第2話 これは平等な勝負じゃない
有名作と言うだけあって映画は中々に面白かった。俳優の人達の演技は上手いし演出も良かったと思う。全て素人目だけど。
「面白かったわね」
「ああ」
この映画館はショッピングモールの中にあるのでこの後は適当にウィンドウショッピングでもしようかな?
「了解よ。早速行きましょうか、翔梨?」
俺の心を読んだのか、冬奈は返事をした後に俺に向けて手を差し出してくる。俺はその手を握り、二人で歩き出す。
「ねえ、翔梨。この子可愛いわ」
「ん? ……これ?」
ゲームセンターでUFOキャッチャーを見ていると、冬奈が何かに指を差した。これは……動物で良いんだよな?
顔は鷲、体は猫、何故か龍のような翼が生えており、尻尾は馬。これ、なんて言う化け物? 絶対名前厳ついやつだろ。
「名前は……プリンって言うのね」
「いや無理無理無理無理!」
こいつとスイーツはどうやっても結びつかないだろ! もっとあっただろ!
「可愛くて良いじゃない、プリンちゃん。この子らしいキュートな名前よ?」
「これのどこをどう見たらキュートなんだよ。しかも女の子なの?」
冬奈はこの筐体の景品説明を指差す。その紙には「名前はプリン! 可愛い女の子です!」と書かれていた。……マジかよ。いや、冬奈達の感性を否定するわけじゃなくてね?
隣の冬奈はその美しい瞳に闘志の炎を燃やしている。と言うか冬奈ってUFOキャッチャーとかやった事あるのか?
「無いわね。けど私、この子をなんとしても取るわ。プリンちゃんを絶対我が家に迎え入れる!」
この感じ、何か嫌な予感が……
※※
「……UFOキャッチャーってこんなに難しいの……?」
「…………」
2000円近く使っても冬奈は取れていなかった。予感が当たっちゃったか……
「プリンちゃんが私を拒絶していると言うの……?! そんなのあり得ない……あってはならないの……」
「冬奈さんしっかり? おかしくなってるから」
床に膝をついて絶望している冬奈。そんな冬奈を先程の攻防によって前に来ていたプリンが
見下ろす。……なにこの絵面。
まあ、UFOキャッチャーは素人にとっては運。俺もあまりやった事はないので取れるかわからない。ここはかっこつけないで冬奈に諦めてもらう——
「しょうりぃ……」
「任せろ」
愛しの妻の涙目でのお願いを断れるか? 無理に決まってるだろ!
俺は店員さんに言ってプリンの位置を戻してもらった後、人差し指を少し齧る。
悪く思うな、プリン。全ては冬奈の為。ここに平等なんて無い。あるのは(景品を)獲るか(お金を)盗られるかだけなんだ。
俺はアームを操作し、縦と横を確認してボタンを押す。アームはプリンの体に付いているタグに引っかかり、プリンを持ち上げた。
「ほら」
戦利品であるプリンを冬奈へ渡すと、冬奈は目を輝かせてプリンに頬擦りした。
「翔梨、ありがとう! ああ、プリンちゃん……これからは私達の家で一緒に暮らそうね」
正直、プリンが羨ましい。あいつはいずれ俺のライバルになるかもしれないな……というかそこ変われ。
冬奈の二つの山にくっついているライバルへ険しい視線を送っていると、冬奈が苦笑した。
「プリンちゃんは好きだけど貴方ほどではないわ。ライバルになんてならないから安心して」
その言葉を聞いて思わず頬が緩んでしまう。プリン、命拾いしたな。お前と殺りあわずに済んで良かったよ。
「それに——」
「な、なんだ?」
冬奈はその口を俺の右耳へ近づけ、悪戯な笑みを浮べた。
「貴方にならなんでもしてあげるわ。だって私はもう、翔梨の物だから」
「ッ!」
俺は右耳を手で覆いながら少し距離を取り、顔を背ける。本当に、心臓に悪い……冬奈はこんな事言ってて恥ずかしく無いのか……?
ちらっと冬奈の方を見てみると、冬奈も顔を真っ赤にして俯いていた。やっぱり恥ずかしいんじゃん。
「……帰るか」
「……ええ、そうしましょう……」
ショッピングモールを出て二人で帰路に着く。さっきから続く気まずい空気を消す為になんとか話題を絞り出す。
「あ、え〜と……今日は楽しかったか?」
「え、ええ。翔梨とデートするのはかなり久しぶりだったからとても楽しかったわ」
冬奈は俺に柔和な笑みを向けながら答える。リラックス出来たのなら良かった。これで本当の目的も——
「本当の目的?」
「あ、やべ」
俺は慌てて手で口を押さえるが心の声なので関係ない。
「ねえ、本当の目的って何?」
「え〜と……」
冬奈の綺麗な顔が眼前まで迫り、俺の心臓が早鐘を打ち始める。視線を彷徨わせながらなんとか冬奈の問い詰めるような視線から逃れようと思考を巡らせようとする。が——
「こっちを見なさい、翔梨」
「あふっ」
両頬を冬奈の手にサンドされ、逃げれなくなってしまった。俺はため息を吐き、観念して言うことにする。
「この数ヶ月、冬奈は従業員に休みを取らせる為に自らを犠牲にして働いた。お前はなんでも一人で背負いこむ癖がある。だからその息抜きに、だ」
「……翔梨」
「俺が休めと言ってもまだ大丈夫、これやってからとか言って全然休まないだろ? 冬奈とデートしたいと言うのもあったが本当の目的はこれだ」
「……ふふ」
「冬奈?」
俺の本当の目的を聞いた冬奈は急に微笑み、俺より少し前へ歩く。そして、俺の方へと振り返って——
「ありがとう、翔梨。貴方には本当にいつも助けられてばかりね。仕事でも、私生活でも」
昼の太陽の光に照らされた微笑んでいる冬奈はとても眩しくて、可愛くて。俺は心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。
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