第4話 優勝の行方…。

 応援する会場は熱気に包まれる。入場してくる4選手。ケルトはいつものおどおどした様子とは違い「入っている」これなら心配なさそうだ。


 しかし、気になるのは残りの3選手。怪しい笑みを浮かべ、入場してくる。何か秘策があるようだ。そして観客席のサンドルマン氏も、余裕を見せる。


 その原因はすぐにわかった。3選手の用意した食材。創作ピザのアインハーフの店主は、今や生産者がいない伝説の生ハム、Kコマーズを用意していた。


 バルゴピザの店主は、非常に深みのある味わいの幻のチーズ、パパスゴーダを取り寄せていた。このチーズも単価にすれば、1か月分の収入は飛んでいく。


 そして、前回準優勝のセブンフィートの主人は、これを食べると二度と他は食べられないという究極のトマト、エンデルロッソを用意していた。どれも国宝級の素材と言っていい。


 他にもありとあらゆる最高級食材が、三人の手元に見て取れた。これも最大手企業のバックアップがあってこそである。当然、観客からは非難があがる。


「ちょっ…いくらなんでも、これはおかしいでしょ!?」

「食材は持参可能というルールだったからな…」

「どうするの!?これじゃケルト君が…」


 対するケルトの手元には、普通のフロントス産のチーズやトマトが並ぶ。厳選されてはいるものの、格はどうしても下がる。不安の声を上げる、審査員席の十二剣王の面々。


「いや、大丈夫でしょう」

「え?」


 それを落ち着かせたのは、審査委員長のネスだった。刺客の彼らの食材は確かに素晴らしい。だが、それだけで勝てるほど、料理界は甘い世界ではない。


「すぐにわかります。彼らは…」


 頬杖をついてネスは続けた。


「自ら墓穴を掘ったんですよ」


 三人の刺客は普段通りの手筈で、焼きに入る。しかし、ケルトは何かを計っているかのように、じっと空を見上げ、窯の火の様子を感じ取り、一気に焼きに入る。


 そうして、4種のピザが焼き上がり審査に入る。まずはアインハーフのベーコンピザ。塩気が強く、お酒が欲しくなる一品。確かに美味い。主人は得意気だ。


 次はバルゴピザの、ピザ・フォルマッジ。ハニービーの大好物である。しかし、彼女の表情は疑問が浮かんでいた。確かに美味しいが…?何か引っかかる。


 そして、セブンフィートのトマトを中心としたペスカトーレ。海鮮も新鮮なものは、この国ではなかなか手に入らないが、素晴らしいものだった。だが…?


「どうしよう…どれも美味しいけど…」

「うーん…なあ」

「ああ、これならいっそ…」


 審査員たちは同じ疑問を持っている。そして最後にケルトのマルゲリータ。この国特産のトマト、バジル、そしてモッツァレラチーズで構成されたもの。


「大丈夫かよ…。見た目、いつも通りのマルゲリータだぜ?…ん?いつも通り?」

「そうか…そういうことか!!」


 ネスは笑顔で応えた。一見普通で、他の三品と比べ、派手さに欠ける。審査員たちは、恐る恐る口に運ぶ。そして皆、顔を見比べた。この味は…!?思わず笑みがこぼれる面々。


 そして、満場一致で優勝者が選ばれた。誰が食しても同じ答えを出すだろう。ネスの言葉の意味が理解できた。そして、ネスが拡声器を取り、優勝者の名を宣言する。


「優勝者は…」


 会場中の全員が固唾を飲む。


「ニッキーハウス・ケルトのマルゲリータ!!」


 その一声に会場中が完成で湧き上がる。ラプラス、ハニービーたちはじめ、十二剣王も歓喜に沸いた。このマルゲリータは群を抜いて美味かった。当然、刺客の三人は納得がいかない。


「そんな馬鹿な!!納得いかん!!」

「忖度してるんじゃないか!?おお!?」

「こんな普通のマルゲリータ、相手のはずがない!!」


 慌てて詰め寄る三人の刺客。しかし、ネスたちの審査は公平に行われた。そう「普通」のマルゲリータ。そこに真の意味がある。これは食べてみないと分からない。


「じゃあ、食べ比べてみるといい。職人の君らなら分かるだろう?冷めないうちに、是非どうぞ」


 そう言われ、お互いのピザを食べ比べ、絶句した。そう、高級食材とはその癖や味を捕らえ、それらを殺さないよう、神経を最大限に研ぎ澄まさねばならない。


 三人のピザは慣れない食材を扱うことで、その僅かなズレが不協和音を生み出していた。どれだけ良い食材を用意しても、これでは宝の持ち腐れである。


 そして、極端な高級食材を用いたため、それぞれが主張が強すぎて、食材が喧嘩している。生地とも相性が悪く、味を損ねていた。これではいつも店で出している品の方が良いかもしれない。


「ケルト君のピザ。これを正に至高って言うんだよ」


 かえってケルトのマルゲリータはシンプルながら、手になじみ熟知した食材、生地、塩梅、窯の温度、その日の気温、湿度など全てにおいて、パーフェクトに計算されていた。


 普通の食材が、相乗効果で素晴らしい美味を生み出している。地元の食材、気候、風土、全てを理解していたからこそ、表現できた「その場での最高の」マルゲリータだった。


 まさに完封だった。ケルトは皆に大いに賞賛され、拍手で迎えられた。早くこの気持ちをあの子に伝えたい。しかし…一向にその姿が見えない。


 そしてサンドルマンCEOの姿も見られない。そして、審査員席に騎士団の兵が、慌てて飛び込んで来る。その顔は蒼白。並の事態ではない。


「ラプラス兵長…ご報告が…」

「ん?」


 その報告に、唖然とした。皆がピザの余韻に浸っていたが、その報告で一気に覚めることになる。その報告とは…。ラプラスが神妙な面持ちで告げる。


「テッペイ親分の娘のアンが…誘拐された」

「…誘拐…?」


 そう。この場に居て、真っ先にケルトを祝うはずのアンがいない。その言葉に、いつも豪胆なあのテッペイ親分ですら、慌て、取り乱す。ケルトも不安に苛まれる。


 そこで、大剣王ハルバードは十二剣王に命を下す。


「皆!!十二剣王全てに命ずる!!必ずアンを捜索し、救出せよ!!…これは戦だ!!負けるわけにはいかない!!」

「ははっ!!」

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