『短編』マルゲリータに愛を込めて

はた

本編

第1話 ニッキーハウスの師弟模様

 ここは剣と魔法の冒険の世界。世界各地で、冒険者や魔物が跋扈(ばっこ)する。そんな荒れている世界情勢の中、長年平穏を守る、英雄が築いた国があった。


 それは剣王たちが統べる国、北領の国フロントス。昔は動乱の中、戦に次ぐ戦の毎日だったが、大剣王ハルバードの勝利により、今は平和な日々が送られている。


 大剣王の周りには「十二剣王」が脇を固め、絶対の信頼と絆を持って、国を治めている。北の山岳地帯に城を構えるこの国は、天然の要塞としても知られている。 

 

 そして、平和故に文化の発展も目を見張るものがある。特に食文化は、世界でも随一。そんなフロントスでは現在、ピザがトレンドとなっている。


 国の民はもちろん、大衆役者や企業のトップ、果ては騎士団や、その長である大剣王ハルバードもその味に魅了されている。その店舗数は120を超える。


 王国の騎士団のトップの『十二剣王』その中の剣術指南役を務める兵長ラプラスと、副兵長ハニービーも例外ではなく、贔屓の店を持っていた。


 訓練の打ち上げは必ず、その贔屓の店、ニッキーハウスのピザとワインと決まっている。その店は評判も高く、その声は国一と評されることも少なくない。


 店主の大将テッペイは一年に一度行われるフロントス・グルメ・フェスティバルで三連覇を達成、殿堂入りを果たしていた。こじんまりとした店だが、客はいつも満席だ。


 それでいながらこの店は、決して支店を出さない。それはそれで、潔さを感じさせる。多くの同業者からも一目置かれていた。「粋」という言葉が似合う店である。


 そして今日も、ラプラスとハニービーが店にやって来た。訓練の後はくたくただが、この店の味にありつけるということで、毎日の苦行も苦にならない。既に馴染みの顔になっていた。


「こんにちは、アンさん!!今日も食べに来たよー!!」


 元気よく入店したハニービー。彼女は19歳という若さながら、十二剣王に選出された女の子。あどけなさはあるが、剣の腕は折り紙付き。その素早さと脚力は十二剣王随一だ。


 短めのポニーテールが印象的で、その明るさから騎士団内のムードメーカーを務める。どこでも声が大きいのは元気の証だが、その元気がトラブルを起こすほど。


「いらっしゃい、ハニービーさん。ここのところ毎日ですね。ありがとうございます」

「そりゃもう!!一度ここで食べたら、ここ以外のはもう食べられないって!!」


「こらこら、その熱意を訓練でも打ち込んでくれよな、ったく…。あ、どうも。アンさん。今日も美人だね」

「あらあら、ラプラスさんたら。ささ、奥の席へどうぞ」


 そう言うのは兵長ラプラス。プラチナブロンドの整った髪と、翡翠色の瞳が綺麗な色男。女性人気は騎士団一。そのせいで騎士団内ではやっかみを受けることも。


 浮いた話が無いのが、さらに女性人気に火を着け、盛り立てる。…いろんな意味で。しかし、その誠実すぎるところは、ハニービーも見習うべきか。


「さて、お二人さん。今日は何にします?」


 看板娘のテッペイの娘、アンが尋ねる。長い三つ編みの亜麻色の髪が特徴的な美女。親方のような漢からこのような娘が生まれたのは奇跡かも知れない。


「そうだな、僕はマルゲリータ。バジル多めで」

「私はフォルマッジ!!ワインは白のリーベン産で!!」

「ふふっ。かしこまりました」


 アンが厨房に伝えに向かい、十数分後、香ばしい香りを発しながら、マルゲリータとチーズ・フォルマッジが運ばれてきた。相も変わらず美味そうな香りである。


「いっただきまーす!!」

「いただきます」


 二人は熱々のピザを、口いっぱいに頬張る。


 マルゲリータは口いっぱいにトマトの酸味とバジルの香りが広がり、良質のモッツァレラチーズが、その土台を支えている。シンプルだからこそ、真価が分かる逸品だ。


 フォルマッジは特濃のチーズながらどこかさっぱり。チーズのコクと癖とのせめぎあいが面白い。今日も約束の美味を与えてくれた。しかし、美食家の二人は、あることに引っ掛かった。


「ん?」

「これって…」

「どうしました…?」


 ラプラスとハニービーは顔を見合わせる。同じ疑問を持ったようだ。どことなくアンが不安そうに尋ねる。味が落ちたのではない。いつもながらの繊細かつ大胆な味。


 これを美味と言わずして何と表現したものやら。二人は舌の上で、じっくりと味わい分析する。我が出ておらず、万人に愛される味。そして、個性はちゃんとある。


「いやいや、めちゃくちゃ美味しいですよ?でも…」

「そうだな、これは…」


 しかし、何と表現すればよいか。…味の「質」がいつもと少し違う。いつもと違い「我」が出ていない。いつものピザを「剛」と表現すると、これは「柔」の味。優しさが強いのだ。


 そして二人は結論に行きついた。


『これ、焼いたの親父さんじゃないね?』

「正解です!!」


 アンは流石と言ったテンション。二人は驚いていた。これほどの味のピザを焼ける人物はそうはいない。この店で親分以外の職人と言えば…この店では、ただ一人。


「え!?てことは、これ…ケルト君が!?」

「おー!!大したもんだよ、そうか、ここまで来たかー!!」


 テッペイは今も昔も、一人しか弟子を取っていない。今回出されたピザを焼いたのは、その弟子の青年ケルト。実直で一を聞けば十を学ぶ、誰もが認める天才職人だ。


「すご…。ついにこの域まで来たね!!やるじゃん、彼氏!!もう~!!結婚しちゃいなよ!!」

「か…彼氏だなんて、そんな…」


 照れるアン。公言はしていないが、二人が恋仲なのは周知の事実。この店を継ぐのは彼しかいない。皆、彼の腕を見込み、成長を見守ってきた。しかし、


「馬鹿野郎!!」


 奥の厨房の方から、何やら尋常ならざる怒号が響いてきた。三人はお客を掻き分けながら、駆けつける。そこには怒れるテッペイ親分と弟子ケルトの姿があった。

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