第27話 膝枕(13日目)

 わたしは今、ミリアさんと一緒にお昼ご飯を食べている。


 ミリアさんのお昼ご飯はサンドイッチだ。なんと!黒パンじゃない!前世でよく見慣れた白くて柔らかいパンだ。こっちの世界では白パンは高価で、一般家庭ではほとんど食べられないようだが、どうやって調達したのだろうか。そもそもピクニックバスケット持参で職場に来るなんてどこのお嬢様だ。


 それに比べてわたしのお昼はお昼と言えるような物じゃない。なんの処理もしていない林檎もどき1つ。女子力の差を感じる。並べると余計に。


 わたしがしゃくしゃくと虚しく林檎を齧っていると、ミリアさんがおずおずとサンドイッチを差し出してくる。


「食べますか?」


「いいんですか!」


 恵んでくださるのですか、聖女様!

 食い気味に聞くと、ミリアさんがくすくすと笑いながら言う。


「少し多めに作ってしまいましたし、構いませんよ、口に合うといいのですが」


 ありがとうございます。女神様!

 貰って、口にする。


 おお。


 これはサンドイッチだ。間違いなく。


 この柔らかい食感、懐かしい。こっちにきてからずっと、ずーっと硬いパンばかり食べてきた。この、顎に優しい柔らかさと、唇だけで噛み切れるようなふんわり食感。素晴らしい。パンの内側両面にはしっかりとバターが塗られているのだろう。パンに水分が染み込まないからべっちゃりしていない。前世では当たり前に食べることができて、今世では諦めていた味がここにある。

 そしてサンドイッチの具。レタスのようなシャキシャキの葉物と、塩味の濃すぎないハム、そしてなんとタマゴペースト、つまりこの世界にはマヨネーズがあるということだ。今まで見たことも食べたこともなかったのにこんな汗臭い訓練場で出会うことになるとは思いもよらなかった。涙が出てきた。


「えっ!ちょっと辛かったですか!?」


 違う、違うんです。


「お”い”じいいでず!」


 泣くつもりなんてなかった。だけど、溢れてしまった。

 懐かしさに、美味しさに、これまでの生活での苦労や不満が沸々と湧き上がってきて、抑えようにも抑えられず、涙になって溢れてしまった。


 醜態を晒すわたしを、ミリアさんは慌てながらも、優しく頭を撫でてくれた。

 その後、貪るように泣きながらサンドイッチを食べるわたしを、いつものようににこにこと聖母の微笑みで見守るのだった。




 わたしは今、ミリアさんに膝枕をしてもらっている。


「落ち着きましたか?」


 壊れ物でも触れるかのように、柔らかい、優しい手つきでわたしの頭を撫でる。


「はい、すみませんでした。膝枕までしてもらって。重くないですか?」


「構いませんよ、リンさんは小柄で軽くて、心配なくらいです」


 赤ちゃんを寝かしつかせるような甘い声で囁く。耳から入ってくる音が心地よい。


「そういえば、わたしの経歴を知りたいということでしたね」


 それから、ミリアさんは私に言い聞かせるように語り出した。


 ミリアさんは、王都ベイルティアの生まれらしい。


 地方を治める貴族の父親と、王都にある別邸の、使用人との間に生まれた。いわゆる庶子というやつらしい。


 父親はミリアさんに対して無関心で、正妻からも特に当たりが強いということはなく、かなりの高待遇で幼少期を過ごしたという。さらには、王都の教育機関にも入学することができた。武術の心得は、学院の学科で勉強する機会があったので、そこで覚えたらしい。入学してから15歳で卒業するまで、自分の立場に似合わないような生活をしていたという。

 だが卒業間近で、母親が病気で亡くなってしまい、それ以降は父親からの支援も途絶えてしまった。幸いにも当時すでに王都の冒険者ギルド本部に就職が決まっており、職員寮での生活に切り替わっていたために、食べるのに困ることは無かった。

 本来は1年の研修期間の上、王国内の支部のどれかに配属される予定だったが、マリスラで受付係の人員不足が発生した。当時は3人いた受付係の内、2人が続け様に退職してしまった為、着任2年目のジェーンさんだけでは回らない状況だったという。その為研修期間を半年で完了とし、急遽マリスラへの着任が決まったという。それからは6年間、マリスラから外へはほとんど出ていないし、父親との関係も完全に消えてしまったそうだ。


「職員以外の方と食事をするのも、マリスラに来てからは初めてになりますね」


 わたしの頬を撫でたり、軽くつねったり、髪の毛を指でくるくる弄りながら、嬉しそうに話す。


 せっかく、ミリアさんのことを話してもらったのに、わたしは自分のことを何1つ話せないのが、心苦しい。


「家から追い出されるような形になってしまったのは、悲しかったですか?」


 わたしは何を聞いているんだろう。悲しかったに決まっているのに。


「そうですね、金銭や学業的な待遇は身に余るものでしたが、父親にも、母の同僚たちにも優しく接してもらったことはありませんでした。いないもののような扱いでしたね。だからと言ってそれに文句があるわけではないですよ。ですので、母が亡くなった時は悲しかったですが、屋敷に関しては特に思い入れもありませんでした」


 強い人だなと思う。わたしは両親が亡くなってしまった時、半年くらいは無気力な日々が続いた。ただでさえわたしは容姿が特殊なので、前世の日本の学校では浮いてしまい、周りに溶け込めないことが多かった。両親はそんなわたしの唯一の理解者で、心の支えだった。


 ミリアさんも寂しかったんだろうな。


 わたしは腕を伸ばしてミリアさんの柔らかそうな髪に手を伸ばす。届かない。


「頭を下げてください」


「どうしたんですか?」


「ミリアさんを褒めてあげようと思って」


 目を点にして驚いた後、にっこりと笑う。


「ふふ、じゃあ、お願いします」


「頑張ったね、偉いぞ」


 柔らかい錦糸のような金色の髪がサラサラと指の間を抜けていくのが気持ちよくて、わたしはしばらくの間、その感触を味わうのだった。



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