第3話 元気な片想い相手《おさななじみ》

 冬奈さんが海外に行ってから1年が経った高校2年生の夏休み。俺、宮雛泰晴は冷房が効いた涼しい部屋で翔梨と朝からゲームをしていた。


 中々に良い朝だ。今日はこのまま静かにゲームをするだけの1日に——


「た〜いせ〜い! デートしよ〜!!」


「ッ! ……まあ、そう簡単には行かないか」


 後ろからバァンと言う音がし、俺の体が跳ねる。いつも元気溌剌な俺が片思いしている幼馴染に、安心するやら疲れるやら。


「少し静かにしてくれ、水初。……翔梨、すまない。水初が来たから少し落ちる」


『了解』


 ボイスをオフにし、ヘッドホンを外す。そしてアポも無く突然俺の部屋に凸って来た非常識な幼馴染へジト目をプレゼントしてやる。


「いやん、そんな熱烈な視線を向けて来ないで」


「この世から消し飛ばしてやろうか?」


「物騒オブ・ザ・イヤー堂々の1位だね」


 俺の呆れた目をさらっとスルーし、ヘラヘラとしている幼馴染に頭痛を覚える。


「はぁ……で? 用件はなんだ?」


「さっき言ったじゃん。デートしよ〜って。青春らしく海にでも行く?!」


 水初は明後日の方向を指差し、腰にもう片方の手を当て船長のようなポーズを取る。だが——


「そっちにあるのは商店街だ」


「え……じゃああっち」


「あっちにあるのは海じゃなくて山だ」


「やっぱり海やめよう。サメとか怖いし」


「なんだお前」


 自分勝手な幼馴染に先程からある頭痛が更に加速した。


 水初は顎に手を当て、うんうんと唸る。


「どこに行こうかな……」


「……ここじゃ駄目なのか?」


「じゃあここにしよう! 泰晴、漫画貸して〜」


 本棚から漫画を取り出し、ベッドに倒れ込む水初。……誰かこいつに鉄槌を下してくれ。この自分勝手で非常識な幼馴染を。


「でも、嫌じゃないでしょ? 泰晴は嫌ならちゃんと言う人だもんね」


「平然と俺の心を読むな」


 お前にそんな能力は無いはずだろう。やはり、幼馴染は厄介だ。考えている事も、そして行動パターンも読まれてしまう。


「……ねえ、泰晴」


 急にしゅんとなった水初に、俺は少し驚く。何かあったのか?」


「なんだ?」


「……本当に嫌なら、言ってね? すぐにやめるから……」


こいつは自分勝手だが、人を思いやる心が人一倍強い。そんな所が水初の魅力であり、好きなのだ。


「さっきお前が自分で言っただろう? 俺は嫌なら言うと。わかったら漫画でも読んでいろ」


「! ……うん! んふふ……ふんふ〜ん」


 俺のベッドの上で足をバタバタしながら漫画を読んでいる水初。今日の水初はスカートを履いているのでさっきから見えそうになっている。この状況が続けば俺の理性がまずい。


「おい、見えるぞ」


「ん? ちょっとちょっと〜泰晴さんったら〜! 私のパンツ見て興奮しちゃって〜」


 水初はベッドを降りて椅子に座っている俺に近づき、俺の肩を肘でツンツンとしてくる。


「今更お前にするわけないだろう」


 ポーカーフェイスを保ち、なんとか平静を装う。


「え〜? 我慢しても良い事ないぞ?」


 そう言って背後から抱きついてくる水初。背中に男性には無い柔らかい感触が伝わり、俺の心臓が強く波打つ。


「……離れてくれ、水初」


「え〜仕方ないな〜」


 不服そうに頬を膨らませながら俺から離れ、ベッドへ戻っていく水初。背中の無くなった幼馴染の温かさに少し寂しさを覚えるがあれ以上は流石にやばい。


「男にあまりこう言う事をするものじゃないぞ?」


「ん? ああ、大丈夫だよ」


「……何が大丈夫なんだか」


 一応幼馴染とはいえ俺も男。好きな子のスキンシップでいつ理性が崩壊するかわからない。


「……泰晴にしかしないし。いつ襲って来ても良いよ?」


「声が小さいぞ、水初。もう少し大きな声で言ってくれ」


 水初はあはは、と笑いながら、俺へと振り返る。そして口元を緩めながら左人差し指を口に当て、ウインクを1つ。


「ひ・み・つ! 女の子は秘密が多い方が魅力的らしいからね!


 水初の魅惑的な姿に、俺は顔を背ける。今水初に顔を見られるのはまずい。


 俺はそれ以上水初と会話、もっと言えば顔を見せるのを避ける為、ボイスをオンにし、翔梨に話しかけてゲームを再開する。


 やはり部屋で1人で居るより水初が居た方が落ち着くな。


※※


 時刻は18時30分を過ぎたくらい。もう夕食時だ。


「水初ちゃ〜ん?! ご飯出来たからおいで〜! あと泰晴も〜!」


「は〜い! 今行きま〜す!」


「……俺はついでか」


 母さんの声を聞いて扉を開け、階段を降りて行った水初に続き、俺も1階へ行く。


 水初も含めた夕食を終えると、水初は家に帰る用意をする。


「後はベッドを整えてっと……よし!」


「それくらい俺がやるぞ?」


「ん〜ん。私が使ったんだから私が片付けるのが普通でしょ……よし! じゃあ帰るね!」


 下に降り、玄関で靴を履いている水初を見送る。母さんもリビングから出て来た。


「じゃあまたね、泰晴! 明日も来るから! おばさんもおやすみなさ〜い!」


「おやすみ」


「またね〜水初ちゃん」


 水初がいなくなった玄関は俺と母の2人きりとなった。


 母さんは俺に呆れたような目を向けてくる。


「ねえ、いつ水初ちゃんに告白するの? どこからどう見ても両思いでしょう?」


「……もうそろそろだ」


「何回も聞いた言葉ね。……全く、私の息子はチキンなんだから」


「耳が痛い」


 母さんは踵を返し、リビングへと歩いていく。


「私はもう水初ちゃんを娘にするって決めてるから。しっかりしなさいね」


「……ああ」


 俺は靴を履き、外に出る。上を見ると、月が綺麗に輝いていた。


 ……ああ、俺もだ母さん。水初以外を嫁にするつもりはない。今も、これから先も。

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