第犬餌2話 胡桃の独白と4人への質問

 社会人になり、私、犬餌胡桃はコーヒーをよく飲むようになった。


 ブラックが好きと言うと、水初に「え、なんか胡桃大人っぽいね」と言われた。大人ですけど? 身長は低いですが大人ですけど? なにか?


 まあそれは置いておいて、ブラックな理由は特にない。ただ、この苦味が過去の苦い記憶を想起させてくれるから。


 思い出したくないけど、記憶に残しておきたいから飲む。それだけ。


 もうそろそろ4人に言おうと覚悟していた過去を私は思い出す。


 私の家庭は両親と私の3人暮らし。あまり贅沢は出来なかったけど、たまに両親が遊びに連れて行ってくれたりしたのでそれなりに幸せだったと思う。


 でも、そんな日々は続かなかった。私が小学生の頃に父が亡くなったのだ。原因は肺がんで、見つかった時は既にステージ4。手遅れだった。医者には延命措置しかできないと告げられ、母と抱き合って涙を流したのを今でも覚えている。


 これが物語の上での世界なら、能力とか奇跡とか言って治るのだろう。一見無理だと言うような状態でも、魔法みたいに奇跡を起こすのだろう。


 でも、現実はそんなに上手くは行かなかった。私もお母さんもがんの完治を願ったがお父さんは死に、私とお母さんの2人暮らしとなった。あの幸せな日々は二度と帰ってこなくなった。


 それから、私達の生活は苦しくなった。母は朝早く働きに出て、深夜に帰ってくる。私はその時中学生1年生で、学校はバイト禁止だったが先生が特別に許してくれた。それに先生はバイトも紹介してくれて、私はそこで働けることとなった。


 しかし、中学生のバイト、しかも1年生で貰える額なんてたかが知れている。私は家事と勉強くらいしか母に出来る事が思いつかなかった。


 だから私は頑張った。朝は早く起きて母の弁当を用意して、学校では休み時間でも勉強して、学校が終わったらすぐにバイトへ向かって、家に帰ったら家事をして。


 お陰で成績は良かったし家事も出来るようになった。今、私が苦労せず一人暮らしが出来るのは中学の時の経験があるからだろう。


 でも、そんな私にまた不幸が訪れた。中学の私は家事と勉強が出来たから多少陰キャでも友達が居た。勉強も最上位だったし、家事もかなり出来ていたと自負している。更にその頃の私は今よりも全然幾分か明るかったと思う。


 だがそんな陰キャな私をクラスのカーストが上の奴らは快く思わなかったらしい。


 何故か私が母子家庭なのを揶揄われた。だけどそれ以外に被害はなかったし、気にしないように努めた。


 でも、段々と母への罵倒に変わっていったのだ。多分、母子家庭の事や私自身の事を馬鹿にしても意味がないと気づいたのだろう。


 尊敬する母を貶されてはらわたが煮えくりかえりそうだった。でも所詮は陰キャ。クラスカーストトップのクソ陽キャどもに何かを言えるはずもなく、ただ黙って聞いているだけで何もしない。私は勇気が出せなかった。


 クラスの子達もそうだ。友達だと思っていた子も何も言わず、ただ眺めるだけ。


 そんな日々が何日も続き、靴箱に虫が入っていたりなどの実害も出るようになってから数ヶ月が過ぎ、遂に私の精神の限界が来た。それから転機が訪れた日までの数ヶ月間の中学校生活があまり思い出せない。


 聞くところによると学校には通っていたが何をされても無反応。虫なども全て反応を示さず、体操服が破れていても少し見つめたあとに先生に見学の連絡を入れるだけ。


 その気味の悪さに陽キャ達は恐れ、段々と虐めは無くなっていった。


 それでも私は戻らず、誰とも話さなくなった。前までのようなちょっと明るい陰キャな私はいなくなり、ただ毎日を機械的に過ごす人間になっていたらしい。


 そんな日々が続いた中学2年生の後半らへん。私は憧れに出会った。


 その人とは私が深夜は遅くまで勉強、学校が終わったらバイトという厳しいルーティンが続き、道端で倒れてしまったところを助けてくれた。


 少し毛先が赤に染まった絹のようなサラサラな黒髪。端正な顔立ちにアイドル顔負けのプロポーション。


 そう、今では友達として仲良くさせて頂いている玖凰冬奈である。実は少し前に会っていたのだ。


 あの時の気温が低く、雪が積もっていた寒い日なのに温かかった手。あの温もりとかけてくれた優しい言葉は忘れられない。


 それから私はまた前のように戻り、玖凰冬奈と言う名前と希望進学先を噂で聞いてそこに入学する為勉強した。その間陽キャ達は何もしてこなかった。


 無事に高校に入学し、冬奈を近くで見れた時は興奮では鼻血を出して倒れてしまった。


 更に翔梨、泰晴君、水初と仲の良い友人まで出来て、私は驚きと幸福に支配された。


 何故驚いたか。それは、主に私が高校へ行く時に誓った事が関係している。それは、もう虐めを受けないように口調をおかしくし、人を寄せ付けないようにすること。そして高校では勉強や家事が出来るのを隠し、静かに過ごそうと言うものだ。

 

 だから驚いた。私に友達が出来るなんて。こんな私を認めてくれるなんて。


 私は何回目かわからない過去の振り返りをし、前と同じように苦情を浮かべる。そして親友である4人へ心の中でずっと言いたかったことと、疑問を心の中で言う。心の中でなら、聞いても良いかな?


 ねえ、翔梨、冬奈。秘密があったのは2人だけじゃないんだよ?


 ねえ、水初、泰晴君。私って結構凄いんだよ? 驚いたでしょ?


 ……ねえ、4人とも。こんな私でも、まだ友達と言ってくれますか? 翔梨や冬奈とは違ってくだらない事を自分の保身の為に隠していたクズを。大切な人を貶されたのに勇気が出ず、何も言えなかったゴミを。それを大切な人達に隠していた救いようの無い罪人を。そんな私を、また友達だと言ってくれますか?


「愚問ね。勿論よ」


「——え?」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る