第15話 ◼︎都市内観光2
好きな人に服を選んで貰えるのがこんなに嬉しいとは知らなかった。
リンさんは私にとっての先生だ。何も知らない私に色々なことを教えてくれた。
失った腕の代わりを提案してくれた。
風魔法の扱いに困っていたら、なんでもないことのように新しい攻撃方法を教えてくれた。
ホブゴブリンの苦手意識を無くすのを手伝ってくれた。1人で戦える力を授けてくれた。
先生はなんでも出来る。私が出来ることも、出来ないことも、当然のような顔でこなす。
私はどうやって先生に恩返しをすれば良いのだろう。
かなり無茶苦茶な理屈で言い訳して、先生の体を確認した。
今後もずっと先生と一緒にいたいから、恥ずかしいのも、はしたないと思われるのも我慢した。男性であることは確信しているけれど、聞くのと見るのでは感じ方が変わってくる。
聞いていた通り先生は男だった。わたしの見苦しい体に反応してくれた。
ただ孤児院の幼い子供達とは明らかに違うそれがどんどん大きくなっていくのを見て、取り乱して逃げ出した。人の体が突然何倍も大きくなるのは怖い。ここに関しては許して欲しい。本当に怖かった。
翌日、打診していた2人部屋の話を進めて、いざ部屋に入ってみたらベッドが1つしかないので焦った。もう少し時間をかけて、心の準備をしたかったけれど今夜にも勇気を出さなければいけない。先生が求めてくれているものは分かっている。反応してくれたなら、私が返せるものは今のところそれしかない。貰ったものに吊り合うかは分からないけど、早く返さないと先生に呆れられて、どこかに行ってしまう気がする。
先生は、冒険者をやっている時は自信に溢れているのに、私が責め込むと途端に積極性が薄れて逃げ腰になる。今までこういった経験がないのは私は勿論だけれど、先生もそうなんだろう。容姿や性別の問題で苦労したのかもしれない。そうであれば私が強引に責めないと関係は進展しないだろう。普段の私を捨て去って、先生と同じ25歳の私を想像し、そしてそれになりきる。大人の私は子供の先生を誘導するように演技すれば良い。
目論見は成功した。途中から先生も積極的になったので、大方は想定通りに進んだ。でもアレはまだ怖いので謝って、他に色々な方法を試した。多分喜んでくれていたと思う。少しは恩を返せたと安心したけれど、その分私も新しく貰っていることに気づいた。これからも返し続けないと、借金が減らないから先生が喜ぶことはなんでも試していこう。
翌日は冒険者業は休みにして、朝は洗濯をする。2人分の衣服が干されているのは、まるで家族になったみたいで嬉しかった。孤児院を出てから人との関わりが薄くて寂しさを感じていたから、寝る時の人肌の暖かさや、朝の挨拶の相手がいるのは、荒んだ私の心を癒し、満たしてくれた。
服屋で私のために先生が服を選んでくれて、そればかりかお金まで出してくれる。また貰ってしまった、先生が嬉しそうなのでワンピースは今夜にでも着ようと思う。
荷物を置きに1度宿まで帰る。せっかくなので買って貰った黒色のローブを着てみたら、生徒みたいで似合ってると私を褒めちぎるので、嬉しくなってつい抱きついてしまった。私もだけれど先生も照れていて、お互いに顔を合わせて笑い合う。こんなに幸せで良いのだろうか。
「鍛冶屋とか武具屋は明日ナイフの受け取りに行くから良いとして、取り敢えずお昼を食べようよ。酒場で出ないようなものが食べたいな」
「私も最近は食べていなかったですし、軽食を扱うお店を探してみましょうか、入ったことはありませんが広場寄りでそれらしいお店を見たことがあります」
「じゃあそこにしよう。お菓子でも良いね。甘いものが欲しい」
2人で大広場に向けて歩く。先生の気にいるものがあれば良いな。
大広間の少し手前ぐらいで、カトラリーの絵柄の看板が目に入った。
「あそこです」
先生が先頭になって店内に入る。中は2人掛けの小さなテーブルが10卓くらい置いてあって、ほとんどに先客が座っている。飲食店なんて酒場くらいしか入ったことがないので作法が分からず少し不安になる。
私がおどおどしている間に先生が店員とやりとりして、窓際の日当たりの良い席に案内された。
「メニューはありますか?」
「本日提供出来るのものはこちらのボードに掲示してあります、ご確認ください」
店員が商品名が羅列された薄い木板を私たちに見せるけれど、聞いたことのないような名前が並んでいて、何を選べば良いのか全く分からない。
どうすればいいか分からなくて先生に目を向けると、視線が合ってから先生が店員と会話し始めた。
「そうですね……お嬢様、この3種のカヌレと季節のタルトで構いませんか?」
えっ!お嬢様って私のことですか!?どうしていきなりメイドみたいな素振りを始めるんですか!?
なんて答えるのが正解なんだろう、取り敢えず先生任せにして合わせよう。
「リンに任せます」
お嬢様らしく振る舞えているだろうか。不安だ。
「畏まりました。それではカヌレとタルトを一皿ずつと、取り皿をお願いします。あとは、合いそうな飲み物を2人分、お任せします」
「すぐに準備させて頂きます。少々お待ちください」
店員さんが早足で奥へ注文を伝えに行った。
「見た?今の。ユナのことお忍びのお嬢様だと思ってるよ」
先生が悪い笑みを浮かべている。唐突に寸劇が始まったので心臓に悪い。
「いきなり振られたので驚きました。それにメニューを見ても私には難しかったです。先生は慣れていましたね」
「あんなの適当に選んだだけだよ。お菓子なのは分かったからね。飲み物はお任せすれば無難なのを持ってきてくれるから失敗しないし、今回覚えておいて次来た時の参考にしようね」
足りなかったら追加で頼めば良いんだし。と続けた。
先生はこういう世間慣れしているところが格好いい。私なら1つずつ商品の説明をしてもらって店員を困らせていただろう。
少ししてから店員がトレーに料理を乗せてやってきた。なんだか心なしか対応が丁寧な気がする。先生の言う通り貴族の子女とでも思われていそうだ。先生はメイド服を悪用しすぎじゃないだろうか。
お菓子も紅茶もとても美味しかった。また来ようねと約束して店を後にする。
先生が海が見たいと言い出したので街の南側へ向かった。川の向こう、西側は造船所や大型の船が係留してあって、収穫物を遠方に運ぶための施設や倉庫が連なっている。対して川よりこちらの東側は都市内で流通させる品が集まっている。市場があるし、小型の船が係留されていた。残念ながら市場は朝方しかやっていないみたいで人は数人の漁師らしき人しかいなかった。
「見てよユナ、あれ釣竿じゃない?」
浜辺の近くの小さな建物の軒先に、釣竿らしき竹なのか木なのか分からない棒が数本並んでいた。言うが早いか、先生は走り出して店の中に駆け込むので、私も慌てて後を追う。
追いついたときにはすでに店の主人と交渉中で、どうやら売り物の釣竿を買うのではなく借りて釣りをしようとしているみたいだ。こういったところも応用力のない私には考えられない発想だ。メイドの襲撃に困惑している男性の姿も見慣れてきた。
「一式借りたから釣りしようよ、あそこの桟橋に行こう」
「釣りってどうやれば良いのか分かりませんよ」
「わたしだってやったことないよ、さあ行こう」
釣竿片手に私の手を取って小走りに桟橋へ向かう。見た目にそぐわない大人の振る舞いをする時もあれば、子供のようにはしゃいで笑顔を振り撒く時もある。様々な姿の先生がいる。そのどれもが私を嬉しく、楽しませて、驚かせてくれる。
私は先生が大好きだ。
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