第33話 ◾️ヴェニー76%(16日目)
叩かれた後で、めちゃくちゃに怒っているリンに事情を聞いたがさっぱり教えてくれず、なぜ俺が叩かれたのか分からないまま、俺は案内を続けた。
鏡が無いので分からないが、俺の頬には赤い手形が付いているのだろう。すれ違う人々が皆、俺の顔を二度見する。
その後はトラブルもなく、西側、北西、北、北東と回った。最後に東を回って、武具屋に寄ろうという時には、俺の頬の腫れも治っていたのだろう。痛みが引いてきていた。その頃にはリンの怒りも静まったようで、普段通りに戻っていた。
武具屋の前までリンを連れてきた。東側はリンもだいたい把握しているようだから、かなり端折ったが、大体想定していた時間通りだ。これで夕方まで森でスライムを狩れる。
「ここが武具屋だ。これで満足しただろ。俺は行くところがあるからここで解散だ」
「うん、今日はありがとう、色々トラブルはあったけど、楽しかったよ」
ああ、俺も叩かれたけど、悪くは無かったよ。
「じゃあな、いいか、間違っても『竜の止まり木』に泊まっているとか言うなよ。俺の名前も出すな、分かったな?」
「どういうこと?」
武具屋の裏からホミィが出てきた。
心臓を鷲掴みにされて、そのまま深くて冷たい井戸の底に引き摺り込まれるような心地がする。
「あ」
リンが口を抑えて焦っている。驚いた表情も、可憐で可愛らしい。今日の髪型はポニーテールで、黒い髪に白いスカーフがよく似合っている。眼鏡はどうしたんだろうか。俺は、眼鏡をかけたリンを見るのも好きだ。幼い容姿なのに、眼鏡をかけただけで知的な雰囲気が出て、大人っぽさが溢れる。リンの顔が好きだ。コロコロと転がるような丸くて可愛らしい瞳。いつもニコニコと笑って、その度に持ち上がる口角。リンの首周りが好きだ、痩せすぎていないのに立体感があって、目を逸らすのが惜しくなる。リンの手が好きだ、小さくて、細いのに、柔らかい。折れてしまいそうで、触れるのが怖いくらいだ。リンの……。
「ねえ」
ホミィの声で現実に連れ戻される。俺の前には、俺が好きな女と、俺を好きな女が1人ずついる状況。俺が今やるべきことは、俺を好きな女を傷つけないように、この場を凌ぎきる事。その際、俺に対するどのような被害も許容する。
失敗したら、俺は耐えられない。まだなんの覚悟も出来ていない。
「あーあ、見つかっちまった、台無しだな」
「……」
ホミィが不安そうな、今にも泣きそうな顔をしている。見えない手が俺の心臓を握ったり緩めたりして遊んでいる。
「貰った盾の、礼をしようと思ってさ。この間はお前が突然盾をくれて、その分驚いたけど嬉しかったからさ。同じように驚かせたくて……冒険者のリンに、手伝ってもらおうと思ったんだ」
リンと目が会う。
頼みます女神様察してください。なんでもします。
「冒険者のリンです。今は『竜の止まり木』にお世話になっています。宿代をこっそり負けてもらう代わりに、内緒であなたと仲良くなって、欲しいものを探ってくれって言われたんですけど……やっぱり悪いことはできませんね」
愛してます、ありがとう女神様。
「……」
いけたか?やったか?
「……なんだそういうことだったんだ。やるならちゃんとやってよね、気づいて損しちゃったじゃん!」
満面の笑みのホミィがそこにいた。
心臓を握る力が強くなった気がした。
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