第38話 ◾️もう1回(17日目)

 体力が消耗し、出血によって徐々に弱りつつあるゴブリンとの長期戦。


 決定打となったのは、序盤に負わせたゴブリンの右腕の傷だった。


 弱った握力で振るわれる棍棒の攻撃は、俺の小楯でもなんとか受けれる程度に弱体化していた。


 盾で受けることができるなら、その隙を狙って反撃をすることが出来る。


 1回だけ、左腕で殴られたが、そっちは脇腹に傷を負わせている。力がうまく入らないのだろう。俺はうめき声を上げて痛がったが、ダメージはそこまでじゃない。折れたりはしていないだろう。


 俺はチクチクと、少しずつ少しずつ傷を負わせていく。短剣は血まみれで、おそらく刃も少し欠けているだろう。万全な状態とは言えないがそれでも少しずつゴブリンに傷跡が増えていく。やがてゴブリンは膝を着き、恨めしそうに俺を睨む。


 弱ったふりかもしれない。近寄ってやるものか。介錯なんて期待するな。


 一定の距離を保ちながら、落ちている木の実や石を投げて嫌がらせをする。


 どのくらい経っただろうか、ゴブリンの目から光が消えた。


 それでも俺は石を投げる。ゴブリンがなんの反応も示さなくなった。


 近寄って、首を短剣で斬りつける。これでも反応がない。


 俺の、勝利だ。


「うおおおおおおおおおっ!!」


 生き残った喜びに、涙が溢れる。


 天に向けて雄叫びを上げ、生存を祝った。


 全部で8段階ある魔物のランクの、下から3番目。たかがEランクの魔物を倒したくらいで、何をそんなに喜んでいるんだと、言うやつもいるだろう。


 身体中傷だらけ、満身創痍の無様な勝利。他人に誇れるものじゃない。


 でもこれで俺は、自分に誇れる。


 あいつの隣にいたいと、自信を持って言える。


「リン!好きだあああああああ!」







 ひとしきり叫んだ後、満足した俺は周囲を確認する。いつの間にか川の近くまで来ていたようだ。


 ゴブリンの耳を回収するのは後だ。とりあえず血まみれの手と顔を洗いたい。


 最低限未綺麗にした後、短剣の血を洗い布で拭く。この後も血に塗れることになるが、血が固まると拭うのが面倒になる。


 短剣を鞘に入れた直後、身の毛のよだつような嫌な予感がして、盾で後頭部を覆う。


 経験したことのない強い衝撃を受けて、視界が回る。浅い川をバシャバシャと跳ねながら吹っ飛ぶ。遅れて腕に激痛を感じる。


「っつ!!アアアッ!!!」


 痛みで呼吸が上手くできずによだれが糸を引いて川に落ちる。


 歯を食いしばってなんとか痛みに耐えて、顔を上げるとそこには。


 先ほどと同じ背丈の、緑色の醜悪な怪人が、ぐふぐふと下卑た笑いを浮かべながら、俺を眺めていた。


「ふざけんなよ!何匹いるんだよ!」


 怒鳴りつけるが、ニタニタと笑うだけでゴブリンは答えない。


「クソッタレが!良いぜやってやるよ!おかわり上等だよ!」


 先ほどゴブリンを倒した万能感が、再び俺を満たす。

 今ならなんだって出来る気がするんだ。


 左腕は使い物にならない。いまの攻撃で折れてしまったようだ。無事に生きていることに感謝しよう。ホミィの盾がなければ確実に死んでいた。


 あいつにも謝らなきゃいけないんだ。


 ザザ。


 小屋の方から、草花が揺れる音が聞こえた。


 背の低い、緑色の化物が現れる。


 1、2、3……全部で6匹。


「それがどうした!今更雑魚が出てきたところで……」


 ガサガサと木々を分ける音が聞こえる。


 1、2、3……全部で3匹か。


 追加でデカいのが来た。


 万能感が、冷や水をぶっかけられたみたいだ、熱が引いていく。


 それでも、俺は諦めない。





 クソッタレのゴブリン共は、俺の必死の足掻きを見せ物として楽しむつもりらしい。


 俺とデカブツ1匹を、雑魚6匹が囲んで、それを遠巻きから残りの3匹が眺めている。


 時折、ヤジを飛ばすように大声を上げ、笑う。


 誰が見ても絶体絶命のピンチだが、俺にとっては最高の状況だ。


 舐め切ったゴブリン共を1匹ずつ、ぶっ殺してやる。全員で1度にかかればよかったと後悔させてやる。


 右の大振りが来る。後ろに飛んで避ける。連戦で消耗している割には動けている。不思議だ。


(位階が上がったのか)


 雑魚10匹、デカブツを1匹倒したことで、強くなったみたいだ。


 それでも、木を盾として使えた先ほどと違って、今俺がいるのは障害物が無い河原だ。先ほどと同じ手は使えない。利点と言えるかは分からないが、足場が石ころで不安定だから、ゴブリンも俺も戦いづらい状況。石ころ?


 思いついた。困った時のリンだ。


 だが、これは賭けだ。確証が無い。だけど他にいい手も無い。やるしか、無い。


 姿勢を低くし折れた方の腕で石ころを掴む。それだけで腕に激痛が走るが、気合いで耐える。


『多分これも、位階が上がったからだと思うよ。スライム相手に石を投げてたらいつの間にか遠くまで投げれるようになったから』


 あいつの言葉を思い出す。


『何が強くなるかは、自分で決められないのかな』


『お前は何か特別なことをしたり、思ったりしなかったのか?』


 俺と兄貴のやりとりを思い出す。


 今、俺は無性に、とてつもなく、石を強く正確に投げる力が欲しい。寄越せ!


 上からの振り下ろしが来る。ワンパターンなんだよ!


 左に避けて、激痛を無視して、下から掬い上げるようにデカブツの目を目掛けて石を投げる。感触が違う!成功を確信して、次に移る。視界の端に石が眼球に突き刺さるのが見えるが今は気にしない。振り下ろした棍棒を持つ右手の指を狙って短剣を振るう。


 短剣で、こいつらを全員斬り殺す。そのための力を寄越せ!


 指を切断するつもりの一撃が、デカブツの手首を斬り落とす。


 左手で目を覆い、右手が失われたデカブツの隙だらけの腹目掛けで飛び出し、渾身の力で短剣を突き出す。突き刺さった短剣を奥へ押し込む。


 デカブツが両腕を使って俺を掴み引き剥がそうとする。俺は短剣をぐりぐりと捻るようにして押し込む。それでもまだ倒れない。

 引き剥がすことを諦めたのか、俺の肩にデカブツの汚い歯が突き刺さる。ただでさえ折れて痛い左半身に追加の激痛が走る。


「いい加減に死ねやあああああああっ!!」


 我慢比べだ。耐えることなら慣れている。絶対に俺が勝つ!


 短剣をぐりぐりと押し込む。既に致命傷のはずだ。早く死ね!死んでくれ!


 どのくらいの時間が経っただろうか、分からないが、デカブツがようやく膝を折った。


 デカブツの片方の目には俺が放った石が突き刺さって、もう片方の目からは光が失われている。既に息は無い。


 やった、勝ったぞ。


 デカブツの亡骸から離れて、次を見やる。


 さあ来いよ、次はどいつが相手だ。


 雑魚が6匹。並んで俺に寄ってくる。タイマンはやめたようだ。知ったこっちゃない。何匹だろうとさっさと片付けて、家に帰って祝勝会だ。


 俺の視線が下がる。あれ、どうした?


 河原に座り込んでしまった。足に力が入らない。


 ああ、流石に根性だけじゃこれ以上は無理か。


 やっぱり俺に冒険者は向いていなかった。


 そもそも俺は宿屋をやりたかったんだ。1階の飲食スペースを広げて、毎晩冒険者が酒を飲み、うるさくて眠れないと他の客から文句が来るような宿を作りたかった。情報屋みたいなこともやりたかったんだ。客がカウンターに金貨を1枚置いて、俺がそれを受け取って酒を出す。そんで俺は独り言を喋り出す。かっこいいだろ。憧れるぜ。


 もう出来ないんだな。


 生きてさえいれば、他の町で、やれたのにな。


 ゴブリンが座り込んで動けない俺に迫る。ただそれを待つしか出来ない。


 もう限界みたいだ。


 だって、幻覚が見え始めてきた。


 雑魚の後ろにリンがいる。


 幻覚のリンが後ろ手に両手を回すと、いつの間にか石を3個ずつ、両手で合わせて6個持っている。リンが両腕を1度振るうと、雑魚の頭が2つ弾け飛ぶ。返す腕でまた2つ。最後に1振りして、立っているゴブリンがいなくなった。


 流石にリンは強いな。




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