第16話 都市内観光3
「結局1匹も釣れませんでしたね」
「おっかしいなー、餌が悪いのかな、その辺のカニやヤドカリで釣れると思ったんだけど」
釣竿を返してから、宿屋への帰り道でぼやく。昔ザリガニを釣ったのとおんなじ感じで魚だって釣れるだろと思っていたけどそんなに簡単じゃないようだ。
「釣れたとしても、何処で料理するつもりだったんですか?私たち宿屋暮らしですよ」
「釣りしてる時は釣った魚のことなんて考えてなかったよ。今なら酒場の厨房を借りればいいと思うし、ダメなら持ち込んでこれで料理作ってくださいってお願いすればいいだけだよ」
「先生は発想が柔軟ですね。私にも分けて欲しいです」
「そうかな、行き当たりばったりで適当に生きてるだけだと思うけど」
前世では将来への漠然とした不安で、安定思考だったと思う。でも今はその日暮らしの気ままな冒険者稼業だからなんとかなるさで振り切れてしまったのかもしれない。
「冒険者になる時、私は不安でいっぱいでした。明日のご飯も住居も確かではないですし、常に危険な職業ですから」
「でも今はそうじゃないでしょ?わたしだって始めた頃は不安だったし、慣れるまでは1日30匹スライムだけ狙って倒してたよ。ユナはもうホブゴブリンを倒せる力はあるんだし、その内余裕が出来てきて、新しいことに挑戦したくなったりするよ。体術の練習を楽しくやれていたのがその証拠だと思う」
「それは全部先生が与えてくれたんです、全部先生のおかげですよ」
「わたしはユナの力になれて幸せだね」
隣を歩くユナの足が止まる。なんだろう、わたしが振り返るとユナが俯いて、呟いた。
「でも私は、先生のために何も出来ていません……」
「ユナ」
「先生にもらってばかりで、返すことが出来ていません。こうやって愚痴って、また教えてもらおうとしています。自分が嫌になります」
真面目ゆえに、手助けし過ぎると思い悩んでしまうのか。難儀な性格をしている。わたしがわたしの理屈で説明しても、納得してくれないかもしれない。でも今はひとまず、言葉を尽くすしかない。
「ユナは孤児院で年少の子の面倒を見たときに、かったるいとか思わなかった?」
「それは……少し、考えていたと思います」
「誰だってそう、面倒くさいし、かったるいって思う気持ちはある。でも子供を見れば可愛いとも思うし、助けてあげたいって気持ちもある。自分でも気づいていないいろんな気持ちが押し引きした結果、行動を決める」
わたしも初見でユナはめんどくさそうな女だなって思った。
「先生から問題を出します。わたしの悪いところや嫌なところを3つ挙げてください」
「え?そんなのないです、無理です」
「絶対にあるよ、ユナはわたしを絶対視し過ぎて恩を返さなきゃいけないと思い過ぎてる。それに隠れちゃってるだけだよ、さあ早く」
真面目だからちゃんと考えてくれるはず。
「……メイド服を悪用して店員を困らせるところ」
お堅いなー。あれくらい誰も困らないんだから別にいいじゃん。
「大人のくせになかなかわたしに手を出さないところ」
すみません、それはわたしが悪かったです。
「子供の見た目なのに大き過ぎるところ」
それはわたしのせいじゃないよね!
まあ話の腰を折るのも良くないし反論はしないでおこう。
「3つ出たじゃん、ほら、そんなやつに恩を返す必要なんてないよ。もしくはそこまで言わないにしても、返す量を減らそうとは思えない?」
「まだ思えないです」
「うーん、やっぱり今の時点じゃ難しいかな」
ユナ視点だとわたしはヒーローなんだろう。簡単には対等になれない雲の上の人。長い時間をかけないと無理そうだ。
「まあ、少しずつわたしの嫌なところも見えてくるし、ユナの手が必要な場面も増えるでしょ。長い時間をかけないと解決しない問題かもね。なんにせよわたしが言いたいのは、好き、だけ、嫌い、だけを見るのは良くないってこと」
恩を返さなきゃいけないって気持ちに囚われると自己犠牲に走りそうで怖い。
「昔、ある人のことが好き過ぎる女の子がいました。気持ちが強過ぎて、その子は一日中その人を監視し続けます。寝ている時も、食事をしている時も、トイレの時もです。どう思う?」
「怖いです、普通じゃないと思います」
「そうだよね、次の例です。ある人に恩返ししたい女の子がいます。恩を返すために汗水垂らして必死になって働いて、最後には恩人を庇って谷底に落ちて死んでしまいました」
「……」
「庇われた恩人はどう思ったでしょうか?」
「悲しい、でしょうか」
「もしそうなったら、恩を仇で返すようなものだね、そうならないよう、用法容量を守ってね。じゃあ帰ろっか、お腹空いたよ」
良し、これでユナがわたしの身代わりになったりヤンデレになったりする未来は回避出来たはずだ。
わたしは純愛至上主義者なんだ。
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