第9話 ◼︎えっちな女魔法使い1

 今日の私は、途中までは最高の気分だった。


 リンさんが位階の説明をしてくれて、私が強くなる道筋を示してくれる。強くなるための方法を、ちゃんと理屈で知っている、教えてくれるこの人は、私にとっての先生だ。闇雲に足掻く私を導いてくれる光のような人。


 リンさんの言う通りにスライムやシマウルフを杖で叩いてトドメを刺す。スライムなら何とか私だけでも倒せるけれど、リンさんはわざわざ弱らせて私に譲ってくれる。シマウルフなんて私じゃ逆に餌になってしまうような相手だ。


 私がトドメを刺しているんだから、当然だけどリンさんのレベルアップには反映されてない。リンさんの利益はゼロだ。私はこの人の恩に報いなければならない。強くなって、お礼を言って、役に立って、恩を返したい。


 必要分の魔物を狩って、風魔法のレベルアップを祈る。絶対に成功しなければいけない。信仰心が薄い私も、この時ばかりは神に祈った。お願いします。風魔法を遠くまで飛ばせるように強くしてください。


 祈りは届いた。遠くの木にまで、私の風の刃は届いた。威力も十分だ。


 今までの苦労が、悩みが、全て解決された瞬間だった。


 何度もパーティを断られた。罵倒された。仕方がないので1人でスライムに立ち向かう。シマウルフが来たら全力で逃げる。それでも稼ぎは赤字だ。


 遠い思い出のように、薄くなっていく。あれほど苦しんだのに。


 気づけば私は涙を流して、リンさんに慰められていた。彼女は心配そうな顔をしてハンカチを差し出してくれる。


 一生この人について行きたい。この人について行けば、私は幸せになれる。この人に尽くす。


 目の前に現れたホブゴブリンも、今は怖くない。リンさんがいる。私も強くなった、今なら勝てる。勝って証明するんだ、腕の1本くらいなくたって冒険者は出来るんだと。


 思い上がりだった。


 リンさんがホブゴブリンの手首を落とした瞬間、ホブゴブリンが私になる。リンさんに手首を落とされた私が、無くなった手首を惜しむように悲鳴を上げている。


 ふと違和感を感じて、杖を握った自分の左手に目を向ける。


 さっきまで杖を握っていた左手が無くなっていた。


 左手が無いので、杖を落としそうになる。落とさないように必死でしがみつく。左手が無くなってしまったので上手く掴むことが出来ない。


 ……気がついたら、またリンさんに慰められていた。




 ◽️◽️◽️




「見せてもらえる?」



 私の部屋で、右手のローブを捲り上げる。ベッドの上で私は左、リンさんは右。


 リンさんの良い匂いがする。こんな匂いの人が男のわけがない。私は未だに彼女が彼女であることを疑っていない。


 肘のところで楕円に肉が途切れている。縫合した後ポーションをかけてもらったので、跡は残ってない。白い肌のままだ。


 リンさんが興味深そうにそこを眺めている。なんとなく気恥ずかしい。まじまじと見られることなんて今までなかった。


「綺麗だね」


 リンさんの言葉を聞いて、急に恥ずかしさが込み上げてくる。私の欠点を、リンさんにじっくりと観察されて、あまつさえ褒められてしまった。自分の頬が赤くなっているのが分かる。


「揶揄わないでください」


「どうして?すごく綺麗だよ?」


 心外だとでも言うように繰り返し誉めてくれる。また顔が赤くなる。


 リンさんが、告白されて揉めた。と言っていたのを思い出した。


 多分こういうのを誰彼かまわず繰り返したんだろう。告白したくなるのも分かる。今日1日で私は、リンさんに酔ってしまっていた。


「触ってもいい?」


 なんてことを言うんだろう、卑怯だ。断ったら残念そうな顔をするんだろう。それが想像できてしまうから断ることなんて出来ない。


「どうぞ」


 そう言うのが精一杯だった。来るべき刺激に備えて歯を食いしばる。


「痛いの?嫌なら触らないよ?」


 私の顔を見て、リンさんが遠慮する。違うんです、そうじゃなくて、多分変な声を出してしまいそうだから心の準備をしていただけです。でもそんなことを言える筈もない。


「大丈夫です。気にしないでください」


「じゃあ、触れるね」


 リンさんの細いしなやかな指先が、私の肘だった部分に触れる。ひんやりとしていて柔らかい。点で触れられるとくすぐったさが増して、結局我慢は出来なかった。


「んっ、ふ、ぅん」


 まるで情事を隠すような声が漏れてしまい、私の顔はさらに赤みを増しているんだろう。


 先程は遠慮したくせに、今度は嬌声をあげても彼女の指は止まらない。爪で引っ掻くようにして撫でる。いちいち触り方がいやらしく感じるのは、彼女のせいか。それとも私がそういう女なのだろうか。


「この辺はすごく柔らかい、ここはちょっと硬いんだね」


 感触を確かめるように指の腹でつんつんと押される。肘の先を爪でかりかりと擦られる。自分の体を他人に査定され、それを実況される羞恥に晒される。どうにかなってしまいそうだ。


「ふぁ、んん」


 徐々に触れる力が強くなる。私の肌が圧力に負けて沈み込む。


「ぷにぷにしてるよ」


 してるよ、じゃない。絶対にわざとやっている。だってさっきから目が合ってばかりだ。私の反応を見て楽しんでいる。


「どうしたの?」


 白々しい。不思議そうな顔を取り繕って、いちいち私に話しかけて、言葉を引き出そうとする。


「なんでもないです、続けてください」


 続けてくださいなんて、口走ってしまった自分を恥じる。まるで私が行為の延長を求めているかのように聞こえる。


「もう満足した。ありがとう、また明日ね」


 この人は最低だ。








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