第25話 東南の森で練習(12日目)

 今日はスライム相手に雷魔法の練習だ。


 いつものように東門へと向かう。途中で商売上手な串焼きおじさんから2本購入して、その場でいただく。昨日シープを狩ったせいか、お腹がシープのお腹になっていたから。


 串焼きを食べた後は、果物屋のおばさんが林檎もどきを売っていたので挨拶して、3個ほど買った。1個だけ食べて残りは取っておく。ポーチに入れておけば空気に触れないから長持ちするし、お腹が空いた時に摘もう。


 東門に着くと、いつものようにサーティスさんが立番をしている。この人いつ休んでいるんだろう。夜勤の時ってないのかな。


 挨拶して、一言二言会話してから、森に向かおうとすると、サーティスさんに呼び止められた。


「あー、やっぱりなんでもない、悪かった」


 なんだろう。まあ気にしても仕方がないので、気を取り直して森へと向かう。




 森に入って、気配察知でスライムを探す。


 少し奥に行ったところで、狙い通りスライムを発見できた。


 今回は、雷魔法の威力検証が主な目的だ。雷魔法は射程が短いので、ある程度近づく必要がある。1回目はとりあえず奇襲で距離を詰めよう。近寄りきる前にスライムに突進されても、レベルが上がって防御力が倍以上になった今なら、おそらく問題ない。


 スライムの察知範囲ギリギリまでにじり寄ってから、雷魔法を左手に溜めるイメージをする。ある程度溜め切ったと感じたところで、一気にスライムへと走り寄る。


 スライムがこちらに気づくが、動揺しているのか身動きを取らない。わたしはさらに距離を詰める。以前と比べて敏捷も上がっているし、今は《走術》も使用している。余裕を持って3メートル以内まで近寄った。


 左手の魔力を、スライムに向かって放つ。


 ジッ、バチッと細い線が走り、スライムに当たった。


 スライムから黒い煙が一瞬だけ立ち上り、そのまま動かなくなった。目論見通り倒せたようだ。


 一息ついて、スライムから魔石を抜き取った。


「剣を使わなくても、スライム程度なら1発で倒せる火力はあるみたいだね」


 魔力を消費してしまうので、スライム相手に使うのは効率が悪いから、相手を選ぶことにはなるだろう。そうなると、使う局面が限られてしまう。


「近距離戦での牽制とか、打撃や斬撃に乗せるのが、使い道かな」


 そうなると、新たにスキルが欲しくなる。


 現状、わたしは、《体術》、《走術》で身のこなし自体はかなり強化できている。だけど筋力がおそらくは常人の半分程度の基礎値で、レベルアップでの上昇値もお察しだ。


「《格闘術》が欲しいな」


 ウィンドウを開いてスキルを確認する。


《格闘術》

 殴る、蹴るなどの肉体を用いた戦闘動作の効果が増加する。


 相変わらず大して参考にならないスキル説明だ。頭突きは判定に入るのだろうか。絞め技はどうだろう?素手は痛いからグローブはめたら判定されませんとか言われたらキレる。


「でもまあ、取っちゃうけど。っとその前にビフォーアフター確認しないと」


 適当にその辺のギリギリ折れそうにない木の幹に蹴りを入れる。うん、折れない。


「スキル取得っと。そんでもってもっかい蹴る!」


 一瞬の抵抗の後に、鈍い音を立てて木が倒れる。一応、スキル取得による効果は感じ取れる。


「ブーツがOKならグローブもOKでしょ」


 これで投擲術と合わせて、遠近の両方である程度の攻撃能力を手に入れた。


 後は格闘術に慣れるために、対人での訓練がしたいところだ。スライムじゃ背丈が低すぎて蹴りしか入れられないしワンパンで沈みそう。


 訓練所の木人とか、太めの杭とかで練習するしかないかな。それでも足りなければ、組み手相手を募集しよう。その場合は雷魔法は使えないけど、今のところ手加減がわからないし。


「よし、今日のところは残り魔力18の内、15まで使って雷魔法の練習をして帰ろう」


 その後は、脚に雷を纏わせて蹴ったり、足から雷を放出したり、水魔法と同時発動したり、剣に纏わせて投げたりした。剣に纏わせるのは、投げたのと同時に魔法が途切れて成功しなかった。


 


 ◼️◼️◼️




 帰り道、サーティスさんに挨拶して町に入ろうとすると呼び止められた。


「嬢ちゃん、ヴェニーの件で話があるんだが」


「ヴェニーがどうかしたんですか?」


「まあ、あいつの話なんだが、嬢ちゃんの話でもあるんだ。……嬢ちゃんは旅人だろう?いつまで町にいるつもりなんだ?」


 わたしの予定とヴェニーくんがどう関係してくるんだろう?


「うーん、まだはっきりとは決めていないですけど、金貨であと40枚くらいは溜めたいので、1ヶ月以上はかかりますね、2ヶ月はいないと思います」


 旅先でお金を稼げる当てがないので、とりあえず安心できる金額としてそのくらいは必要だろう。どこに行くのかもはっきり決めていない。王都方面か港湾都市のどちらかだ。


「そうか……ヴェニーなんだが、あいつがもし嬢ちゃんについて行くって言ったらどうする?」


 え、それは想定外だ。


 ヴェニーくん、本気で専業冒険者になるつもりなのか。


「私は、ヴェニーはこの町で冒険者をずっとやっていくものだとばかり思っていたんですけど。まあ、今は臨時パーティも組んでいますし、嫌な気はしないですね」


 それを聞いて、サーティスさんは渋い顔をしながらも口を開く。


「あいつには言わないで欲しいんだが……あいつは本当は宿屋をやりたいんだと思う。冒険者じゃなくってな。でも俺が親父の遺言で宿を継ぐことになっているから、身を引いて冒険者になったんだ」


「遺言の話は、初めて会った日にヴェニーくんに教えて貰いましたね。宿屋をやりたいとは言わなかったし、身を引いたとも言わなかったけれど」


 ただ、明らかに態度が空回りしていたから違和感を覚えた。わたしもその話を聞いて、本当は宿屋をやりたいんじゃないかなと思った記憶がある。


「あいつは今でも、冒険者になるのと宿屋になるのを天秤にかけて悩んでいると思う。実を言うと俺は、親父の遺言なんか無視していいと思っている。俺には兵士の方があっていると思うし、親父も俺だろうとあいつだろうと、宿屋が維持、大きくできれば恨まないだろう」


 まあ、そうだろう。遺言なんて無視してしまえばいい。

 極端なことを言えば、誰も宿屋を継がなくたっていい。


「そんなところに嬢ちゃんがきて、言っちゃなんだが同じ新人冒険者同士、それなりに仲は良くなっただろ?あいつが宿屋に完全に踏ん切りをつけて嬢ちゃんについていっても仕方がないんだが、俺は宿屋を継いで欲しいと思ってる」


 ……うーん。


「……それで、わたしにどうして欲しいんですか?」


「嬢ちゃんには、付いていくのを断ってほしい」


「嫌です」


 断固として拒否する。

 サーティスさんが意外そうな顔をする。


「……どうしてだ?やっぱり嬢ちゃんもあいつのこと……」


「違います。自分の知らないところで、自分の行き先を決められるのがわたしは嫌いなので、同じことを人にしたくないんです。サーティスさんは遺言で決められて今迷惑してるんじゃないんですか?ヴェニーだって」


「っあ、それ……は……」


 唖然として、言葉が出ないようだ。

 自覚が無かったようだから仕方ないと思う。

 家族だからこそ、ヴェニーくんの気持ちを思うばかりに、空回りしていたようだ。


「ヴェニーが悩んで苦しむのは可哀想ですけど、仕方がないです。まずは彼と話し合って、サーティスさんが宿屋にこだわりがないことを説明するべきです。その上で彼がわたしと一緒に行きたいと言うのなら、そこでわたしも初めて考えます」


 受け入れるとは言わない。わたしは秘密が多いんだ。悪い気はしないけれど。

 ……わたしも、悩む必要があるかもしれない。


「ああ、嬢ちゃんの言うとおりだ。悪かった、ありがとう。少し頭を冷やすよ」


 もう大丈夫だろう。ヴェニーくんが一番望む未来に向かって、進めればいいな。

 わたしはギルドへ向かった。




 ◼️◼️◼️




「リンさん、明日はどのようなご予定ですか?」


 ギルドでいつものように魔石の売買を終えると、ミリアさんに問われる。


「そうですね、しばらく働きっぱなしだったので、少し休もうかと思ってました。でも朝からお昼までは、訓練場で鍛錬しようかなと思ってます」


 一張羅の洗濯をしなければならない。大事なことだ。


「そうですか、わかりました。ありがとうございます」


 それだけ言って、会話が終わってしまった。

 なんとなく聞き返さずに、挨拶だけして、その日は宿に戻った。





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