黄昏

 ふもとのまち就職しゅうしょくした。


 実家じっかからだとくるまで1時間じかん山道やまみちのぼりしないといけない。社会人しゃかいじん一年目いちねんめからそれはつらいと、一人暮ひとりぐらしをつづけさせてもらった。


 それはでも、わけ

 大学だいがくで一人暮らしの気楽きらくさにれ、町の便利べんりさもあり、田舎いなかもどるのが億劫おっくうになっていたんだ、そのころは。じいちゃんが賛成さんせいしてくれたこと、そのこころにも気付きづいていなかった。


 とはいえ、社会人ともなればはねばせることばかりじゃない。

 むしろしんどいことのほうがおおい。あしきずるようにしてかえれば、ベッドにたおれこむだけでなつぎていた。


 どうやら社会人生活せいかつにもれてきた、そのふゆ


 おおきなイベントが開催かいさいされることになった。


 まだ手伝てつだいだけなことに不満ふまんつも、先輩せんぱいのサポートをしつつノウハウをまなべとさとされた。


 黄昏時たそがれどきだった。


 来賓らいひんか?


 そうおもったのは、開催かいさい翌日よくじつひかえ、みんないそがしくはたらいているなかでそのひとだけはのんびりくつろいでおちゃをすすっていたからだ。


 小柄こがらで、あたまおおきく、和服わふくの……。


 あれって!


 うと、ニイッと不気味ぶきみみをのこして、えた。


「町にもわるさするたぬきがいるもんだな」


 年末ねんまつに帰ってはなしをしたら、すっかり炬燵こたつ似合にあうようになっていたじいちゃんはあくまでもおだやかだった。


 ▼▼▼


黄昏たそがれ


 だれかれ(あなたは誰ですか?)が語源ごげんという。がたは「彼誰時かわたれどき(彼は誰だろう)」。「黄昏」の漢字かんじ


夕方ゆうがたひと姿すがた見分みわけにくく、「誰ぞ彼」とたずねるところから」(大辞林だいじりん初版しょはん


 夕方ゆうがた異名いみょうにはまた「とき大禍時おおまがとき)」もある。


 妖怪ようかい出現しゅつげんポイントの一つに「境目さかいめ」があるという。ひるよるの境目、夕暮ゆうぐれはまさにそれであり、夜闇よやみむかえるまえ家路いえじいそぐ、そのあわただしさのなかにあやしいものもまぎれることからも危険きけん時間帯じかんたいとされた。実際じっさい、人さらい(神隠かみかくし)も夕暮れどきにはおおかったようで。おやに「おばけがるからはやかえりなさい」もあながち間違まちがいではない。


 比喩的ひゆてきに「人生じんせいさかりをぎた年代ねんだいをたとえていう」(同大辞林)


「ぬらりひょん」


 そんな夕暮れ時に、家人かじんに紛れてお茶をすすっている老人ろうじん、それがぬらりひょんである。なんのために? まったくの不明ふめいであるところが、かえって妖怪らしいともいえる。


 妖怪の総大将そうだいしょうのイメージは「ゲゲゲの鬼太郎きたろう」で定着ていちゃくするも、江戸時代えどじだいの妖怪、妖怪絵本えほんのどこにもそんなことはかれていない。なにをもってそうイメージされたのかは不明ふめいだが、飄々ひょうひょういえはいむ姿からではないかとおもわれる。


 妖怪の総大将といえば、江戸の草双紙くさぞうし絵入えい娯楽本ごらくぼん)では見越みこ入道にゅうどう定番ていばんである。

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