第24話 ◾️ヴェニー65%(11日目)
2匹分の解体が終わって、一息吐こうとしたところで、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。
リンと2人して音の方向を見やると、白い塊がこちらに向かって土煙を上げながら徐々に近づいてくるのが見える。アサルトシープの群れだ。
「一応、警戒しておいてね。群れを釣ってしまう可能性もあるから」
リンがいつのまにか手にしていた石ころを持って、俺に注意を促す。仕草で了承を示すと、俺たちの目の前に差し掛かった群れに対して、大きく振りかぶって石を投げる。
腕を振った瞬間に、ぶん、と風を切る音が聞こえた。
投げた石は直線軌道でシープに命中する。シープは宙を舞ってから、群れの中に落ち、姿が見えなくなった。
その後も、最初の1回を含めると全部で6回、石を投げてその度にシープが宙を舞う。
群れが通り過ぎた後に、残された死体を確認し、1箇所に集めた。シープの死体を眺める。
全て頭に命中している。
おそらく、後続の群れに轢かれるとかは関係なく、即死だろう。石が突き刺さっているものもあれば、半分消し飛んでしまっている死体もある。
これをリンがやったのか。
位階が上がったから出来るようになったのでは?なんて軽く言ってくれるが、威力もそうだが、命中制度が凄すぎる。弓の立場がないだろうこれでは。
遠距離でシープを狩る手段を考えなければならなかった。リンがどうやって狩るのか、参考にしようと思っていたが、俺には真似できそうもない。
まあ、他にも方法はありそうだけどな。
◾️◾️◾️
リンが追加で狩った6匹の解体を終えてから、帰路に着く。
ギルドについて、魔石の買取を頼む。やり取りはリンに任せた。何やら受付のミリアさんと仲がいいみたいだし、俺は邪魔だろう。
魔石の後に素材買取の手続きを済ませると、ランクアップについて先触れを出された。俺もリンも、F級になれるようだ。良かった、置いていかれるんじゃないかと心配だった。
リンが喜びを露わにして俺にハイタッチを要求する。悪い気もしないしノリを合わせておこう。周りの目があるし少し恥ずかしい。……なぜだかミリアさんが俺を睨んでいるような気がするが気のせいだろう。
その後は素材買取窓口で金を受け取って分配する。2人で等分したが、それでも金3、銀4、銅5で、これまでと比べてかなりの稼ぎになった。毎日スライムを30匹近くも狩って、金貨1枚程度を稼いでいたのが馬鹿みたいになる。
リンにパーティの提案をされた。3日に1回だけど俺に取ってはかなり嬉しい提案だ。稼ぎも、リンと一緒にいる時間も増える。リンのメリットが薄い気がしたが、構わないというので甘んじて受けた。
その後、新しくなったギルドカードを受け取った。ランクアップによって、E級までの依頼を受けることが可能になった。
元々掲示板に目は通していたけれど、今まで依頼を受けることはなかった。自身がなかったというのが一番の理由だ。だがF級に上がったということは、ギルドから一定の評価をしてもらっているということになる。そろそろ、依頼にも手をつけて行くべきだと思う。そこで俺の、今後の覚悟が問われるような気がする。
リンはこの後用事があるそうだから、ここで別れた。俺も今朝、ホミィに呼ばれていたことを思い出したので、都合が良かった。
武具屋に向かって、丁稚の少年にホミィを呼んでもらうように頼む。丁稚は嫌そうな顔をしながら、ホミィを呼びに行った。程なくして、後ろ手に何かを隠しながら、ホミィがやってきた。
「それで、なんの用事なんだ」
俺が聞いても、なんだかはっきりしない様子で、もじもじしながら、言い淀んでいる。俺が再度促すと、隠しているものを俺に押し付けてきた。
「あげる」
顔を伏せているのでホミィの表情がわからない。
押し付けて、ホミィが離れる。
「何これ。って、盾じゃん!」
押し付けられたのは、丸型の小楯だ。今朝俺が、見ながら購入を悩んでいたものと、同じような。
土台は木製のようだ。だけど、丸い部分は全面に皮が張ってあって、その上から外周の縁の部分に、重ねて別の皮が縫い付けられている。強度は十分あるだろうし、皮をふんだんに使っている割に軽い。俺でも問題なく扱える軽さだ。
今朝俺が店で見ていたものと同等か、いや、素材の質を見ればそれ以上の……。
「こんな立派なもの、貰えねえよ」
「端材で作ったやつだからいいの」
端材?受け面に貼られた皮は途切れていないし、どの部分に端材を使ったっていうんだよ。
「……これ、ホミィが作ったのか?」
昨日今日、作ったものじゃないのはわかる。
今朝、俺を呼び出す前から作っていたもののはずだ。
「うん」
「金は払うよ、いくらだ」
「アタシは半人前だから、代金は貰わない」
「そういうわけにはいかないだろ」
金の他に、返せるものがないんだ。俺には。
「それなら、金貨1000枚に負けてあげる」
ホミィが顔をあげる。少し赤くなった頬には、いつも通り、黒い煤がついている。
「借金だよ。払い切るまで、死んじゃダメだし、町から出ていけないね」
重すぎる借金に、俺の肩が潰されて死んでしまいそうだ。
礼を言って、その後、二言三言会話を交わして、俺はその場を後にした。
わかったとは、言えなかった。
◼️◼️◼️
あの流れで、貰ったその場で盾の試着をする勇気は俺にはなかった。
仕方がないので家に帰ってから、あれこれと付けたり振ったりして、使い勝手を確かめる。
「やっぱり軽くて降りやすいしいい盾だな」
持ち手のグリップも、腕に固定するベルトも、ほとんど調整する必要がない。
まるで初めから俺のために作られたような。
「……重いな」
作った人間、理由を思うたび、盾のその軽さとは裏腹に、地面に縫い付けられるような重さが感じられて苦しくなる。俺は今後、この盾を意識するたびに、この重さに縛られるのだろうか。
どうしろってんだよ。
どうするのが正解なのか、誰か教えて欲しい。
冒険者をやめて、武具屋に婿入りするか?
兼業冒険者をやりながら、兄貴と宿屋経営か?
リンと一緒に専業冒険者か?
どれを選べば、俺の一番の望みを叶えられる?
吐きそうだ。
しばらく頭を悩ませた後、どうにもならないと諦めた俺は、飯を食いに部屋を出た。
リンと飯を食っている間は全てを忘れられる。いつか冷めてしまうけど、今はこのぬるま湯の心地よさに、身を委ねよう。
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