。しかし、彼女はいつでも自然体で動じなていない。そこは見習いたいものだ。…今はそのことに触れている場合ではないのだが。


「一番近いのは…ハニービーか!!」

「頼むぞ、頼れるのはお前の脚しかねぇ!!」

「はいっ!!」


 ハニービーはとにかく身軽である。その身体能力を生かして、屋根伝いに国境線まで、駆けていく。まさにその名の蜜蜂のように。そして、ついに馬車を目視した。


「…いやぁ、楽な仕事だったな!!」

「ハハハッ!!大会が始まって、警護が薄くなったからな!!剣の国も大した事ねえな!!なあ、センセイ!!」


 国を出ようとする馬車の中では、余所者の誘拐犯が笑い転げていた。だがセンセイと呼ばれたサムライは、油断していない。身を隠すまで安心はできない。その証拠が。


『ダンッ!!』


 馬車の屋根の上に何かが降ってきて、激しい音がした。もちろん誰あろうハニービーである。息は絶え絶えではあるが、馬に追いつく脚力は、尋常ではない。


 ハニービーは馬の手綱を剣の一振りで斬り落とし、馬車を強引に止める。そして彼女は屋根から飛び降り、中から犯人が出てくるのを待つ。


 馬車はアンも含めて、4人が乗るのが限界だろう。御者も含めると4人となる。とにかく人質のアンを救出するのが、最優先。ハニービーは唾を飲む。


「抵抗しても無駄よ!!大人しく投降しなさい!!」

 降りてくる犯人たちとアン。アンは顔に袋を被せらてはいるが、ひとまず乱暴はされていないようだ。


「…お前たちは下がっていろ。これは俺の仕事だ」

 そう言ったのは、センセイと呼ばれていたサムライ。身の丈は2mはある。太刀を帯びた、豪剣の使い手だ。


(私とは正反対か…やりにくいわね)

 ハニービーはこの侍が只者でないことを悟った。サムライは太刀を上段に構える。一撃で仕留める気だ。


 ハニービーはその脚力で翻弄し、サムライの首を一突きにする…つもりだった。しかし、犯人たちは狡猾だった。突進するハニービーの視界が狭まる。すると。


『ダアァァァーーーーーンッ!!』


 一発の銃声が鳴り響く。それは思いもよらない方向から。撃ったのは、何とアンだった。正確にはアンに変装していた奴らの仲間。アンはこの馬車にはいなかった。


 幸い、撃たれたのは左手。急所は外れている。それに怯まず突進し、気迫でサムライを追い込む。怪我人とは思えない、その速度に完全に、サムライは反応できないでいた。


「く…ああああああ!!何の、これしきぃぃぃッ!!」


 ハニービーのフルーレは無数の剣劇のように感じられ、なおかつ、重さもあった。そしてサムライの刀を弾き飛ばし、喉元にフルーレの鋒(きっさき)を突きつける。勝負ありだ。


 だが、それなら本物のアンはどこに…?そこにラプラス兵長ら、十二剣王が勢揃いする。ひとまずハニービーの傷を応急手当てした。…完全にしてやられたようだ。


「ハニービー、アンはどこだ!?」

「…それが、さっぱり…」

「…くそっ!!出し抜かれたか!!」


 彼らもアンがいないことに、驚嘆していた。その誘拐犯もどきは雇われたに過ぎない。お互い、相手を甘く見ていた。「雇い主」は一体誰なのか。誘拐犯…の囮たちに問い詰める。


「吐け、真犯人は誰だ!!」

「…今吐けば、まだ間に合う。減刑されるかもな」

「…本当か!?」


 その言葉に、鵜が飲み込んだ鮎を吐き出すように、ペラペラと全面自供しだした。雇い主は今頃は反対の国境から、国外へ逃亡している頃だ。完全に計算された犯行だ。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇    


 完全に後手に回った十二剣王。真犯人は国境の検問を、無事通過していた。それもそのはず。彼はこの国の国民だ。身分証を偽装する手間もいらない。


「ははは…危ない所だったわ。あの食材と3人がかりで負けるとは、本当に使えん奴らだ」

「卑怯者!!あなた絶対、罰が当たるわよ!!」

「お前もこの先では邪魔だ。ほれっ!!」


 それは誰あろう、今回の黒幕。ジョルジュリータピザのサンドルマンCEOだ。一安心したCEOは人質のアンを藪の中に突き飛ばし、一路、隣国の支社へ向かう。


 隣国に入られたら、条約により身柄の受け渡しは難しくなる。そうなる前に捕らえなければならない。だが十二剣王の位置からでは、到底追いつけない。


 完全に手詰まり…に見えた。しかし、今日は「あの男」が来国していた。…彼に頼るしかない。ハニービーの脚力も相当だったが、彼は全てにおいて段違い。格が違った。


「次元抜刀・無天一閃!!」

「…はへ?」


『スパァアアァンッッッ!!』


 ネス・ストラーダ。今日は食通の顔と「世界三大剣帝」の二つの顔を見せることになる。その一太刀で、CEOの乗った馬車が真っ二つになり、


「うわあああぁあぁぁッッッ!?」


 CEOの乗った馬車は谷底に落ち、無事アンを救出した。CEOは気を失い、後から追いついた十二剣帝に捕縛された。こうして、彼の思惑は瓦解した。


 そして後に、ジョルジュリータピザの衛生管理違反、及び食品偽装の証拠が露呈し、社会的にも終わりを迎える。こうして波乱の大会が終幕を迎えた。

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