第26話 訓練場でミリアさんと(13日目)

 今日はお昼まで訓練場で格闘術の練習をする。


 午後は、洗濯して部屋で休もう。天気もいいし夕方には乾くはずだ。


 1日の予定をざっくり決めて、ギルドへと向かった。


 いつもよりちょっと早めに着いたので、ギルドが冒険者で混み合っている。毎朝こんなに人が来ているなんて知らなかった。ミリアさんたちは朝から忙しそうに冒険者を捌いている。


 ミリアさんと目があったので、訓練場を使いますとジェスチャーで合図すると、理解してくれたみたいで小さく頷いてくれた。窓口が忙しい時は、後から報告してくれれば使用しても構わないと、前に言ってくれていたので問題ないだろう。


 訓練場の個人スペースに進む。適当な杭を見繕って、その前に立つ。


 さて今日は、どういった訓練をしようか。


 何にも考えずに杭を殴ったり蹴ったりしても、姿勢などは身につくかもしれないけど、あんまり意味はなさそうな気がする。


 私は敏捷と技術が高くて、筋力が低いわけだから、相手の攻撃にカウンターを当てるような形の方がいいかもしれない。


 備品からちょうど良さそうな木人を見つけたので、頑張って広い場所まで引きずってくる。当たり前だけど打撃に対して簡単に倒れないような設計になっているため、結構重い。


 木人は、大きな杭が1本立っていて、そこから肩の高さの位置から横に1本、腰くらいの位置から横に1本、木が飛び出ている。おそらくパンチやキックに見立てているんだろう。

 この上の横棒を左手で右側にいなして、右パンチを避けるように左側に逃げながら、右手で木人のお腹を殴るイメージでやってみよう。実際は相手もわたしも剣とか持ってるかもしれないけど。

 飛び出た棒を、左手でいなして、左側に逃げながら、右手で殴る。一通りの流れはできた。でも、右手の甲が痛い。当たり前だ、わたしは素人なので人や物の殴り方を知らない。

 これ、拳じゃなくて掌で殴った方がいいんじゃないか。拳を痛めないし、よくバトル漫画とかの太極拳とか使うキャラが掌で殴ってるし、そうしよう。


 とりあえずこれを30回やってみよう。左手で払って、右手でどん。左手で払って、右手でどん。繰り返していく。左手で払って、右手でどん。少しずつ、左手の軌道を意識したり、払ってからの動きの流れを早くしたりする。何回もやっているうちに、こうした方が良さそうだなっていうのがわかってきて、それを意識しながらやってみる。多分相手の肘あたりを狙えば、受け流しやすそう。楽しくなってきた。スキルの効果なのかはわからないけれど、明らかな上達が感じられて、やりがいがある。


 30回終わったところで、じんわりと汗をかいているのがわかった。そんなに時間はたっていないはずだけど、いい運動になる。次は右手で左に受け流して、左手で殴る。さっきとは真逆のパターンだ。


 そうやって、何回か2パターンを繰り返していると、ふと視線を感じた。見やると、壁の影で隠れるようにしてミリアさんがこっちを見ているのに気がついた。


「ミリアさーん!」


 手を振って挨拶する。

 ミリアさんが近寄ってくる。何やら気まずそうにしている。


「すみませんリンさん。熱心に練習されているところを邪魔してしまって」


 ああ、そういうことですか。別に気にしなくてもいいのに。


「いいんですよ、あれ、ミリアさんお仕事は大丈夫なんですか?」


「今日は事務作業もあまりなくって、午前中は好きにしなさいってジェーンさんに言われてしまいまして。なのでリンさんの様子でも見てみようかなと。私のことは気にせずに、続けてくださって構いませんよ」


 そういうと、ミリアさんはそばにあった椅子に座って、ニコニコしながら私を眺める。


 なんだかすごいやりづらい。でもまあ気にしてもしょうがないので、訓練を続けよう。


 先ほどの型はあれでいいとして、別の練習を考えよう。

 今度は受けてからの反撃じゃなくて、こちらからの攻撃を考えてみる。わたしの強みは高い敏捷なので、ヒットアンドアウェイの練習とかいいんじゃないだろうか。近寄って掌底、離れて、また近寄って蹴り。これを繰り返して距離に合わせた間合いの詰め方なんかを練習してみよう。


 近寄って掌底、距離をとって、また近寄って今度は蹴り。これを繰り返す。近寄る際の1歩毎の距離を短くしたり長くとったりしていろんなパターンを試してみる。


「姿勢を低くした方がいいですね」


 ミリアさんからアドバイスが飛んできた。ギョッとして振り向くと、ミリアさんが口に手を当てて失言を誤魔化すような素振りで言う。


「すみませんつい口が滑りました」


「いえ、悪いところがあるなら教えて欲しいです。素人なので」


 意外だけど、ミリアさんが格闘術に詳しいなら教えて欲しい。本当にわたしは素人なので。


「ええと、そうですね、相手からしたら小柄で、素早く動き回るリンさんは厄介だと思いますので、向かっていく時も姿勢を低く維持しながらの方が、よろしいかと」


 なるほど、一理ありますね。


「ちょっと試してみます」


 姿勢を低くするのを意識しながら、先ほどの動きを繰り返す。なんだろう、少しばかり間合いを詰めるスピードが早くなったような気がする。姿勢を低くする分、先ほどよりかは走りづらいのだけれど、風の抵抗が減ったし、前のめりになっている分、瞬間速度が上がったような気がする。


 指摘される前よりも明らかに攻撃頻度が増えたのがわかる。


「すごいですミリアさん!」


「いえ、たまたまです」


 ミリアさんが照れながら言う。


 たまたまなんだろうか。もしかしてミリアさんって戦える受付嬢?かっこいい!


「ミリアさんは、武術の心得とかある人なんですか?」


「ええ、まあ手慰み程度には修めていますね」


「そういえばミリアさんて、受付嬢になる前は何をされていたんですか?」


 これまで事務的な話ばかりで、あまり深掘りできていなかったし、この機会にミリアさんのことをもっと知りたいと思う。ミリアさんが良ければだけれど。


「そうですね、お話ししてもいいのですが、その前に、休憩にしませんか?」




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