第2話 起死回生の特訓の日々
厨房から怒号が聞こえる。それは店主テッペイのものだ。いつにも増して、深刻な雰囲気と怒気を放っていた。何やら尋常ならざる事情が起きているらしい。店の中があわただしくなる。
「この程度の物をよく、お客に出せるな!!今のお前にはまだ早い…十年、いや、百年早いわ!!」
ケルトはぐっと我慢している。そこにアンたちが割って入った。その表情には恨みにも似た感情が籠る。アンはケルトの腕が、父のそれに劣っているとは思えない。
「お父さん!!ケルト君はもう十分な腕前でしょ!?お父さんのピザにだって負けてない!!何が気に食わないの!?」
「…アン。理由なら今、お前が言った言葉が全てだ。職人として失格だ。顔を洗って出直してこい!!」
「それと」
親分から、何やら赤黒いオーラが見えるようだ。
「…娘は絶対にやらんからな…!!」
そして店の奥にテッペイは戻っていった。一般人には大将の文句の意味が分からない。娘のアンも、店中のお客の頭の上にも「?」が浮かんでいた。彼は不器用なせいか、よく誤解を生む。
そこにラプラスと、ハニービーも駆けつける。ケルトは暗い表情で、いそいそと洗い物に戻る。その時、ケルトは自信を無くしたのか、粗末なものを出した詫びか、それはそれは細い声で、
「すみませんでした、半端な物しか出せなくて…。お見苦しい所をお見せしました。あの…お代は結構ですので。あ…集まらないで下さい。スミマセン」
落ち込みながらケルトは皿を洗い出した。
「ちょっ…ケルト君…」
重い空気が流れる厨房。空気を変えたのは、いや、変えれるのはこの子しかいない。その子はつかつかとケルトに歩み寄ると、むんずと掴み、その場に立たせた。ケルトは唖然としている。
そして。
『ばっしぃーーーーんッ!!』
右の掌に力を目いっぱい込めて、ケルトの背中を張り叩く。その威力はケルトの体が軽く浮くほど。元気が取り柄のハニービーだ。ケルトは目をパチクリとする。激痛だ。
「なってない!!男としてなってないわよ、ケルト君!!」
「は…ハニービーさん…?痛い…」
「声が小さぁぁーーーーーいッ!!」
『バシコオォォォーーーーーーンッッッ!!』
そういうともう一度、ケルトの背中をはたき倒す。自分の有り余る魂の元気さを彼に注入するように。ケルトの目から、火の粉と星が出る様。一瞬、意識が飛んだ。やりすぎの感がある。
「心配しなくていいわ。味は親分のそれと同等よ。そこは私たちが保証する。ね、兵長?」
「そうだね。個性もあるし、いいマルゲリータだったよ」
味は互角。それは百人に聞けば百人そう答えるだろう。ケルトの腕前は超一流なのは確かだ。では彼に足りないものとは、一体何なのか…。その場の皆には分からなかった。
「そうそう、そこでケルト君、相談なんだけど…」
ハニービーがにやっと笑いながら、一枚のチラシを取り出した。二人は今日の本来の目的の「ある提案」を持って来ていた。これは国からの推薦状ともいえる。
「これに出てみない?」
フロントス・グルメ・フェスティバル。国中の料理店を集め、大きなお祭りを開催する。国を挙げての一大行事だ。その経済効果は国益の15%とまで言われる。
建国と同時に始まった、年1回のこのお祭りは今年で6年目。そしてメインイベントに料理の対決コーナーがある。その料理に選ばれたのは、もちろんピザだった。
テッペイ親分は既に3連覇し、殿堂入りしているため、このニッキーハウスで、出場資格がある職人はケルトただ一人。今年、国はケルトを推薦していた。
優勝すれば間違いなく、親分に匹敵していることが証明できる。しかし、当のケルトは微塵も自信が無いらしく、首を激しく横に振る。彼の性格からすれば、とても恐れ多い申し出だ。
「僕が国を代表するこの大会に?い、いやいやいやいや!!…僕なんかが優勝できるわけが…」
やはり尻込みするケルト。しかし、三人は煮え切らないケルトの態度にやきもきしていた。もしかしたら、ケルトに足りないものとは…?少しずつ見えてきた気がする。
「何言ってんの!!お父さんを見返すチャンスでしょ!!」
「僕は優勝候補は君だと思ってるよ?ケルト君」
「今の君に足りないのは、きっと勇気だよ!!親分も分かってくれるって!!やるよ、ケルト君!!」
三人の熱意はとても熱い。普段は大人しくよそよそしいが、それに応えないほど、ケルトは薄情な男ではなかった。目つきが変わり、ついにケルトは重い腰を上げる。
「…わかりました。出ます!!」
その決断の答えと同時に、わっと店内が湧く。気付けばいつの間にか、店中の客が厨房に集まっていた。老若男女がこの店のピザを、職人たちを愛してやまない。
「よく言ったケルト!!それでこそ漢だ!!」
「大将の度肝、抜いてやんなさいよ!!」
「お兄ちゃんのピザ、僕も大好きだからね!!」
その期待を背に受けたケルト。それから終業後は特訓に特訓を重ねる日々が続いた。そして、それをアンはずっと見つめている。とにかく動かねば、何も始まらない。
まずはじっと何もしないケルト。だが、彼は何か思うところがあり、動じない。しばらくすると、目が変わりピザ窯と向かい、丁寧且つ迅速な作業で焼きに入った。
答えの見えない特訓の日々。だが親分に聞くのは、お門違いと分かっていた。答えはケルト自身が見出さなければならない。あくる日も、あくる日も焼き続ける。
実直にピザと向き合うことによって、ケルトは一皮むけていった。試食はアンの担当。どんどん味が良くなっているのが分かっる。これなら大会でも戦える。優勝も夢ではない。
二人はケルトのピザはすでに完成されていたと、勘違いしていた。ピザという料理にはにはまだまだ高みが、そして深みがある。この特訓でそれを実感した。
ラプラス、ハニービー、店の常連客達も陰ながら、見守っていた。応援の熱も日に日に増していく。そして、二人に気付かれないように、もう一人見ている人物がいた。その人物とは…。
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