第37話 ◾️ゴブリン討伐依頼3(17日目)

 デカブツが丸太みたいな棍棒を右手に突っ込んでくる。


 右の大振りが来る。右側は小屋、左は空き地。右に避ければ逃げ場がなく追い込まれるぞ。


(左に交わす!)


 ブン、と空気を裂く音が耳元を通り過ぎる。棍棒が地面を打つ、鈍い音に寒気を感じた。真面に当たってしまえばタダではすまない。盾で受けても、下手すると腕がいかれてしまう。


 腕の骨が折れ、折れた骨が肉を突き破って飛び出ている光景を想像してしまう。


「こんなところで死ねるかよっ!」


 第2撃が来る。


 右上から左下にかけての振り下ろし。避けてから反撃するか……。いや、ただのゴブリンとは筋肉量が違う。剣で多少斬っただけで、勝てるとは思えない。


 後ろに飛んで攻撃を避ける。足元の土が飛んでびしびしと俺に当たるが気になどしていられない。


(簡単に致命傷を与えられると思うな!)


 俺は俺の弱さを知っている。スライムから逃げ出した俺を思い出せ、臆病さは俺の武器だ。


(削って、削って、惨めでもなんでもいい、生き残ってやる!)


 背を向けて俺は逃げ出した。





 森の中を走り回る。10メートルくらいの距離を置いて、後ろをアイツが追いかけてくる。


 距離を取ることで、ほんの少しだけ冷静さを取り戻せてきた。


 大体、なんなんだアイツは、ゴブリンのくせにデカ過ぎる。ホブゴブリンってやつか?


 ホブゴブリンはゴブリンの1つ上の階級で、E級の魔物だ。ホブゴブリンがいるなんて情報になかった。知ってたら俺はこんな依頼は受けていない。


(足の速さは同じくらいだが、先にゴブリン10体とやり合ってるんだこっちは。体力は負けてるよな)


 いずれ俺は追い付かれる。それも息が切れた弱った状態で。そうなる前に手を打たなければならない。


「……リンに習ってみるか」


 斜面を滑り落ちるように逃げながら、左手で落ちている木の実を何個か、掌で包めるだけ掴む。


 木が伐採されて少し開けた場所に出る。何本か残った木があるが、逆に都合が良い。


 1本の木を左手側に位置を取る。これで相手は右の大振りを打ちづらくなる。いくらかは火力も下がるだろう。攻撃方法を制限し、隙を作ってやる。


(体力で勝てないなら、頭で勝ってやる。相手はデカくてもただのゴブリンだ。絶対に俺が勝つ!)


 ゴブリンが迫る。木を邪魔そうに、回り込もうとしてくる。俺も合わせて動き、ぐるぐると木を中心に左に回る。


 やがて痺れを切らしたゴブリンが、上手くいかない怒りに任せて、一歩踏み出し右から左へ大きく薙ぎ払う。俺は右後方に飛んで避ける。


 ゴブリンが力任せに振るった棍棒が、勢い余って木に当たりゴンと鈍い音がなる。ぶつかった衝撃で腕に硬直が生じるはず、今だ!。


 前に突っ込む。同時に左手の木の実を顔目掛けて投げつける。ゴブリンは堪らず左手で顔を覆う。おかげで、右脇腹が丸見えだ。怯んだゴブリンの脇腹を思いっきり短剣で斬りつけるが、硬い筋肉で深くは通らない。


(知ったことか!)


 この機会に可能な限り傷を負わせてやる。ついでとばかりに、右の二の腕に斬りつけた後、後ろへ飛び離脱する。


 与えた傷は深くはないが、これで行動が制限されるはず。出血は体力を奪うし、腕の傷で握力が落ちるだろう。


 再び、木を盾にしながら、ゴブリンの様子を伺う。頭に血が昇っているようだ。ギャーギャーと、耳障りな声をあげながら俺を睨んでいる。脇腹からは血が出ているし、腕からも肉が見えている。


「さあ、もう1回やろうぜ、いや、何度でもだ、お前が死ぬまで」


 鬼ごっこはまだ終わらない。





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