第46話 さようなら(最終日)

「あ、あ、あ」


 彼には悪いことをしてしまった。


「え、ぉあ、あ?」


 真剣には真剣で向き合わないと失礼になる。でも余りにも可哀想だから、性別を理由に諦めてくれればと思って、打ち明けた。


「お、っお」


 それでも諦めなかった彼は、本当にわたしのことが好きなんだろう。とても嬉しいけれど、気持ちには応えられない。


 だから真剣で斬り捨てるしかなかった。彼には厳しすぎる、わたしの本心で。


「あ」


 部屋の中に生臭い匂いが漂う。どうしてこうなったのか、わたしには分からない、彼にも分からないだろう。


 全てが終わってしまった、もうここにはいられない。


 今後どんな顔をして町で過ごせばいいのか分からない。町から出なければならない。


 動かなくなった彼の首に手を当てる。呼吸はしている。気絶しているだけのようだ。


 目を覚ましてわたしを見てしまったら、また錯乱して、それこそ回復不可能なくらい壊れてしまうだろう。この場の惨状をどうにかしてあげたいが仕方ない。目を覚ます前に、早々にこの場を去ろう。どうせわたしは町を去る。全てわたしのせいにしてもらって構わない。事実その通りなのだから。


「じゃあね、ヴェニー、ごめんね」


 スカーフで目隠しし、腰部に大きな染みを作った彼を放置して、わたしは1階に降りる。我ながら最低だ。


 宿のカウンターに多少の迷惑料と、町を出ることだけを書いた木板を残して、わたしはギルドに向かった。




 この町を去る前に、せめてミリアさんに顔だけは出しておこうと考えたが、神様は罪深いわたしにそんな機会を与えてくれなかった。


 ミリアさんはお休みだった。


 別れも告げられないのは名残惜しいが、仕方がないのでその場で簡単な手紙を書き、ジェーンさんに渡す。性別や何があったかには触れないで、町を出るということだけ伝える。引き止められたが、無理だ。異世界だろうと、女装趣味の25歳の男が易々と受け入れられるわけがない。宿を変えようが、何をしようが、近々わたしの居場所はこの町には無くなる。


 悔しい、申し訳ない気持ちで歯痒いが、ギルドを後にする。


 手持ちの現金は、当初貯めようと思っていた目標金額の半分程度しかないが、別の町に行くくらいはなんとかなるだろう。問題は、どこに向かうかだ。


 西の港湾都市ロパリオか、北の王都ベイルティア。


 港湾都市までは西街道を100キロくらい、王都までは300キロ。


 王都まで行ってしまえば、港湾都市に行く機会はしばらくなくなってしまうだろう。せっかくだしこの世界を見て回りたいという思いもある。港湾都市なら物流も多いだろうし、見識も広がりそうだ。港湾都市から王都までの道もあるはずだし、西に向かうとしよう。


 西門に向かうまでの道中で、適当に果物や保存食を見繕う。旅の準備を全くしていなかったのは失敗だった。そもそも自称旅人のわたしは、1回も旅をしたことがないから手順とか方法とか分からない。高校の時の修学旅行が最後だ。慣れている人とは言わない。せめて連れ合いがいれば。


 彼の顔を思い出す。


 もし彼が、わたしを好きだなんて言わなくて、ただの仲間としてついてきてくれるつもりだったのなら、そういう未来もあり得たのだろうか。


 彼が告白するタイミングが、今日じゃなくて、何ヶ月後、何年後だったら。わたしの考えも変わっていたかもしれない。


 いや、そんな都合の良い未来はもう来ない。わたしが斬り捨てたんだ。


 その事実を胸に刻んで、彼の今後の活躍をお祈りするしかない。


 西門に到着した。


 港湾都市へ向けて馬車が出ていればと門番に聞いてみたけれど、そう言った馬車は大抵は朝早くに出発するのだそうだ。もちろん今の時間はもう馬車は残っていないし、次の馬車は明日の朝だ。


 徒歩で100キロ。うんざりするが仕方がない。3日くらいだろうか。途中で後から馬車が追いついてきたら乗せてもらおう。それまでは1人旅だ。


 野営はどうしようか、魔物や野党に襲われる可能性がある。宿で寝ているときに試したことがあるけれど、気配察知は寝ている間は効果が薄い。不安だけれど最悪は徹夜になるだろう。


 西門を出てしばらく進んでから振り返る。


 マリスラの町ではいろいろなことがあった。


 20日未満だが、長いようで短い滞在だった。『竜の止まり木』で得た人脈や、経験は、得難いものだった。異世界に来て、出会う人皆が皆、優しくて、親切で。


 出会った人たちの顔が次々と思い出される。気づくとわたしの頬を涙が伝って落ちて、地面に染みを作った。


 わたしは幸運だった。初めての町がマリスラで、本当に良かった。


 胸元のペンダントを握る。


 ミリアさんにさよならを言えなかったのは心残りだけれど、大丈夫。いつかきっとまた会える。


「さようなら、マリスラ。ヴェニーくん、ミリアさん」


 マリスラに背を向けて、わたしは次の町へ向けて、1歩を踏み出した。





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