第2話 野営

 谷底でまさかのクラシカルなロングスカートメイド服を手に入れたわたしは、すぐにでも着替えたいのを我慢して野営の準備をしていた。


 あの後崖を上に戻って、元の道をまっすぐ進んだ。そろそろ野営の準備をしないと不味いので、開けた場所を探しながら道を進むと、多分よく利用されているんだろう、草木があまり生えていない平らな場所を見つけたので、ここを今晩の宿にすることに決めた。


 転生時に貰った道具の中にタープがあったので、紐を通して木に結ぶ。全部で3箇所同じようにして、テンションをかける。これで一応屋根っぽくなった。屋根の下に外套を敷いて、最低限眠れるだけの形にする。


 虫が嫌だとか、寒いとか暑いとか言っていられない。地面から浮いたコットみたいな物があればもう少し快適なんだろうけど、そんなことよりも気をつけなければいけないことがある。魔物だ。


 気配察知のスキルをオンにしながら眠れば取り敢えずなんとかなると信じたいけれど、【隠蔽】対策が全く思い浮かばない。人間が使えるのだから魔物も使えると考えた方が自然だと思う。【隠蔽】に対して【気配察知】が有効なのか、効果が半減するのか、無効なのか分からないのはものすごく不安だ。


 一応、魔物自体の対策案はあるけれど、賭けになる。【土魔法】を取得して、周囲の土を使って土壁を造れば、魔物に気付けずに接近されても、時間が稼げるんじゃないだろうか、というのがわたしの考えだ。


 ただ思ったように土魔法が使えなかったりすると、スキルポイントが無駄になってしまう。


 ステータスを確認する。


 名前:リン

 種族:ヒューム

 魔法系統スキル:《水魔法Lv.1》《雷魔法Lv.1》

 戦闘系統スキル:《短剣術Lv.1》《格闘術Lv.1》

 生産系統スキル:未取得

 技術系統スキル:《気配察知Lv.1》《体術Lv.1》

《投擲術Lv.2》《走術Lv.1》



 Lv.9

 魔力:    22/22

 筋力:    14

 知力:    25

 防御力:   22

 魔法防御力: 25

 敏捷:    28

 技術:    30

 SP:     3



 シマウルフを倒したことによってレベルは9に上がったし、SPは3に増えた。


 だけど、大体次のレベルに上がるまでにスライム換算で2倍くらいずつ、必要討伐数が増えているのが感覚的に分かってきた。おそらく次のレベル10にするにはスライムで400匹は倒す必要があると思う。SPは大事に使いたい。使いたいけど……。


「出し渋って死んじゃったら意味がないんだよね。ラスエリ症候群じゃあるまいし」


 ゲームならセーブポイントから復帰できたり、デスペナで済むけど死んだら終わりの現実なのだから、使うべき時に使うべきだ。


 ポチッとな。


 これで【土魔法】を取得した。スキル説明は見ない。どうせ参考にならないし。


 取り敢えず、まずはかまどを作るイメージで土魔法を発動してみよう。上手く行ったら次は土壁だ。コの字のかまどを想像しながら手のひらを地面に向けて魔法を発動する。


 胸の辺りから魔力が両腕を経由して、手のひらから漏れ出る。すると地面の土が集まってきて、少しずつ盛り上がってきた。その分周囲の土が減っていく。なるほど、わたしの体の中から土を生み出すわけじゃなくて、元々ある物を使うタイプの魔法みたいだ。水魔法とは違う仕様なんだね。


 10秒くらいで小さなかまどが出来上がったので魔法を終える。消費量は1。想定通りだ。


 続いて、土壁の作成を試してみよう。タープを避けつつ、取り敢えず壁を一枚作るイメージでやってみる。高さは2メートル、幅もそのくらいで良いかな。高さがあるから根本は厚めに作らないと倒れて下敷きになっちゃうからそこだけ注意しよう。


 かまどを作る時と同様にイメージしながら魔法を発動する。土がどんどん盛り上がっていく。頑丈さも大事だけどあまり時間もかけられないので速度も意識する。


「出来た!思ったより時間もかからなかったし消費も1で済んでる。これはコスパがいいね!」


 2メートル四方の壁が1枚出来上がった。大体制作時間30秒くらいで、強度もそこそこあるし、何より魔力消費が1で済んだのが大きい。練習次第では作成速度も早められそうだし。これで野営の問題が全部解決できた。


「あとはこれに繋げて残り2枚を作ろう。最後に寝る前に1枚作って豆腐ハウスが作れるね」


 でも天井は今回は良いや。せっかくタープを貼ったんだし。次からは天井を含めて造ればいい。


 その後はせっかくなので壁を作りながら穴を掘ったりできるか試したり、作成速度を意識しながらやってみた。最終的に同じ規模の壁なら20秒くらいで作れるようになった。


 さて、居住スペースは確保できた。次は火を起こそう。

 火おこし自体は、マリスラでスライム狩りをしている時に休憩がてら2、3回練習したので、トラブルなくスムーズに出来るようになった。最初の1回は苦労したけれど、回数をこなせば割となんとかなるものだ。その辺から適当に乾いた枝を拾ってきて適当に組んでから火を着ける。1晩分がどのくらい必要になるか分からないから多めに拾っておこう。今日で覚えればいい。


 辺りが暗くなって来た。もう動き回るのはやめておこう。暗闇で襲われたら圧倒的にこちらが不利だ。


 大人しく夕飯の準備を進める。かまどの上にコッヘルを置いて、お湯を作る。今日の夕飯はマリスラで買った謎の干し肉と、お湯だ。寂しすぎるけど2、3日我慢すればロパリオに着くし、今日のところは我慢しよう。


 恐る恐る、謎の干し肉に齧り付く。


「しょっぱ!何これ!」


 とても食べれたものじゃ無いほどの塩気が舌に残る。ここまで酷いと、食べ方を間違っているとしか思えない。


「これ多分、スープの具とかにするのかな」


 試しに少しナイフで切って、コッヘルに落とす。少し待ってからお湯を飲んでみよう。


 肉がお湯に馴染むまでの間に、肉のせいで渇いた喉を水で潤したり、湯浴み用の湯を作る。水魔法があって良かった。なかったら持ち運ぶのが本当に手間だし、旅の最中なら水源の確保から始めなければいけない。


 肉がいい感じに柔らかくなったようなので、木さじで掬って口に含む。うん、まだ若干味が濃いけれど、これが正しい食べ方みたいだ。肉の風味が感じ取れる。肉の切れ端も食べてみる。歯応えはそれなりにあるが、水分を吸って柔らかくなっている。食べられる範囲だ。でもやっぱりまだ味が濃いので、水を追加してまた放置する。


 湯が再度温まるまでの間、目の前に広がる満点の星空を眺める。前世でキャンプとか、アウトドアな趣味を持っていなかったわたしが野営することになるなんてと、感慨に耽る。


 ふと、マリスラでの日々を思い出す。わたしが唐突に去ってしまったことで、ヴェニーはどうなってしまっただろうか。あの状態に追い込んでしまったこともそうだし、放置してしまったことも、わたしの胸の内に大きなしこりとして残っている。仕方がなかったとはいえ、罪悪感は大きくなるばかりだ。


 それにミリアさんに別れを告げられなかったことも後悔している。わたしは今日、マリスラを逃げ出してきたばかりだ。まだミリアさんには伝わっていないだろう。明日以降彼女に伝わったとき、彼女はどう思うだろう。悲しませてしまうだろうか。いっそのこと、大して気にもされないほうが気が楽だけれど、それはそれで寂しく感じてしまう。


 わたしはなんて勝手な人間なんだろう。


 こうなってしまった原因は分かっている。わたしが女として振る舞っていたのが原因だ。別に男であることを隠していたわけじゃない。この容姿と、趣味が組み合わさってしまえば、誰も女性であることを疑わないから、わざわざカミングアウトする必要がなくなってしまうのだ。前世では、身分証と社会人としてのドレスコードがあったので、男であることを疑われれば正直に答え、驚かれることが多かった。この世界では、わたしの趣味を察したのかそうじゃないのかはわからないが、神様もどきが女性服を用意してくれたために、都合良しとそれに乗っかってしまった。


 男であるのに女のように振る舞えば、こういったトラブルは避けられないのは分かっていた筈だ。誰かがわたしの行動を見ているのなら、「女装が好きであれば、転生時に女になれば良かったじゃん」と思う人もいるかもしれない。でもわたしは、なんだ。女の子になりたい男じゃない。ここは明確に違う。伴侶にするなら女の子が良い。子供は産みたいんじゃなくて産んで欲しい。


 もういっそのこと「わたしは男です」とプラカードでもぶら下げるべきだったのかな。それとも会う人会う人に、男だから気を持たないでと言って回ればよかったのかな。


 馬鹿らしい。


 ヴェニーが女の子で、わたしを女だと認識していて、告白して男だと分かって、それでもわたしのことが好きだと言ってくれたら、わたしは受け入れたのだろうか。


 ヴェニーに恋愛感情を持っているかいないかは別として、それならばあんな結末にはならなかった?


 馬鹿らしい。


 ヴェニーに失礼だ。


 男でも良いと言ってくれたとき、わたしは確かに嬉しかった。そんな風に言ってくれる人はわたしの人生にこれまでいなかった。


 もしヴェニーが女だったらなんて、彼の気持ちを侮辱している。彼の気持ちを受け入れない言い訳に、わたしは性別を利用した。折れなければいけないとしたらわたしなんだ。


 結局、わたしは性別を都合のいい言い訳に使って彼を拒絶し、傷つけただけだ。後から正当化しようとしたり、もしなんて考えるな。


 気づいたら、スープが茹って吹きこぼれていた。思考に耽りすぎてしまった。


「あちっ!」


 慌ててコッヘルを素手で掴んでしまい火傷を負ってしまった。何をしているんだろうわたしは。


 少しずつ赤みを帯びていく指を眺めながら、ため息をついた。






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