第29話 ◆ミリア90%(13日目)

 2日前、狩りからギルドに戻って来たリンさんに、翌日の予定を尋ねると、午前中はギルドの訓練場にいると言ってくれた。毎日、顔を合わせるだけでも私の心は幸せが澄み渡って行く心地だというのに、長い時間、ギルドに滞在してくれるなんて。幸せで表情筋が抑えられない。


 せっかくリンさんが昼までギルドにいてくれるというのだから、お昼を一緒にしたい。私は急いで手筈を整えた。


 お昼を作って、訓練の終わったリンさんと一緒に食べる。想像するだけでも、幸せが溢れてくる。普段は高くて食べない白パンを注文して、閉店間際の店に駆け込んでサンドイッチの材料を手に入れる。無理を言った為に、そこそこの手数料がかかってしまったけれど、リンさんとの食事のためには大したことのない出費だ。


 翌日の午前中の仕事を、早めに出勤することで出来るだけ片付けて、開店直後の冒険者ラッシュを捌く。途中でリンさんが私に目配せしてくれた。お仕事頑張って下さいね、という応援のメッセージだ。嬉しくて頬が緩んでしまう。


 最後に、ジェーンさんにサンドイッチを分けてあげることで交渉は成立した。これで誰も私達を邪魔することはできない。下準備を全て終えて、リンさんの訓練にお邪魔する。


 訓練場に付くと、今更になってリンさんに声をかけるのが恥ずかしくなって、私は壁の横から覗き見るようにしてリンさんの様子を探った。


 じっとりと汗をかき、軽く息を乱しながらも、ひたむきに訓練に耽るリンさんの姿がそこにあった。


 目にした瞬間に胸が締め付けられるような苦しい気持ちになって、少しの間呼吸を忘れる。


「はぁ……」


 止めた呼吸を回復させるために溜息が漏れる。


 しばらく眺めているとリンさんが私の視線に気づいた。


「ミリアさーん!」


 今日初めて聞いたリンさんの鈴を転がすような澄んだ声が、私の耳を通って、頭の中に染み渡る。少し余韻に浸った後に、リンさんの訓練の邪魔をしてしまったことを後悔した。


 リンさんに無礼をお詫びする、リンさんは気にしなくていいと軽く手を振ってくれた。


 その後は、側にある休憩用の長椅子に座って、思う存分リンさんを眺める。

 眺めていると、リンさんは先ほど行っていた練習を止めて、少し考えるような素振りをしてから、別の練習に切り替えた。


 標的に走って近寄って掌底を当て、距離を取ってからまた急いで近寄って、今度は蹴る。それを繰り返す。そういうことですか。リンさんは小柄で可愛らしくて、素早い動きを得意としているみたいだから、その長所を訓練しているですね。毎回同じ動きではなく、少しづつ変化を加えている様子ですし、さすがリンさんです。


 ですが見ているうちに、もう少しこうした方が、あそこを直せばと老婆心が湧いて来てしまった私は、つい口を出してしまい、またしてもリンさんの訓練を邪魔することになってしまった。


 私は悪い女だ。


 そんな私にリンさんは教えて欲しいと、小さな可愛らしい頭を下げてくる。


 こんな私でも、リンさんの力になれるのならと、私はリンさんに、簡単なアドバイスをする。リンさんが指摘を受けて、すぐに動きへ取り入れた。嬉しいことに、私の指摘を受け入れてくれたことで、リンさんの動きが先ほどよりも明らかに変わった。リンさんのお役に立てた。なんの取り柄もない私が。


「すごいですミリアさん!」


 リンさんが褒めてくれる。この人は、私が欲しいものを的確に、無自覚に与えてくれる。ずるい人だと思う。


 どうやら、リンさんは私のアドバイスが発端になって、私の経歴に興味を持ったようだ。


 話すのは構わないのですが、ひとまずはせっかく作ったサンドイッチが痛んでしまう前に、食べてもらいたい。リンさんが気に入ってくれると嬉しいのですが。




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