海坊主

 はじめてうみったときのこと。


 いつのにか田舎いなかの、年下とししたおさななじみもることになって、大人数おおにんずう合宿がっしゅくみたいになった。高校こうこうまではやま川遊かわあそびばかりだったから、ぼくもずいぶんたのしんだ。


 昼間ひるまはワイワイとにぎやかに。


 よる何人なんにんかとはま散歩さんぽに行くことになった。


 宿やどのおじさんにことわると、「けろよ」といわれた。


 まっくらでしずかな浜だった。


 『花火禁止はなびきんし』の看板かんばんがあるせいか。


 なみおとだけがこえる。

 まちかりはとおい。

 ザザァ……、ザザァ……、と。

 かえす、心地ここちいいような、さそわれているような。

 昼は燦燦さんさん陽気ようき浜辺はまべだったのが、これほどくら表情ひょうじょう一変いっぺんさせるのかとおどろいた。


「ねえ、あれ……」


 おんな一人ひとりが、ふるえるこえ指差ゆびさした。


 なにかいる。

 うみのかなた。

 すみをこぼしたような夜のやみよりもくろおおきなそれは、らんらんとひかあか目玉めだまでじっとこっちをている。


こわい……」


 早々そうそうに宿へかえした。


 おじさんには怪訝けげんかおをされた。

 いま見たことをはなすと、こともなげにいう。


「そいつは海坊主うみぼうずだな。さわいでいたら大変たいへんなことになっていたかもな」


「もしかして、花火が禁止になっていたのは?」


 宿のおじさんはニヤリとわらうだけだった。

 いましめをいうときのじいちゃんのようだった。

 

 ▼▼▼


海坊主うみぼうず


 その目撃談もくげきだん現代げんだいでもおおい。

 海和尚うみおしょうなど、類似るいじ化物ばけもの全国ぜんこくうみつたわっている。


 たいていは巨大きょだい姿すがた。それも上半身じょうはんしん、あるいはあたまだけが見える。ギラギラと光る目玉だけが目立めだくろ姿すがた全身ぜんしんあらわせばどれほどの大きさか。海がれる前兆ぜんちょうともいわれることから、入道雲にゅうどうぐも化身けしんともかんがえられる。夜の出没しゅつぼつおおいが、夕暮ゆうぐれまでりょうているとおそわれるとのはなしもある。くちをつぐみ、しずかにしていればっていくともいわれる。


 そろもの錦絵にしきえ東海道五十三對とうかいどうごじゅうさんつい」のひとつ、歌川うたがわ国芳くによしえがく「桑名くわな」はまさに海坊主である。それは江戸時代えどじだい随筆ずいひつ雨窓閑話うそうかんわ」にる桑名の船乗ふなのり、徳蔵とくぞう逸話いつわからざいっている。


 海坊主に出会った徳蔵、「怖いか」とすごまれたが、「わたることのほかに怖いものはない」ときもわったこたえをし、なんのがれたという。

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