天狗

 週末しゅうまつ田舎いなかかえっては、じいちゃんの遺品いひん整理せいりしていた。


 ふる菓子缶かしかんがあった。

 なかにはたくさんの写真しゃしん

 じいちゃんは写真が趣味しゅみだったけど、未整理みせいりのものをんでいたんだろう。そのわりにはまめに一枚ずつうら日付ひづけ場所ばしょ名前なまえしるしてある。


 ふとおもした。


 じいちゃんは時々ときどきふらっといなくなることがあった。


 夜遅よるおそくにかえってきたらあかがお酒臭さけくさい。


 どこにっていたの? 心配しんぱいしたととがめるが、


天狗てんぐさまのおいだ」


 と、毎度まいどはぐらかされる。


 ばあちゃんだけは、


「まあまあ、かったですね」


 と、しんじているようだった。


 菓子缶の写真のおおくは見知みしらぬひとうつるじいちゃんだった。

 ニコニコとなんだかたのしそう。

 場所ばしょやま、だろうか。

 老人会ろうじんかい旅行りょこうとき

 ばあちゃんに写真をせたらこんな山にはったことがないという。


 くびをひねって、写真の裏を見てみた。


「○年○月○日 富士山ふじさんにて 天狗さまと」

「×年×月×日 高尾山たかおさん 天狗集会しゅうかい

「△年△月△日 鞍馬くらまの天狗さま会合かいごう


 本当ほんとうかどうかはもうきようがないけど、薄情はくじょうだなあ、一人ひとりだけで楽しんできて。ばあちゃんも一緒いっしょれてってもらったらよかったのに。


 今度こんどぼくがばあちゃんをどこかへ連れて行ってあげよう。


 ▼▼▼


天狗てんぐ


 一般的いっぱんてきな「あかかおながはな」の天狗は大天狗おおてんぐともばれる。


 慣用句かんようくに「鼻高々はなたかだか」「はなびる」と、慢心まんしんをあらわすものあるが、まさにそれは天狗の姿。仏教僧ぶっきょうそう堕落だらくし、魔界まかい天狗道てんぐどう)にちるとその姿すがたになるという。「源平盛衰記げんぺいせいすいき」(14世紀せいきごろ成立せいりつ)に天狗問答てんぐもんどうとして記述きじゅつあり。


神隠かみかくし」


 江戸時代えどじだい、神隠しは天狗の仕業しわざとされたものも多い。


 江戸後期こうき国学者こくがくしゃ平田篤胤ひらたあつたねが、その被害者ひがいしゃであり帰還者きかんしゃ少年しょうねん寅吉とらきちからおよんであらわした「仙境異聞せんきょういぶん」。引退いんたいした殿様とのさまである松浦静山まつらせいざん世情せじょう記録きろくした随筆ずいひつ甲子夜話かっしやわ」にも、下僕げぼく源左衛門げんざえもんが天狗に連れられて方々ほうぼうたびした体験談たいけんだんのこされている。


 明治めいじはいってからでも、新聞しんぶんに「天狗にさらわれた」と記事きじになることも。ただし、新聞初期しょきには人目ひとめく(部数ぶすうばす)ためか、正体不明しょうたいふめい怪奇かいき記事が多かったとはことわっておく。

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