第45話 ◾️ヴェニー0%(最終日)

「……そうか。残念だけど、仕方ない。宿屋は諦めて、リンと一緒に冒険者を続けるよ」


 何が気に食わなかったのかは分からないけれど、仕方ない。それなら一緒について行くだけだ。


 冒険者を続けるのも悪くない。それに、いつかリンの気も変わるかもしれない。


「そうじゃなくて、私は、と一緒にはいられない」


「何を、言っているんだ……」


の告白を受け入れられないってことだよ、気持ちは嬉しいけれど……」


 気まずそうに目を逸らされる。


 俺の何が気に入らないっていうんだ。


 なんでさっきからなんて、他人行儀な呼び方をするんだよ。ヴェニーって名前で呼んでくれよ。


「嫌いな訳じゃないし、告白してくれたのもとても、とても嬉しいよ。冒険者だって、町に残るのだって、魅力的なお誘いだとは思う。でも、私は受け入れられない」


「なら何が問題なんだ。俺に悪いところがあるのなら、リンが都合の良いようにするから。リンが好きなんだ、一緒に居させてくれ」


 せめて一緒にいることだけでも許してくれ。その為なら俺は、どんなにみっともない真似だって出来るんだ。


「君が悪いわけじゃないよ、私の事情。私が他の誰にも話していない秘密。教えると、君がどうしようもなく傷つくかもしれない」


「構わない、話してくれ。それがどんな秘密だとしても、受け入れる」


 どこかの貴族の出身で、追われてこの町まで逃げてきたとかか?


 それなら確かに宿屋は難しいかもしれない。町から町へ逃げ続ける生活をするにしたって大変だろう。心休まる時はないかもしれない。でも仮にそんな境遇でも、俺は構わない。俺はリンの為なら命を張れる。


「君は本当に、私のことが異性として好きなの?家族愛とか、友情とかと勘違いしている可能性だってあるよ」


「何を今更、さっき言っただろ、俺は女としてリンが好きだ」


 それを聞いたリンは少しの間、下を向いて黙ってから、口を開いた。


「私は男なんだ」


 部屋の中を沈黙が満たした。


「……は?……え?」


 なんて言ったんだ今。


「私は女装が趣味で、こんな容姿だけど、男なんだ」


「……嘘を吐くなよ、そんなつまらない嘘で、俺を振るのか」


 あんまりじゃないか。俺のことが嫌いなら、そう言ってくれればよかったんだ。


「嘘じゃないよ」


「俺のことが嫌いなら、なんでそう言ってくれないんだ。優しければいいってもんじゃない。嫌いだって言ってくれれば、すんなりと諦めが付くのに。なんでそんな嘘を吐くんだよ」


「……嘘じゃないよ」


「それなら!証拠を見せてみろよ!お前が女じゃないっていう証拠を!」


「……じゃあ、目を閉じて」


「なんでだよ」


「いいから、目を閉じて。いや、それだとダメか。ちょっと目隠しするよ。逃げたりしないから。ただ、覚悟してね。私だって本当はこんなことしたくないんだ」

 

 リンがスカーフを外して、俺の目を隠そうとする。言われるままに目を閉じ、受け入れる。視覚を封じることで、部屋の中のリンの匂いを強く感じる。


「絶対に見ないでね、恥ずかしいから」


 そう言って、リンは俺に触れたまま、掌を案内する。 


「ここが、私の肩」


 掌が、リンの体の輪郭を俺に伝える。わずかに丸みを帯びていて、細い、華奢な体付き。俺のような角ばった男の体とは違う。やっぱり女じゃないか。


 女を意識した瞬間に、心臓の鼓動が激しくなる。この状況はおかしい。どうしてこんなことになった。俺はただリンが欲しかっただけなのに。


 いや、間違っていないのか。リンを手に入れたいのなら、この状況は都合が良いのか。


 頭に上手く空気が回っていない気がする。回っているのはリンの匂いだけだ。ぼーっとする。


 掌が滑って、リンによる案内が再び始まる。


「ここが私の胸」


 肩から流れるように、ブラウス越しにそこに至る。


「これで分かってくれた?」


 リンの胸に触れている俺の掌から汗が吹き出しているのが分かる。狂った状況が俺の頭に熱を集め続けて、おかしくなってしまっている。物事の判断がうまく出来ない。


 それでもなんとか、掌からの感触を通じて情報を得ようと、意識を集中する。


 リンの胸は、平たくて、なんというか女性らしさが薄いというか。普段コルセットをしていたから大きさを気にすることはなかったが、その。


「……慎ましいです」


「ふふっ、この状況で笑わせないでよ、なんで敬語なのさ」


 もし怒らせたらまずいと思ったんだ。


「でも分かったでしょこれで」


「胸が小さい女なんていくらでもいるだろ。証拠にはならないな」


 リンに振られている真っ最中だというのに、俺はこの状況を楽しみ始めている。本当にどうかしている。


 俺はリンが女だと確信しているから、この状況に興奮してしまっている。きっとリンも勢いで吐いた嘘に引っ込みがつかなくなってしまっているんだろう。もうこうなったら行くとこまで行くしかない。


 リンがため息をついて呆れているが、俺をこの程度で諦めさせることができると思うな。


「次、行くよ」


 リンの案内が再び始まった。俺の掌を胸の下に向けて誘導する。指先がピクピクと震えているのを感じる。


「おへそ」


 ブラウス越しに、俺の指先が窪みに到達する。


「んっ……」


 リンが小さく吐息を漏らす。


「変な声を出すなよ、おかしくなりそうだ」


「だってくすぐったくて」


 悪戯心が湧き上がってきた俺は、そこに触れている中指の腹で、円を描くように撫でる。


「ひゃっ、ちょっとやめてよ」


 子供の遊びのような触れ合いだが、目が見えないという状況を加えるだけで、俺の欲望が天井知らずで湧き上がってくる。


 形を確かめるように、窪みの周囲を撫で回す。


「布越しだとちょっとよく分からないな」


 自分でも頭のおかしい事を言っているのは分かっているが、匂いのせいで脳が弛緩してついでに口も緩んでいるんだろう。仕方がない。全部リンが悪い。


「馬鹿なこと言わないで、次で最後だよ」


 その言葉に、緊張と興奮が血流に乗って全身を駆け巡るのを感じた。

 はっきり言うが、目隠しして触れて確かめるなんていう狂った行為をリン自らの提案でしているんだ。リンだってその気だってことだよな。


 経験不足な俺の妄想じゃないよな?飯を出されたら完食するのが礼儀だよな?そういうことでいいんだよな?


 全部済んだ後に、責任をとってね、はい、ってことだよな?自分から言うのは恥ずかしいから俺にチャンスを与えてくれたと思っていいんだよな?


 どのタイミングで行くべきか俺が思考を巡らせていると、リンの案内が始まった。


 ヘソから下へ流れていく。


 捲し上げられたスカートの山をなぞるように乗り越える。指の筋肉が攣りそうなほどに緊張している。


 乗り越えた先には。


「なんだこれ」


 あるはずのないものがある。ような気がする。

 ん、言葉の意味がよく分からない。

 ないはずのものがある?あるはずのものがない?

 結局あるのか、ないのかどっちだよ。


 ある。


「なんだこれ」


 それが何かを確かめるために指を動かす。グニグニと握って確かめる。

 比較的柔らかい。棒状の形をしており、長さはなんか思ったより大きい。太さも思ったより大きい。思ったより?何と比較してるんだ?俺は。


「っ、んっ、あんまり触らっ、ないで……」


 そんなこと言われてもこの謎の物体の正体を把握しなければならない。目が塞がっているんだからしょうがないだろ。


 棒状の物の形状は把握した。その下にもあるはずだ。あるはずだ?なんでそう思っているんだ俺は。まあいいか、確認しなくちゃな。


 その下には、棒状の物よりも柔らかいが、握った時に抵抗のある玉のような物が2つ付いていた。コリコリと少し強めに握ってみる。


「ふあっ、もうちょっと優しく、んん」


 もう大体わかった。


 でも、俺の脳がその事実を受け入れない。

 どういうことだよこれ。

 あるはずのないものがそこにある。

 理解できない。

 俺の2倍は大きい。

 は?は?あ?


「これで、分かったよね。私は男で、君は女としての私が好きなんでしょ」


「おとこ?……リンが?……おんなじゃなくて?」


「そうだよ、だから、君の期待には答えられない」


 男か。


 俺が好きなリンは、女じゃなくて男。俺と同じ、おとこ。


 かあさんは、おとこじゃなくて、おんなのこがほしかったっていってたなそういえば。わるい、かあさん。おやこうこうできなかったよ。


 おとこどおしって、こどもできるのか?


 きいたことないな。やっぱりむずかしいのかな。


 でもりんとなら、なんとかなりそうなきがする。きっとだいじょうぶだろう。りんもおれのことがすきなはずだし、だいじょうぶだ、あいさえあればきっと。


「おとこでもいいよ」


 りんが、おどろいている。


「りんがおとこでも、きっとなんとかなる。すきなら、だいじょうぶ」


「……じゃあ、しょうがないね」


 はあ、とためいきをついてからりんがつづけていった。


「私のことを恨んでくれて良いからね」


 うらむはずがない。おれはりんのことがだいすきだ。


「ヴェニーがわたしに触れているんだから、わたしが触れても良いよね」


 なにをするつもりなんだろう。


「絶対に目を開けないでね」


 おれのひだりかたに、りんのてがふれる。りんがかおをよせてきたのがわかる。いいにおいがするんだ。りんがみみもとで、ささやく。


「男の子らしい体つきだね、わたしもたまに羨ましくなる時があるよ」


 りんがおれのからだをさわってたしかめていく。なんだか、きもちがいいです。


 ゆっくりと、もみほぐすようにおれのむねにむかっておりていく。だんりょくをたのしむようにむねをまさぐる。


 ずるい、おれのときはえんりょしてあんまりさわれなかったのに。


 したにおりていく。


「腹筋がしっかりと付いているね。わたしの好きな体つきをしているよ。かっこいいよ」


 やっぱりりんは、おれのことがすきなんだ。


 うれしくなってどうにかなってしまいそうだ。さっきからぼーっとするし。


 さらにおりていく。


 そして。


「ヴェニーのここ、もうこんなになってるよ」


 おれのそこへむかっていく。ぎりぎりふれないくらいのところでとまる。


「見えないから分からないだろうけど、沁みてきてるよ」


 しみるって、なんだろう。みえないからわからない。


してるんだね」


 きたいしている。はやくどうにかなりたい。ずっとこのままは、やだ。


「わたしの方はどうなってる?」


 わたしのほう?おれがにぎったままのりんのこれのこと?


 あれ、りんのほうはかわっていない、なんで?どおして?



 「告白の返事をするね。


 君のには応えられない。


 私はと違って、女の子が好きだから」


「あ?」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る