1章最終話 ◆ミリア100%(28日目)

 リンさんが町を去った。


 朝、ジェーンさんからそう告げられた。


 一緒に渡された手紙には、突然の別れとなってしまったことへの謝罪だけが記されていた。


 その場で膝を折って、私は泣き崩れた。


 泣き崩れてから、ジェーンさんに詰め寄って、彼女を非難した。


 どうして止めなかった。


 どうして昨日私を呼ばなかった。


 意味のない糾弾だ。


 もうリンさんは町にいないのだから。






 仕事を放り出してリンさんの行方を追った。


 門に行けば、彼女が通ったかどうかくらいは分かるはずだ。


 案の定、西門で昨日、彼女らしき姿をした少女が通ったと、門番から話を聞くことが出来た。


 西門から出たのであれば、行き先は港湾都市ロパリオだろう。


 でもリンさんがどこに向かったのかが分かったところで、わたしには何も出来ない。






 あれから1日経った。


 喪失感から立ち直れないまま、仕事もろくに手が付かず、私は抜け殻のような有様だ。

 今日、仕事を頑張ってこなしても、明日、リンさんには会えない。明後日も、その次の日も。


 3日経った。


 そういえば、彼女が親しくしていた冒険者も、ギルドで見かけなくなった。

 まあ、どうでもいいか。


 10日経った。


「いい加減にしなさい!」


 ジェーンさんに引っ叩かれた。


「冒険者がある日突然いなくなるなんて、今までもいくらでもあったことでしょう。あの子は死んだわけでもないのにいつまでもウジウジして。毎日アンデッドみたいな顔をして、まるであなたが死んだみたいじゃない。割り切りなさい!」


 割り切れるわけがない。


「あなたには何も分からない……」


「……へえ、何が分からないっていうのかしら」


「リンさんは私を褒めてくれたんですっ!」


「あ、そうなんだ……」


「母が死んでから6年間、ずっと1人で寂しかった私をリンさんは『頑張ったね、偉いぞ』って頭を撫でてくれて!天に昇るような心地で!一瞬意識を失っちゃうくらい気持ちよくてっ!あんなに幸せな気持ちになれるなら、もうリンさんだけいればいいやって思ったのにどうしていなくなっちゃったんですかリンさん。一緒にペアのペンダントをつけて、これからもずっと一緒だって思ってたのに、こんなことになるんだったらリンさんを部屋に連れ込んで、出られないようにしておけば良かった!そうすれば毎日リンさんと一緒に添い寝できるし、毎朝リンさんの可愛らしい寝顔で朝を迎えられる幸せが待っていたのに、どうして、どうして……」


「あ、はい」


 リンさんがいないのは嫌、リンさんがいないのは嫌。


「……そんなにあの子のことが好きなら、追いかけたらいいんじゃない?」


 え?


「ロパリオくらいなら近いでしょ」


 行ってもいいの?


 引き出しから羊皮紙を取り出して、羽ペンでサラサラと書き綴る。書き終わった文書をジェーンさんに押し付ける。


「今までお世話になりました。一身上の都合で本日付で退職させていただきたくご迷惑をおかけしますが後のことを宜しくお願いたします」


「は?え?休暇を取れって意味なん……これ退職届じゃない!?ちょっと待って、私同僚!上司じゃなくて!待っ……」


 今からだと馬車はもう出てないから徒歩で行くしかない。まずは家に帰って身支度して、道具屋で必要なものを買って、ああそうだ昔のギルドカード引っ張り出してこないと。リンさんがロパリオにいる保証もないし、出来るだけ早く追いかけないと。もう10日も経ってしまった。なんで私はこんなに動きだしが遅いんだ。言われるまで気づかなかった。そうだ、追いかければ良かったんだ。だってリンさんがいないと私は寂しくて死んじゃうんだから。仕事なんて関係ない、早く追いかけないとリンさんが遠くにいっちゃう。


 絶対に追いつく。追いついて、今度こそ離さない。


 胸元のペンダントに触れる。今、彼女はそばにいないけれど、このペンダントが、彼女の温かみを私に思い出させてくれる。じゃダメなんだ。じゃないと、私は飢えて死んでしまう。


「すぐに追いつきますからね、待っていてください」


 ロパリオに向けて、リンさんに向けての一歩を踏み出した。









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異世界脳破壊 スケキヨに輪投げ @meganesuki-

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