第47話 ⚫︎事後事前(最終日)

 ヴェニーが大怪我をした。


 通りで出会ったおばさんの話を聞いて、居ても立っても居られなくなったアタシは、『竜の止まり木』へ向けて駆け出した。


 おばさんに止められた。ポーションで回復したから歩けるし、体に異常はないと。でもそんなのは関係ない。ヴェニーの無事な姿をこの目で見ないと安心できない。


 宿に入って、ヴェニーを探す。


「ヴェニー、怪我したって聞いたよ、どこ?」


 声を張り上げてヴェニーに呼びかけるも返事はない。


 宿のカウンターを見ると木板と、金貨が何枚か置かれている。不用心だなと思うが、今は放っておいて、ヴェニーを探すのを優先する。


 幼少の頃から、何度もここには遊びに来てる。勝手知ったる他人の家だ。


 本当は、他人じゃなくて、ヴェニーと一緒になれれば……。






 武具屋の一人娘に生まれたアタシは、後継として育てられた。本当は男の子が生まれれば、みんなにとって都合が良かったんだと思う。


 武具屋の修行は嫌じゃなかったし、自分の腕が上がっていくのは楽しかった。向いているとは思う。


 でも、武具屋の後継では、アタシの1番の願いは叶わない。


 アタシはヴェニーが好きだ。ヴェニーと一緒になりたい。


 ヴェニーの一番好きなところは、夢を語る姿だった。


 小さい頃、ヴェニーは宿屋を町一番の宿屋にするんだと、声高々に語っていた。楽しそうに、将来の宿屋の設計図まで描いて、アタシに自慢するその姿にアタシは惹かれた。


 そんなヴェニーが変わってしまったのは、先代の親父さんが亡くなってしまってからだ。


 それ以降、ヴェニーは宿について口に出すことが減ってしまって、夢を語ることは無くなった。


 親父さんの遺言で、宿屋を継ぐのは兄のサーティスさんになったらしいことを、後から知った。だからヴェニーは、夢を諦めたんだろう。


 アタシが好きな夢を語るヴェニーは、もう見ることができなかった。


 それでもアタシは、ヴェニーが好きだ。


 ヴェニーは夢を諦めてしまったけれど、いくらだって方法はあるんだ。


 お金を貯めて別の宿を建てたっていいし、サーティスさんと共同で経営したって、夢の一端を叶えることはできる。


 なんなら……宿屋兼、武具屋だって、良いと思うんだ。無理じゃない。そうすれば、アタシもヴェニーも、夢を叶えられる。


 時間がかかっても良いんだ。夢を叶えるのは難しいから、達成できた時の喜びが大きいんだ。


 だからヴェニーが冒険者をやるって言った時は、すごく、すごーく心配したけれど、しょうがないと思った。お金さえ貯めれば選択肢が増えるから。


 でもヴェニーが歩き出していたのは、アタシが思っていたのとは違う方向だった。


 ヴェニーは町を出るつもりだ。


 大好きなヴェニーが、わたしを置いて町から出て行ってしまう。


 考えてみれば当然だ、宿を継げないヴェニーがこの町に止まる必要性が無かった。町にずっといて欲しいのはアタシの都合だ。ヴェニーにとっては関係ないんだ。


 ヴェニーを町に留めるために、アタシに何ができるのか考えた。


 まず最優先でしなければならないのはヴェニーが死なないことだ。死んでしまえば、全て終わりだ。冒険者なんて仕事は、怪我と、唐突な死が隣り合わせの職業だ。武具屋のアタシにはよく分かる。昨日若者に売った剣を、次の日に別の人が遺品だと言って買取依頼をしてくるのを何度も見た。そのくらい、明日の命があるか分からない職業なんだ。


 ヴェニーを死なせない為に盾を作った。彼の体の大きさに合わせた特注品だ。父さんに素材を強請って、なんとか手に入れ、作り上げた自信作。彼に送ったら、渋い表情だったけど、受け取ってくれた。ついでに金貨1000枚の借金を負わせたから、これでしばらくは大丈夫。


 アタシはヴェニーが町にいてくれるならなんだってする。


 そう思っていたのに。






 庭の方も見てみたけれど、ヴェニーは見つからなかった。後は建物の2階くらいしか探すところがない。


 2階に登って手前の5部屋から順に部屋を確認していく。どの部屋も閉まっていて鍵がかかっている。一応声をかけるが誰もいないようだ。


 奥の5部屋を確認するために見やると、一番奥の部屋の扉が少し開いているのが見える。ヴェニーはあそこかもしれない。


「ヴェニー、そこにいるの?」


 廊下を進んで部屋の前まで辿り着く。声を開けるが中から応答はない。


 扉を押して中に入る。


 ヴェニーがいた。


 とても無事とは言えない姿で。


 ベッドの上で、スカーフで目隠しをし、股間に大きな染みを作っている。


 部屋の中は甘い匂いと生臭い匂いが混ざり合った、異様な臭気に満ちている。


 ヴェニーの様相と相俟って、何が起きたのかをアタシに想像させた。


 あのスカーフは一昨日、あのリンとかいう冒険者がつけていたものだ。そのスカーフで目隠しをしたヴェニーが、その、なんていうか、あられもない姿でベッドに横になっている。


 つまり、そういうことなの?


 全部、遅かったの?


「起きて、ヴェニー起きてよ」


 ヴェニーに声をかける。


 まだ寝ぼけているんだろう、意識がはっきりしないまま、ヴェニーの口から言葉が漏れる。


「……りん……」


 ああ、やっぱり。


 アタシは遅かったんだ。


 涙が頬を流れ落ちる。


 もうだめだ。ヴェニーは行ってしまう。アタシを置いて。


 嫌だ。置いていかないで。ずっとそばにいてほしい。


 どうすればいい。どうすればヴェニーはアタシを見てくれる。


 泣きながら必死でヴェニーを引き止める方法を考えていると、視界の端にヴェニーの作った染みが入る。


 方法があった。思いついた。


 彼を繋ぎ止める方法。


 アタシが鎖になればいい。


 彼は優しいから、責任をとってくれるだろう。


 部屋の扉を閉めて、誰も入って来れないようにして、アタシは服を脱いでいく。


「あの女と違って、アタシは優しくするからね」


 だからアタシを捨てないで。




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