第10話 水魔法を使おう
患部の触診を終えたので、今後について考える。何やらユナが私を睨んでいるけれど原因は分からない。また何かしてしまったのだろうか。
「水魔法でさ、腕って作れると思う?」
「腕を作る、ですか?」
予想外だと言わんばかりに、呆けた表情でユナが返す。
「うん、無くなった腕に未練があるからトラウマになっているんだよ。だから新しい腕を用意する。そうすれば少しずつトラウマも軽減していくんじゃないかって思ったの。そのために取り敢えず患部の触診を……ってなんで泣いちゃうの!?」
ユナがまたぽろぽろ泣き出してしまった。
「私は……いやらしい女です……」
意味が分からないです。なんのカミングアウトですか?
「リンさんが私のために考えてくれてるのに……私は……」
「よく分からないけど泣き止んでよ。本当に泣き虫なんだから」
「ぐす、すみません」
まだ半分泣いてるけど、話を強引に進めよう。
「スライムみたいな弾力のある液体をイメージして、腕や指の形を作ればいいんじゃないかと思ったんだ、ちょっと待っててね」
言い残して、自分の部屋に桶を取りに行く。戻ってきてから桶の上で水魔法を発動する。肘から先の形状をイメージする。水の量は少し多め。
腕の形は水塊に比べて複雑だけれど、自分の腕をイメージすればいいだけだから出来るはずだ。わたしは出来る、わたしは出来る……出来た?
ちょっと不格好だけど、腕だと判別は可能な水の塊が形成できた。次は指を動かしてみる。難しいけど動かせる。練習すればなんとかなりそうだ。
「こんな感じ。今は性質はただの水だけど、スライム状に出来るかは次に試してみよう。魔力消費は発動さえしてしまえばあとは減らない筈だから、練習すればきっと上手く扱えるようになるよ!」
魔法の発動を終えて桶に水を移す。
「リンさん……一生ついていきます」
いきなりユナが私に抱きついてきた。ドキドキするからやめて!15歳相手に手を出すと前世では犯罪なんだよ!
「まだ喜ぶのは早いって。覚えるのは大変だろうし、練習も付き合うから一緒に頑張ろうね。あと暫定なんだけど、風魔法は斬撃じゃなくて弾を撃ち出すようにすれば……」
またユナが泣き出してしまった。水不足で干からびちゃうくらい泣くのでその日はお開きにした。
明日も今日と同じ時間に1階の酒場で会おうねと言って、今日は休んだ。色々合ったけど、ユナが前向きに進んでいけそうだから、明日以降が楽しみだ。
◽️◽️◽️
蝙蝠のような翼を持った、空を飛ぶ少し痩せた赤いホブゴブリン。
ガーゴイルを初めて見た私が受けた印象はそんな感じだった。
手に握った小石を投げて牽制する。翼膜に穴が当たると素材価値が大きく下がるので、大きな石は使わず、出来るだけ翼以外を狙う。顔に石が当たって怒り狂った魔物のヘイトがわたしに向かう。上空から大きく急降下して、その鋭い爪でわたしを切り裂こうと突撃してくる。
「ユナ!」
合図を送ると同時、ゴォという音が聞こえて、ガーゴイルの横面に空気の弾が直撃した。ゴキと骨の折れる音がして、ガーゴイルが地面に落ち、跳ねる。
動かない。無事倒したようだ。
「ナイスー」
近寄ってきたユナと両腕でハイタッチする。まだ多少不細工ながらも、彼女の右腕には水色の腕が生えていた。
やはり彼女には魔法の才能がある。昨日の今日で、もう義手を実用可能なところまで再現している。それに風魔法の形状変化も特に問題なく出来ている。ユナちゃん泣きべそ事件から1日も経っていないというのに。
若者が成長するのはあっという間だ。わたしももう25歳。そろそろ……なんて年寄りくさいことを考えているとユナに怒られた。
「リンさんっ!聞いてますか?早く剥ぎ取りしましょう」
「ごめんごめん、今行くよ」
やっぱり女の子は曇っているよりも笑顔が似合う。
ユナの背中を追ってわたしも落ちたガーゴイルに向かった。
「今ので5匹目です、私が2でリンさんが3。そろそろレベルが上がったんじゃないでしょうか」
興奮を隠しきれていない様子のユナ嬢に苦笑いして答える。
「ユナは多分レベル6になったと思うよ。次は何を上げるか決めてるの?」
わたしはまだレベル9のままだ。それでもガーゴイルは多分ホブゴブリンより少し強いくらいだろうから、経験値的には美味しい。翼膜もそれなりの値段で引き取ってもらえるらしいから換金が楽しみだ。
「考え中です。参考までにリンさんはどんな特技を覚えているんですか?」
2人で手分けして魔石と翼膜を剥ぎながら会話を続ける。ガーゴイルが恨めしそうな目でわたしを見ているが知ったこっちゃない。
「魔法3種の他には、短剣術、格闘術、気配察知、体術、走術、あとは投擲術がレベル2だね」
「すごいですね、そんなに……あれ、計算合わないですよ、リンさんレベル9って言ってませんでしたっけ?SPは累計で8のはずです。リンさんのいう通りだと11です。3多いですよ」
正確にはSP2を温存してるから累計13で5多いんだよね。さて、マズったな、どうやって誤魔化そうか。
「内緒」
言えないものは言えない、嘘を教えても変に覚えちゃうと不味いし、しょうがないね。
「いつか気が向いたら教えるよ、おねーさんの秘密を」
◽️◽️◽️
「魔石が銀9銅6、素材が金14銀9、足して金15銀8銅3、割って1人金7銀9銅3だね、はいどうぞ」
取り分を平等に分けてユナに引き渡す。
「こんな大金を……私が1日で……」
金貨を握ったユナの手が震えている。長い間地獄を見てきたんだろうね。喜びもひとしおだろう。
「ガーゴイルは生息地もはっきりしてるし狩りやすいからしばらく稼げるね」
経験値効率がとても良い。レベル11くらいまではあそこで狩り続けても良いだろう。
「もうスライムには戻れません……」
「ガーゴイル依存症になっちゃうね」
マリスラに強い冒険者がいなかった理由がよく分かる。戦闘方法さえ確立してしまえば、ガーゴイルはいいカモなんだ。稼げる他の場所に行くに決まってる。あそこで食べていける人はシープを狩ってる人くらいだろう。
「昨日はお通夜状態だったから今日は景気良く飲もうね」
「はいっ!」
◽️◽️◽️
「かんぱーい!」
「乾杯です」
わたしの勢いだけの挨拶の後に、ユナの控えめな声が続く。
今日のご飯はシーフードパスタだ。イカと海老と貝が皿の上で踊っているようだ。転生して初の麺類が楽しみでならない。食事にはお金をかけた方がいいというのが、ロパリオに来てから身に染みるほど感じられる。
ガツガツと醤油バターの風味を味わいながら食べる。美味い!もはやここは異世界じゃない。異世界はマリスラだけだった。ロパリオの食文化は前世の日本と引けを取らないくらい発展していた。
向かいの席を見ると、ユナはチーズがたっぷりと乗ったピザを、チーズが落ちないように下から口で拾い上げるみたいにして食べている。頬張って飲み込んだ後も美味しそうに口元が綻んでいる。あれも美味しそうだ。
わたしが羨ましそうに眺めているのに気付いたのか、少しだけ悩むそぶりをした後に遠慮がちに口を開いた。
「食べますか?」
「いいの!?」
「構いませんよ」
「じゃあちょうだい」
そう言って、ユナに向けて口を開いて、ピザの受け入れ体制を整える。
するとユナが見るからに挙動不審になる。おどおどしながらもピザをひと切れ掴んで、わたしの口にそっと置くようにしながら運ぶ。一口では食べ切れそうにない大きさだ。半分くらいを口に含んで生地を噛み切るけれど、チーズはそうはいかなかった。
「んんー」
「あっ」
噛み切れないチーズが糸を引いて少しずつ机の上に落ちそうになる。一口目を急いで飲み込んでから、チーズの糸が落ちないように下から掬い上げるように二口目を頬張った。勢いでユナの指に唇が触れてしまったがこのくらい許して欲しい。あとピザがすごい美味しいですね。
ユナは何か思わしげな表情で指を眺めているが恥ずかしくなってくるのでやめて欲しい。
次はユナの番だ。
木匙の上でパスタを巻いて、その上にエビをチョンと乗せて一口大を作ってから、ユナに向けて差し出す。
「あーんして、あーん」
ユナが戸惑っている。照れているんだろう。でもそんなのは関係ない。今わたしはユナとイチャイチャしたいんだ。受け入れてもらう。
「はーやーくー」
決心したようで、恥ずかしそうに口を小さく開けてからこちらに身を寄せる。
そんなに小さい口だと食べづらくて余計に恥ずかしいことになりそうだけど。
木匙を無理やりにユナの口内に捩じ込む。小さいのが悪い。
「ん!んー!」
唸って抗議しても、もう後は飲み込むしかないよ?
ゆっくりと木匙を引き抜く。ユナがもぐもぐと咀嚼し終わる頃合いを見計らって感想を聞く。
「おいしい?」
「はい、美味しかったです」
「じゃあもう一口、あーん」
そうやって楽しみながら食事を続けた。
◽️◽️◽️
「あの、実は提案がありますっ」
食事を終えた後に、エールを飲みながら明日の打ち合わせをしている時にユナが唐突に言い出した。
「なあに?」
「実は、宿代を節約したくてですね」
今日の稼ぎで大分賄えたけれど、貯蓄は増やしておきたい。
実はギリギリで、今日の稼ぎがなければわたしにお金を借りるしかなかった。
そんなことにならないようにしたい。
「それで結局どうするの?」
言いたいことは分かるが、解決策が見えてこない。提案じゃなくて相談じゃないか?
「えっと、さっき宿に確認したんですけど、2人部屋の方が安くなるみたいなんです、部屋当たりで銀貨8枚です。銀貨で1人当たり2枚。銀貨4枚に抑えられるんです」
うん?
「そして偶然ですが、1部屋空いているそうなんです、ただ明日の昼には埋まるだろうって」
それって……。
「なので、部屋を引き払って2人部屋にしませんか、っていう、お誘い、でした」
うん、言いたいことは分かった。
「何度も言ってるけど、わたし男だよ?」
「私は女だと信じています」
それじゃあ、あんなに恥ずかしそうに提案する理由はどこにあったのかな。
「私は男で、ユナは女、間違いがあったら今まで通りじゃいられなくなるよ」
「証拠を、見せてください」
どうやって?
「どうすれば信じてくれるの?」
まさかヴェニー式判別法を使う訳にもいくまい。
「見せてください、体を」
は?
「今日は訓練は休みます。リンさんの部屋で確認させてください」
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