第31話 ミリアさんとデート!(15日目)

 おめかししなきゃ!


 今日は眼鏡を外そうかな。髪型はどうしよう。ボブくらいの長さにしたいから、下ろした状態で紐で先の方を結んで、スカーフを巻きつけて束を内側にたたむ感じでなんとか……後はここからスカーフをつむじの方に持っていって……出来た!


 よっし準備万端だ。デートの行き先もなんもかんもミリアさん任せだろうけどミリアさんだから大丈夫。心配ない。


「リンさーん、着きましたよー!」


 階下からミリアさんの声が聞こえる。しまった、下で待っている予定だったのに。

 どたどたと慌てながら1階に降りる。


「お待たせしましたっ!」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 初めて見た。ギルドの制服じゃない、私服のミリアさんだ。

 サイドレスな白のブラウスに、薄水色のロングプリーツスカート。

 異世界ファッションじゃないじゃん!それ!別の世界でも通じるやつじゃん!大人っぽ!


「今日のミリアさんはいつにも増して大人っぽくて素敵です」


 25歳(笑)の自分とは比べるべくもない。わたしにも身長があと15センチあれば選択肢が増えるのに。


「リンさんも、眼鏡を外していますし、いつもよりも髪の長さが短く見えるので印象が変わって可愛いですよ」


 褒められてしまった。頬が緩みっぱなしだ。だらしない顔を見せては行けない。我慢しないと。


「それでは、そろそろ行きましょうか、お昼もそこでいただきましょう」


 差し伸べられた手をとる。エスコートされるなんて生まれてはじめてだ。


「マリスラは、比較的大きな町なのですが、都市と呼べるほどの大きさではありません」


 これから向かうお店の説明の前振りなのだろうか、ミリアさんが喋る。


「ですが、港湾都市と王都に街道が繋がっている、将来性のある町ですので、それを見越した商人が投資先として選ぶ程度には発展しています。王都の有名な菓子店などもあるんですよ。知っていましたか?」


「いえ知りませんでした。今日はそちらに案内してもらえるんですか?」


「はい、王都では人気でも、まだマリスラでは需要の無い珍しいお菓子や紅茶も、事前に頼めば準備して貰えます。楽しみにしててくださいね、きっと口に合います」




 ◾️◾️◾️




 町の中心の広場から南西に向かったところ、大きめの通りの一角に案内された。この辺りは冒険者業に関わりのあるお店が少なかったため、わたしはまだ足を運んでいない場所だ。


 ドアを開けて店内に入ると、カランと来店を告げるベルがなった。


 内装は、喫茶店らしい喫茶店だ。表現がおかしいけれど、その当たり前の喫茶店がこの世界で見たことがなかったから、そう例えるしかない。


 店内には小さめのカウンターと、2人掛けのテーブルが3つ。お客さんはわたし達以外にいないようだ。菓子店ということなので、入ってすぐにカウンター側に陳列棚があって、お菓子やケーキなどが並べられているのかと思っていたのだが、そういったものは見当たらない。完全予約制とかだろうか。さっきミリアさんがいっていた通り、マリスラでは高級志向過ぎて需要がないからこういった様式のようだ。いずれにせよ高級店だ、お財布の中身が足りるかどうか心配になってきた。


「いらっしゃいませ、ミリア様。あちらのテーブルへお掛けください。お連れ様も」


 言われるままに、ちょび髭のおじさんについていく。案内された席に着く。


「少々お待ちください」


 おじさんが下がって。

 わたしは恐る恐るミリアさんに問う。


「えっと、ミリアさん。お誘いしてもらったのは嬉しいんですけど、ここってかなりの高級店じゃあ……貴族様御用達の」


 お財布事情がありまして。


「ふふ、確かに少し高めではありますけど。王都ではそう珍しいものではありませんよ。支払いを気にしているのであれば、払いは私が持つつもりでしたし、お気になさらないで下さい」


 そ、そうですか。お支払いを任せるのには抵抗があるけど、ミリアさんもわたしを誘った手前、立場っていうか、そういうのがあるからね。甘んじて受け入れよう。その分後で、わたしも返せる時に返せば良い。


「すみません不慣れなもので。ところでこういったお店に詳しいのは、やっぱり実家の影響があったりするんですか?」


「私の生まれは関係ありませんね。以前にこちらのお店が王都からマリスラへの開店準備の搬送をする際に、魔物の群れに襲われたことがあったんです。私がマリスラへ配属の為の移動をする時にそれに偶然出くわしまして。その際に魔物の撃退に少し助力した経緯があったため、今のような関係性になりました」


 ミリアさん。やっぱり戦う受付嬢だった。

 実はマリスラで1番強いとか?かっこいい!


 そうしている間に、おじさんがトレーにお皿とティーカップを乗せて戻ってきた。

 お待たせ致しました。そう言ってテーブルの上に並べていく。

 ティーカップから紅茶らしい香しい匂いが漂ってくる。それにお皿の上には。


(これ、タルトじゃん)


 2種類のタルトが1ピースずつ、お皿に乗っていた。

 片方はナッツタルトだろうか、スライスしたアーモンドのようなものが生地の上に満遍なく乗っている。もう片方はフルーツタルトだ。若干オレンジ味の強い苺っぽいものと、ブルーベリーっぽいのと、キウイっぽいの。全部ようなとかぽいって表現なのは微妙に前世と形や色が違うからだ。品種の知識が浅いせいかもしれないけれど。


 というか、作法が分からない。イギリス流とフランス流があることだけ知ってるけど、違いもわからないしどっちがどっちだかもちんぷんかんぷんだ。


 所作さえしっかりしてればいいや。


「当方、庶民の出自ゆえに無作法をお許し下さい」


「ふふ、なんですか、その話し方は。構いませんよ」


 ミリアさんがそう言ってティーカップに口を付ける。わたしもいただこう。


「いかがですか?」


「美味しいです、爽やかで飲みやすくて、後に残らない感じですね。香り高くて、気持ちが落ち着きますね」


 ダージリンっぽい。お菓子に愛想だ。


「そう言って貰えて嬉しいです。お誘いした甲斐がありました」


 マリスラから出たことがなかったからだけれど、こういったお茶やお菓子が、異世界にあるとは考えてもみなかった。転生してからは生きる基盤を作るのを最優先しているため、仕方がないが、余裕が出来てきたらこの世界の文化を楽しみたい。


 その後もミリアさんとお話ししながら、タルトも口にした。前世で食べたものと比較したら流石に多少落ちるけれど、とても美味しかった。


 会話が弾んだのもあったけれど、結構な時間が経っていたようだ。窓から差し込む陽が、来た時と比べてかなり傾いている。


「そろそろお暇しますか」


 楽しい時間が経つのは早い。名残惜しいけど、仕方がない。


「もう1件お店を知っていますので、帰りに寄って行きませんか?ちょっとした小物とか、雑貨を取り扱ってるお店です。ここと同じような経緯で、多少融通を利かせて貰えると思いますし」


 お菓子屋さんを出て、ミリアさんの手を取って言われるがままについていく。


 着いた先は、外装はどこにでもある見た目の、地味な建物だった。


 中に入ると、壁際に陳列棚があって、ランプや、鍋など、冒険者向けの雑貨を多く扱っているようだ。店員さんに一言かけてから、2人で商品を見て回る。


 ある程度見て回ったところで、他とは少し違った商品が並べられた区画が目についた。


 指輪や、ブレスレット、ネックレス。そういった女性向けの装飾品のコーナーのようだ。他の商品よりも高級品が多いのか。盗難防止の為だろう、棚全体が鎖帷子のようなもので保護されている。


 わたしがその棚を気にしていると、ミリアさんが店員さんを呼んできて、鎖を取り払って貰った。ちょっと大事になってしまったけれど、せっかくなのでしっかりと確認する。


 見ている中でとりわけ、目を引くものがあった。細めのチェーンと、4つの花弁を模した彫金加工がされた金属の装飾品。ペンダントだ。細工自体はシンプルだけれど、変に凝っていない分、人を選ばないだろう。どうやらペアで売ってるみたいだ。片方はチェーンで吊り下げた時にペンダントトップがXになるように、もう片方は+になるように、リングが付いている。


「これ、おいくらですか?」


 店員さんに問うと、わたしが指差したペンダントをチラリと見てから、ミリアさんの方にも視線を向ける。その後わたしに戻って、答える。


「ペアで、金貨5枚になります」


 絶対もっと高いよね!今のミリアさんに忖度しましたよね!ありがたいけどさ!

 ミリアさんに視線を向けてみると、口角がひくひくと細かく動いている。嬉しそうなのを誤魔化しきれてなくて笑ってしまう。これでやっぱりやめますとか言ったらどうなるんだろう。


「ひとまず試着させてください」


 木箱から出して貰って、手にとって1つずつ確かめる。うん、悪くない。

 +型の方を手にとる。ミリアさんにはこっちの方が似合いそうだ。


「ミリアさん、失礼しますね」


 わたしがそう言うと、ミリアさんが顎を引いて、後ろ髪を上げてくれたので、腕を回して取り付ける。うん、やっぱり似合ってる。


「似合ってます」


「あ、ありがとうございます……」


 照れているのだろうか。動揺がさっきから表に出ていて可愛い。

 わたしがニヤニヤしているとミリアさんがもう1つのペンダントを取って、わたしの首に手を回してきた。


「リンさんも、可愛らしくて、素晴らしいです」


 素晴らしいですという表現に違和感を持ったけれど、似合ってはいるようなので安心した。


「購入します」


 こうして、ペアのペンダントを買って満足したわたしたちは、お互いのペンダントを褒め合いながら店を後にし、名残惜しくも別れて、デートを終えたのだった。



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