第44話 ◾️告白(最終日)

「俺だ、ちょっと相談したいことがあるんだが入ってもいいか?」


「ヴェニー?ちょっと待って」


 良かった、ひとまずリンはいるようだ。安心すると同時に、これから話す内容を考えてしまい、緊張と不安がやってくる。今更だ、覚悟を決めろ。


「もう良いよ、はい、どうぞ」


 リンが扉を開けて、中に入るのを促す。


 中に入った瞬間に俺の鼻が、嗅ぎ慣れないリンの匂いを感じ取る。甘くて、なんだか頭に染み込むような、そんな匂いだ。俺にとってただの宿の1部屋でしかなかったはずなのに、慣れ親しんだはずの場所が、まるで別の空間に変わってしまったように感じた。リンはもう20日近くもこの部屋に住んでいる。もうここは俺の知っている部屋じゃなかった。


 ふと、今の自分の状況を考えてしまう。


 俺は今、リンと2人きりでこの部屋にいる。なんなら、家の中には俺たち2人だけだ。


 この状況はまるで、脳に染み渡るリンの匂いと合わせて、俺をおかしくさせようとする罠のようだ。あらぬ欲望が鎌首をもたげる。


 そんな罠に引っかかるわけには行かない。俺はこれから自分の将来を、引いてはリンの将来も決まるかもしれない交渉をするんだ。頭を振って欲望を振り払う。


「どうしたの?そんなところに立ってないで……あーそうか、椅子が無いのか。じゃあここ座って」


 リンが手で指し示すそこは、ベッドの上だ。リンが既に座っている隣。どうしてか上手く動かせない体をぎこちなく動かして、指示通りにリンの右隣に座る。座った瞬間に、ベッドからリンの良い匂いが舞い上がる。


「それで、相談したいことって何?」


 会話を切り出さない俺に痺れを切らしたのか気を使ったのか、リンに促される。


「ああ、その前に。……俺がリンに、初めて会った時に、なんで冒険者になったか聞いたよな?」


「えーと、ご飯食べてた時だよね。うん覚えてるよ」


「その時、リンは何て言ったんだっけ?」


 俺は当然覚えているが、敢えてリンの口から言わせる。少しでも罪悪感を感じてもらうために。


「他にやれることがないから仕方なくって言ったような気がする」


「俺もな、同じだったんだよ、仕方なく冒険者になったんだ。リンから聞いた時に、俺と同じだ、って思ってさ。仲間が増えたような気がして、嬉しかったよ」


 大袈裟に身振り手振りして、嬉しさを表現する。演技でもなんでもやってやる。


「今でも、俺は冒険者を続けたいとは思っていないんだけど、生きて行くためには稼がなきゃいけないからな。仕方なく、死にそうな思いをしてゴブリンに挑んだ。リンは、どうだ?冒険者はリンにとってやりたいことか?」


 やりたいことではないだろう。


 まずはここを乗り越えたい。


「まあ、大分慣れてはきたけど、やりたい事かと言われると違うかな。20日近くやってきたけど、お金を稼ぐ手段でしかない感じ」


 よし。


「そうか」


 ここからだ。


「宿屋の後継が兄貴だって話は、初日にしたよな?正直な話をすると、俺はずっと、兄貴が妬ましかった。実は俺はずっと、宿屋をやりたかったんだ」


 後継の座を確保して、その上で門番をやって、将来になんの不安もない兄貴が羨ましかった。兄貴ばっかり、どうして俺じゃない。兄貴が宿屋に乗り気なら、俺だってもう少し応援する気持ちが湧いてきたかもしれない。でもそうは見えなかった。


 求めている俺が手に入れられなくて、兄貴ばかりが手に入れる。許せなかった。妬ましかった。


「でもどうしようもないから、とりあえず冒険者をやっていたんだ。それで良い加減、宿屋を諦めようと思った。でも俺には決心がつかなかったから、依頼を達成できたら、町を出て行こうと決めた。それで、ゴブリンの討伐依頼を受けた。結果は、死にそうな目に会ったけど、リンの助けがあったから、生きて帰ることができた。改めて礼を言うよ。ありがとう、リン。いつか恩を返したい」


「気にしなくていいよ」


 微笑みながらリンが遠慮する。


「死にそうな目には遭ったし、リンに助けてもらったけど、一応は依頼を達成したからな。町を出ることに決めた。決めたんだが……」


「昨日の夜、兄貴が訪ねてきて、俺に言ったんだ。『後継を任せても良い』ってな」


「頭に来たよ、俺が今までどんな思いを抱えていたか、兄貴は知ってたらしい。知っていて、今更になって俺に町を出ていくな、宿屋は譲るって言うんだぜ。しかも俺が死にそうな目に遭いながら覚悟を決めた後にだ」


 リンは黙って俺の話を聞いている。


「リンはどう思う?俺を気の毒だと思うか?」


 敢えて話を振る。優しいリンなら俺の望む答えを言ってくれるだろう。そうやって逃げ場を狭めていく。


「……そうだね、もう少し早く打ち明けていれば良かったのにとは、思うよ」


「そうだよな。でも、兄貴だけが悪いわけじゃない。俺だって今まで宿屋をやりたいとは言わなかった。それなのに察してくれないからって怒るのはおかしい。まあ、皆、なんとなく気づいていたみたいだけどな」


「俺は宿屋を出来ることになった。でもまだ、悩んでいるんだ」


「……どうして?宿屋を継げば良いじゃない」


「宿屋を継ぐなら、リンと一緒にいられない。黙っていれば、リンはいつか町を出て行ってしまうからな」


 行けっ!


「俺が悩んでいるのは、リンと一緒に冒険者を続けるか、宿屋をやるかの2択だ」


「……それって」


 リンの右手を掴んで、目を合わせながら、勢いそのままに捲し立てる。


「俺はお前のことが好きだ。リン。綺麗な黒髪も、無邪気な笑顔も、俺の為に兄貴の背中を押してくれたその優しさも全部、全部好きだ」


 隣に座るリンの動揺が分かる。胸に手を当て、落ち着けるような所作をして、俯いた。


「リンと一緒なら冒険者を続けても良いと思ったし、宿屋を諦めても良かったんだ。そのくらい、俺はお前のことが好きなんだ」


 俯いているリンに肩を寄せ、囁くように問う。


「リンは俺のことが嫌いか?」


 我ながら卑怯な聞き方だと思うがもう躊躇わない。


「そんなことない」


「冒険者をやる理由は、他にやれることがないから、だったな。リンと一緒に冒険者をやるのも楽しそうだ。だけど、俺と一緒に宿屋をやってみないか?どっちでもいいんだ。俺はリンと一緒にさえいられれば」


 やり切った。理想通りの告白の流れを作れた。


 あとは、リンの答え次第だ。




「……ごめん、の期待には応えられない」




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