第12話 生徒vs先生
昨日は大変な目にあった。あの後は、なかなか眠れなくて苦労した。逃げ出したユナが、わたしの部屋に戻って来ることを期待してしまったのを、誰が責められるだろうか。
今日も2人で狩りに行く手筈になっている。そろそろユナも部屋から出てくるはずだ。そう信じたい。昨日のことがあるので多少わたしと顔を合わせづらいだろうけど、流石に予定をすっぽかしたりはしないだろう。
手持ち無沙汰なので、リュックとポーチの中身を整理しながら宿の1階の談話スペースで待っていると、ユナが2階からやってきた。わたしは軽く手を挙げて挨拶する。
「おはよう」
「おはようございます」
ちょっとユナの表情が固い。多分ユナから見ればわたしも似たような顔をしているんだろう。お互いに気まずいからか、挨拶だけで会話が途切れてしまう。
「今日はどうする?」
苦し紛れに会話を振ると、ユナが予想外の返答をする。
「まず引っ越しましょう」
「え?」
「2人部屋です。早くしないと部屋が他の誰かに取られてしまいます」
「その話まだ続いてたんだ。流れたんだと思ってたよ?」
「何を言ってるんですか、あれだけやって何もなしじゃ意味がないですから」
「悲鳴を上げて逃げたのに同室できるの?」
「あれは……すみませんでした。私が悪かったです」
深く頭を下げて謝罪される。責めているわけじゃなくて、心配しているんだけどね。隣で眠る彼女に恐れられるのも確かに嫌だけど。
「わたしが心配しているのはね、ユナが夜眠る時に、怖くて眠れなくなったりしないのかなっていうこと」
「アレは怖いですけど、リンさんは怖くはないです、大丈夫です」
奥歯に物が挟まったような言い方だなぁ。心配だ。
「それならいいけど、じゃあ手続きしよっか。任せるよ」
これ以上引っ張ってもしょうがない。本人がいいって言ってるんだから大丈夫だろう。
その後ユナがカウンターで係の人とやり取りしてから、引越し作業が始まった。とは言っても、今日は洗濯物は干していないし、実質着の身着のままで移動するだけだった。ユナも似たような物だったらしく、引っ越しはすぐ終わった。終わったのだが……。
「聞いてないよ」
「わたしも今知りました」
引っ越し先が問題だった。大きなベッドが1つしかない。
まさかツインとダブルを間違えるというベタな展開を自分が味わうことになるとは思いもよらなかった。そりゃ安い筈だよ。
「今更やっぱりやめますとは言えません」
ユナは諦めていた。
「わたしの理性が試されているね」
わたしも受け入れた。
今晩のことで頭が悶々としたまま、昨日と同じ狩場へと向かうのだった。
◽️◽️◽️
狩場で魔物を探しながら、見つけては狩るのを繰り返した。昨日よりも、ユナの戦闘時の動きが良くなっているのが分かる。
トラウマの引き金はやはり切断のようだ。魔物の倒し方を刺突や首折りに変えてみたが、今の所あの時のような発作は起きていない。
取り敢えず今日の稼ぎとして納得できるだけの数のガーゴイルを狩り、その帰り道。私たちは魔物との予期せぬ遭遇戦を始めようとしていた。
後は帰るだけのつもりだったのに、道の脇からホブゴブリンが1体現れた。こいつだけとは限らないので警戒しつつ、わたしはユナに獲物を譲ることにした。
「来たよ、頑張って」
「はい、やってみます」
ホブゴブリンが1体、右手に槍を持ってこちらに向かってくる。
今回は出来るだけ手を出さないで見守る。手には石ころを握って、いつでもフォローに入れるようにはしている。
ユナがトラウマを抱えているのは、切断される手首に対してがほとんどだと思われる。攻撃すること自体には恐怖を感じていないようだ。失った腕への未練が、彼女のスイッチだろう。
でも少しだけ気になることがあるみたいで、彼女は『ホブゴブリンも少し苦手です』と、そう言った。腕を奪った種族自体に苦手意識を持ってしまっているのかもしれないと。
その上で彼女が自分1人でやってみると言った。それならわたしは、出来る限り彼女のフォローに回って、心のケアの一助になれればいいと思う。勇気を出して挑む人を応援したい。
ユナが走りながら、風魔法の発動を準備する。レベルが上がって敏捷や筋力が増えたことで、肉体の能力も以前より遥かに向上している。
杖を経由して魔法を発動する。風の弾丸があっという間に距離を詰めて、ホブゴブリンの左脚に突き刺さる。膝を折って立ち上がれないホブゴブリンとの間合いを維持しながら、それでも周囲を回るように走り続ける。
走りながら2撃目を撃ち込む。今度の狙いは頭のようだ。ゴンと鈍い音を立てて頭がハンマーで殴られたように向きを変える。それと同時に骨が折れたような音がかすかに聞こえて、首がだらりと下がり、体を地に打ちつけた。まだ息はあるようだが時期に死ぬだろう。
「おめ」
「やりました!」
白い歯を見せて喜ぶユナを見送りながら、わたしは念押しの死亡確認を行う。石を頭に投げてぶつける。反応はない、大丈夫みたいだ。
「一応最後まで気をつけてね、ずる賢いやつもいるかもしれないから」
「そうですね、次から気をつけます」
ホブゴブリン程度なら問題ないだろう。でもごく稀に出るというトロルは再生能力を持っている。死んだと見せかけて襲ってくることもあるかもしれない。付け加えてユナにそう説明すると、真剣な表情で頷いてくれた。
「ホブゴブリンの苦手意識は消えたかな」
「何か言いましたか?」
不思議そうな顔をするユナになんでもないよと被りを振って、さあ魔石を取ろうかという段階で、茂みの方から魔物の気配がした。遅れてガサガサと草木を分け入る音がして、ホブ2匹、ゴブリン3匹が現れた。数が多い、ユナだけでは流石に荷が重いだろう。
「ホブ2、ゴブリン3!ホブ1匹は任せた!」
「了解です!」
手早くユナの射線から外れて、ゴブリン3匹を仕留めにかかる。ポーチから石を3つ取り出して3回腕を振るう。ゴンゴンゴンと一定のリズムでゴブリンの頭にめり込み、また一定のリズムで倒れていく。これで数は2対2。数の上で対等になった。
ユナには1匹任せたので、こちらも1匹釣らなければいけない。石を投げて頭に向けて投げる。子分の死に様を見て学習したみたいだ。投げた石を左腕でガードされるが、わたしの目的はヘイトを奪うことなので問題はない。
石をぶつけられて怒り狂い、雄叫びを上げながら突っ込んでくるホブの大振りを回り込むようにかわして、膝裏目掛けて雷付与のローキックをぶちかます。急所への打撃で完全に膝がダメになり、両手を地について処刑を待つホブの首を目掛けて跳躍する。重力を味方にしたわたしは全力の踵落としを振り下ろす。
コキッっと、心地良さを感じるような軽い音がして骨が折れる。距離をとって、しばらく様子を見るが動かない。倒したようだ。
ユナの方はどうなっているだろう。見回すとまだ戦っているようだ。なんと接近戦をしている。近づかれすぎたのだろうかとフォローに回ろうとしたが、意外と戦えていた。
ホブの大振りを教科書通りに後ろに跳んで避けて、ユナは間髪入れずに魔法を発動する。レベル2の風魔法を放ったみたいだ。距離が短い分、威力がいつもより高い。腹に当たったホブが2メートルほど後方に吹っ飛んで仰向けに転がっている。鳩尾の当たりを抑えて苦しんでいるホブの首目掛けて、トドメの弾丸が当たり、ホブが沈黙した。
「見ていてひやひやしたよ」
「あれくらいなら避けれそうだと思ったので」
「わざと近寄らせたの?」
驚いたね、この前までおっかなびっくりスライムにトドメを刺していたとは思えないんだけど。
「リンさんがカッコ良すぎるのがいけないんです。リンさんみたいになりたいです」
急に褒められると照れるな。嬉しいけどさ。
「そんなこと考えてるとSPが勝手に消費されちゃうよ」
「それは困ってしまうので、今日選んでしまいますね」
戦果を回収して、わたしたちは帰路に着いた。
◽️◽️◽️
今日の稼ぎは1人当たり金貨8枚強。少しずつお金に余裕が出来てきた。武具屋で注文した投げナイフ分は稼ぐことが出来たので、この調子で増やして行きたい。
帰り道の途中でホブに絡まれたとはいえ、昨日よりもガーゴイルの処理に慣れたのもあって早く帰ってくることが出来た。
ユナがスキルを取得したいというので訓練場を借りて、どのスキルを取得するのかまずは話し合うことにした。
訓練場の端にある、丸太をそのまま横倒しにしたような椅子に腰掛けて、ユナと相談する。
「今の私はレベル8で、余っているSPは3ですね」
「あくまでもわたしの予想だけどね、それとこの辺りからSPの振り方は真剣になった方がいいよ」
「どういう意味ですか?」
「次のレベルに必要な魔物の討伐数がおおよそ倍々になっていくからね、仮にガーゴイルだけでレベル上げをしたとしても、2匹の次は4匹、8匹、16匹、と増えていく。多分普通の冒険者の生涯での到達レベルは17くらいがせいぜいだと思う。レベル17だとガーゴイル1000匹は狩らないとレベルアップ出来ないよ」
「仮に今から風魔法に全振りしても、風魔法レベル4か5くらいがわたしにできる限界ってことですね」
「そういうこと、そんな火力が必要になるかと言えばそうじゃないよね、レベル2で十分に狩効率は良いんだから。ロマンはあるけどね」
私もユナと一緒にガーゴイルを狩ってレベル10になった、SPは3ある。だけどしばらくはスキルを取得しないだろう。温存しておくつもりだ。
「リンさんはどうして今みたいな戦い方になったんですか?」
「1人で冒険者をやる上で、1番厄介なのは奇襲と、2番目は1対複数の戦いになることだと思ったんだ。幸い足は早い方だから、強いやつからは逃げればいいからね。だから軽戦士っていうのかな?自然とそういう感じになったんだよね」
「……確かに、ホブゴブリン1体よりもゴブリン3体の方が面倒そうだなと思いました」
「ちなみに、レベル1とレベル10だと身体能力が3倍くらい変わるから、わたしほどじゃないだろうけど、ユナはもう素手でゴブリンを殴り殺せると思うよ。不用意に痴漢をビンタしたりしちゃダメだからね」
「え、嘘ですよね?」
「本当だよ、それにユナやわたしみたいな攻撃を受けない前提の立ち回りをしていると気づかないけど、攻撃を受けてもそれほど痛くないはずだよ」
だから気軽に人を殴らないでね、ホブみたく首が回るよ。
「先生は、どうすればいいと思いますか?」
人のビルドにこれ以上口は出したくないけど、先生って言われるとな。少しだけフォローしようかな。
「最低限ソロで戦える力の底上げと、得意を伸ばす2択になるかな。わたしは近接である程度対処できる力は必要だと思ってる。魔力切れになった時対応できないし、集団戦で詰むから。これが底上げかな」
言わないけどわたしなら体術を1取る。何にでも使えるから。
「得意を伸ばす利点は、狩効率を上げて危険を積極的に減らすこと。魔法1発で相手を倒せるようになれば集団戦でも対応できるようになる」
ユナがガーゴイルやホブゴブリンを魔法1発で倒せるようになれば楽勝だ。すぐにまたレベルアップするからそこから体術を取っても良い。
「……体術が欲しいですね、風魔法を上げてもいいですが、SPが無くなります。体の動かし方に1日でも早く慣れたいですし、今なら苦労しないでSPも1くらいなら取り戻せます」
そうだね、正直順番はどっちでも良い。明日の効率を取るか、練習時間を取るかの違いだけだ。
「決まったなら、わたしと少し組み手をしようか。その後で取得した方が、強くなったのが実感できて楽しいよ」
座っていた丸太から立ち上がって、広いところを指さしてユナを誘う。ユナが若干不安そうな表情になった。
「私、組み手なんてしたことありません」
「わたしもないよ、雰囲気だよ雰囲気、避けたり受けたり、反撃したりしてね。手加減するから徐々に段階を上げていこう。ユナは右腕も使うこと、いいね」
強引に立ち会いスペースに連れていく。少し挙動不審だけど慣れるなら今のうちだ。
「じゃあ、初め、かかってきなさい」
「行きます、やぁ!」
ユナはホブゴブリンみたく杖を振りかぶってわたしに向かってくる。
振り下ろされた杖を受ける。怖がって全然力が入っていないね。最初だしこんなもんかな。
受けながら大分手加減した掌底をおなか目掛けて突き出す、避けられた。
「もう少し力を入れても良いよ、全力でやらないと取得前後の比較が出来ないからね」
「はいっ!」
◽️◽️◽️
5分くらい素人組み手を続けた後に、休憩がてら《体術》を取得して貰った。
「先生みたく体術が上手くなりたい、先生みたく体術が上手くなりたい……」
流れ星に祈ってるみたいだね、口に出した方が良いのかな?わたしはいつもウィンドウ操作だからよく分からない。今度試しに思考でスキルを取れるか試してみようかな。
「それじゃもう1回、本気で来てね」
「はい!よろしくお願いします先生」
真面目だね、実は良いところの出自なのかな。
「よろしく」
わたしの返事から少しだけ間を置いてから、ユナがダッシュでわたしとの距離を詰める。この時点で動きが速くなっているのが分かる。油断できなさそうだ。
飛び蹴りが来る。受けると痛そうだ。足を掴んで勢いそのまま後ろに放り投げる。ユナは投げられたのに空中で体勢を整えて無事に着地した。こんな軽技が出来るんなら、スキルは無事取得できたんじゃないだろうか。
今度はこちらから攻めて、ユナの反応を見たい。
わたしから踏み込んで左腕で殴りかかる。避けられた。すぐに杖で横薙ぎにしてきたので、地を這うように姿勢を低くして避けてから今度は足払いを仕掛ける。ジャンプして避けられた。そのままわたしの頭上から杖を振り下ろしてきた。
これは避けられない。思っていた以上にユナの動きが良くなってる。
右腕で逸らすようにしながら受けたが結構痛い。ジンとした痛みが腕を伝う。
痛みを我慢しつつ、わたしは左脚で胴体を狙って蹴りを放つ。水魔法の腕で受けられた。鈍い感触と共にユナの義腕がばしゃりと消失した。衝撃を受けても維持できるくらいの練度では無いようだ。実際にはちゃんと受けられているのでクリーンヒット扱いにはならない。
短い間のやり取りだったし、まだまだ続けられそうだけど、検証だけなら十分だろう。キリが良いしここまでにしておこう。
「ここまで」
埃をぱんぱんと払いながら終わりを告げる。
「どう?スキル取得はできたみたいだけど」
ユナは自分の体を見回してから呟く。
「自分の体じゃないみたいです、凄いです」
そうだよね、まるっきり変わるから不思議だよね。
「身体強化系のスキルは自分の成長が実感しやすいからね、もし追加で取るなら格闘術とかおすすめ、素手の立ち回りが増える。1取るだけで結構変わるよ。ユナが杖をずっと使っていくつもりなら杖術も良いと思う」
杖術はもしかしたら魔法威力アップの効果もあるかもしれない。妄想レベルだから言わないけど。
「先生、楽しいです」
興奮を隠しきれないといった笑顔で顔を向ける。分かる、レベリングして強くなった瞬間が、1番ゲームが楽しい時だと思う。
「もう少しやってく?」
「はいっ!お願いしますっ!!」
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