透華の光 進

kino8630

第1話 2回目の映画デート

「冬奈、映画を見に行こう」


「早朝の五時に言う事じゃないわね」


 リビングのソファに座り、片手にコーヒー、もう片手には新聞を装備して寛いでいた冬奈はため息をついた。仕方ないじゃん。目を瞑ってても二度寝出来なかったんだもん。


 冬奈の言う通り現在は朝の五時。外はまだ深夜かと思うほどに暗く、4月の上旬だからかまだ上着が手放せないほど寒い。先程少し外に出てみたが物音なども一切なく、寂しさを感じるほどに静かだった。


「まだ映画館は営業してないでしょう? 家で見るとか?」


「いや、俺達は最近仕事が忙しくてデート行けなかっただろ?」


「まあ、そうね」


 高校を卒業して玖凰財閥に入り、冬奈の秘書になってから数年。最近は互いに忙しくどこかに出かけたりなどもなかった。今日は二人とも休みなので丁度いいと思ったのだが……


「丁度いいと言うのは確かにそうかもしれないわね。何時に出るの?」


 言いながら、冬奈は俺を見ながら自分の隣をぽんぽんと叩いた。そこへ座れと言うことか?


 俺は冬奈の右隣へ座った後、頭を悩ませる。


「う〜ん……確か映画館が始まるのが九時とかだから……八時三十分とか?」


「了解。じゃあ、それまで寛いでましょう?」


「ああ、そうだな」


 冬奈は視線を新聞に戻した。俺は天井を見上げ、ぼーっとする。少し気を抜いたら欠伸をするどころか寝てしまいそうなほどに眠い。


 ゲームをやめたのが確か午前の二時。起きた(二度寝出来なかっただけ)のが五時。三時間しか寝てないのならそりゃ眠くもなるだろう。


「だから夜更かしは駄目だって言ったのに……」


「うっ」


 冬奈が俺にジト目を向けてきた。俺は気まずくなり視線を逸らす。


「少し寝る? 八時くらいになったら起こしてあげるわよ?」


「え、マジで? ……じゃあ冬奈、新聞をもう少し上に上げてくれ」


「え? まあ、わかったわ。と言うか、なんでこんな事——ひゃっ!」


 冬奈が新聞を上にあげたのを確認して冬奈の太腿に頭を乗せる。柔らかさと温かさが同時に伝わってくる。最高の寝心地だ。


「ふふ、全く……急なんだから……」


 冬奈は俺の頭を撫でてくる。その優しさが感じられる手が俺の眠気を加速させる。


「おやすみなさい、翔梨」


 冬奈の愛しさに満ちた目と声が更に俺の意識を睡眠へ誘い、俺の意識は落ちていた。


※※


「起きて、翔梨。映画に行くのでしょう?」


「う……んん……」


 誰かに体をゆすられ、重い瞼を開ける。すると、世界で一番愛している人の顔が目に入った。……起きて一番最初に見るのが冬奈の顔……俺は幸せ者だな。


「嬉しいけど早く準備しなさい。もう八時よ」


「いてっ! わかったわかった」


 冬奈は少し顔を赤くしながら俺の額を叩いて来た。俺は叩かれたところをさすりながら起き上がり、顔を洗う為洗面所へ向かう為立ち上がる。


 後頭部から消えた温かく、柔らかい感触が消えた。その事に少し寂しさを感じていると、後ろから声がした。


「貴方になら何度でもしてあげるわ」


 俺は林檎のように真っ赤になったであろう顔を隠すように早歩きで洗面所へ向かった。


※※


「よし、着いた」


 互いに準備が終わり、十五分ほど歩くと映画館に着いた。


「待ち合わせとかはしなくて良かったの? なんかわざと別れてあとで合流するとかあるらしいけど……」


「絶対に駄目」


 そんな事したら冬奈がそこら辺の有象無象どもにナンパされてしまう。流石に殺人事件で刑務所行きは勘弁したい。


「殺す気マンマンじゃないの。……まあ、私も待ち合わせしようって言われてたら絶対に断ってたけど」


「え、なんで?」


 ナンパされると面倒だからか、と一人で結論に至ると、冬奈は真顔になりながら——


「貴方がナンパされたらその子を社会的にも物理的にも抹殺しなければならなくなっちゃうわ」


「絶対にやめて?」


 マジでやりそうな目をしている冬奈に恐怖を抱きながら映画館へ入る。


 今回見るのはまたラブコメ。勿論前に見たやっとは別物だ。今回は冬奈が見たいと言った映画にした。俺は聞いたことがない映画だが有名な作品らしい。


 食べたくなったのでホットドッグやコーラなどの飲み物を買い、予約した席へ歩みを進める。


 無事に席へ着き、暇なので隣を見る。すると、冬奈がそわそわとしながらCMを見ていた。


 その姿に、思わず少し笑ってしまう。その笑い声が聞こえてしまったのか、冬奈は俺の方を見てきた。


「し、仕方ないじゃない……楽しみにしていたんだもの……わ、悪い?」


 そんな可愛い理由を言う妻に無意識に口元が緩む。


「いや、悪くないさ。ただ可愛いなぁと思っただけだよ」


「……ばか」


 顔を赤くしながら口を尖らせる冬奈を見てまた笑ってしまうと、冬奈に肩を叩かれた。


 そんな事をしている間にCMが終わり、映画が始まった。


 不意に、俺の左手に温かい感触がした。俺は左へ視線を移すと、笑顔な冬奈と目が合った。


 俺も冬奈に笑顔を返したあと、映画へ視線を戻した。

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