第23話 ◾️ヴェニー60%(11日目)

 いつもより少し早く家を出る。狩場が遠いということもあったが、今日は武具屋を確認したかった。


 前から、身を守る方法として、軽めの盾があればという思いはあった。悩んでいるうちに、スライムを安定して倒せるようになったため、優先順位はいつの間にか下がっていた。


 しかしいつまでもスライムだけを狩っているわけにも行かない。もっと上のランクの魔物の方が、ギルドに素材買取して貰えるため割りが良い。スライムは数が狩れるけれど、買取部位が無いため、魔石しか売れない。1匹当たりの稼ぎが少ない。


 ランクが上の魔物を狙うようにようになれば、当然危険も増える。しかし防具があれば、致命傷を受ける危険は下がるし、受けてから反撃に転じるきっかけになる。


 改めて今、盾の購入に関して検討する必要があった。だが……。


「最低でも金貨5枚が相場か」


 一番安い、丸型の小楯を眺める。

 元々、騎士が戦場で使うようなタワーシールドなどの大きなものが欲しかったわけではない。自分の体格や戦闘方法に合わないし、不相応だ。使うのであれば、小型のバックラータイプのもので、左手で持って攻撃を逸らしたり、そのまま殴ったりして、反撃の起点にするつもりだった。小さくて丸型のためか、大型の盾に比べて安いというのも理由になる。


 だが、一番安い丸型の小楯でも、それなりの値段がした。今自分が持っている、この店で買った金貨3枚の短剣よりも高い。買えないことは無いが、ほぼ全財産だ。


「やっと防具を買う気になったの?」


 盾を眺めながら顎に手を当て悩んでいると、見知った知り合いから声をかけられた。幼馴染のホミィだ。相変わらず、朝から顔を煤で黒くしている。


「そうなんだけど、予算の都合がな。負けてくれ」


「アタシが作ったものじゃないし、負けられるわけないじゃん」


「ホミィが作ったものなら負けてくれるのか?」


「店に出せるようなものを作れる腕はまだない。悔しいけど」


 苦い表情で、言い捨てる。どこの家も後継は大変だな。


「……ヴェニーはまだ、冒険者を続けるの?他の仕事じゃダメなの?」


 心配してくれているのだろう。俺が首を振って否定すると、続けてホミィが続ける。


「ヴェニーが宿屋をやりたがっているのは知ってるよ、ちっちゃい頃言ってたじゃん。町で1番の宿にするんだって。サーティスさんが継ぐにしたって、2人でやればいいじゃない。それに後継なのに今は兵士をやってるのはおかしいよ」


「子供の頃の話だ。2人でやるにしたって、母さんと、兄貴と俺の3人。いずれ大きくなるにしても、今の規模で宿屋をやっても食っていけないよ。部屋数と客の入りを考えるとな。そのくらいは、俺にだってわかるんだ」


 兄貴か俺か、実家以外の稼ぎが必要で、親父の遺言では兄貴は宿に戻ることになっている。


「兄貴だって兵士で遊んでいるわけじゃない。稼ぎは家に入れてくれてるんだ」


 だから文句は言えない。妬ましい気持ちはあるけれど。


「じゃあ、兵士をやっているサーティスさんみたいに、冒険者をやりながら、宿屋もやっていけばいいじゃない。今みたいにずっとさ。それなら誰も文句言わないよ」


 ホミィは何だかんだ理屈を捏ねようとするが、最終的に俺にどうなって欲しいのかは、なんとなくわかっている。


 俺が町から出て行くのが嫌なのだ。


 俺の自惚れじゃなければ、ホミィは俺のことが好きなんだと思う。だから、俺を町に引き止める。


「それだと、俺が納得できない」


 俺は兄貴と宿屋をやりたいんじゃない。


 俺は俺だけの店が欲しいんだ。


 欲が深いと言われるかもしれない。でも譲れない。


 ホミィの好意は嬉しいし、俺だってその気がないわけじゃない。その先を考えたことだってある。でも、鍛冶屋の後継の娘と、将来的にどうしても自分の店を持ちたい宿屋の次男の、着地点はどこにあるだろう。誰が諦めれば、丸く収まるのか。


 ……いいかげん、買いもしないのに長居しすぎた。狩場に行こう。今日はシープの狩場を確認する予定だ。やれそうなら、今日からでも稼ぎたい。


「じゃあな」


「待って!夕方また店に寄って!」


 俺の前に立ち塞がって、縋るように引き止める。


「何でだよ、今じゃダメなのか?」


「夕方じゃなきゃダメ、来たら声かけて」


「わかったよ」


 何の用事かわからないが、遅くならない程度に帰ってくればいい。




 ◼️◼️◼️




 シープの狩場に着くと、何やらパーティが横並びにポツポツと、広範囲に渡って点在している。


 様子を見ながら西へ歩を進めると、しばらくして、ここ最近で随分と見慣れた、リンの姿を見つけた。


 また髪型が変わっている。最近では、髪型が変わるのが待ち遠しくなっている自分に、気がついていた。


 前に、母さんと髪を弄って遊んでいる姿を見た時に、聞いたんだが、あれはおさげというらしい。背中まである長い髪を2つに分けて前に流して縛っている。そこに眼鏡を掛けて一見地味な印象なのに、不思議な華やかさと、町娘のような素朴さが、よく似合っている。


「おはようヴェニー、町の外で会うのは初めてだね」


「おはよう、奇遇だな。……あー、似合ってるぞ」


 結局、華やかだ、素朴で似合ってる。なんて言葉は口にできず、いつもの言葉のみで褒める。だけど何を言われたのかわからないのか、首を傾げている。


「髪型、似合ってるぞ」


 具体的に言わないと、褒めたことに気づいてすらもらえないのか。言葉が足りないと叱られているみたいで、ほんの少しイラつく。


「ごめんごめん、ふふっ、ありがと」


 蒸し返されても、俺が困るだけなので、やんわりと流す。


 見やると、リンの足元には、猫くらいのサイズで、角のあるシープの死体が2つ並べられている。今の今までリンの狩りの姿や、実際に魔物を狩っているところを見たことがなかった。今日はそれを見れるかもしれない。


 それに、少し安心した。

 こんな華奢な女が、俺が初見で惨めにも逃げ出したスライムを相手に、戦っている姿を想像するのが難しかった。でもこうやって獲物の死体を目の前にすれば、戦える力を持っていることがわかる。


 その後、いくつかやり取りをして知ったが、どうやらシープは群れでここを通って行くらしく、どうにかして群れの中から釣り出して狩るのが、この狩場の特徴らしい。


 どうやら、この狩場では遠くからシープを攻撃する手段が必要なようだ。リンはそういう手段を持っているみたいだ。俺にはない。逆にリンは解体することが出来ないということで、2人で臨時パーティを組んで、シープ狩りに取り組むことになった。


 誰かとパーティを組むのは俺もリンも初めてだ。お互いに若いし、冒険者に伝手がないからな。


 おそらくは、定期的に群れがここを通り過ぎるのだろう。他のパーティが大きく動く様子がないのを見て、そう取った俺たちは、まずはリンの狩った2匹のシープの処理をすることにした。俺がシープを処理している間は、リンが解体を眺めながらも、周りを警戒することになった。


 シープを木に吊るして、解体を始める。


 動物の解体なんていうのは、大抵見よう見まねで覚えるものだ。冬の時期が近づくと、豚を殺して、ソーセージなどの保存食を作る。他の町や都市がどうだかは知らないが、マリスラの子は、それを見て覚える。作業を手伝えば、いくらか分前を貰える。リンはそういう経験をしたことが無いようだった。だとすると、解体で気分が悪くなるかもしれない。生きているのを殺すところから始めるのは当然としても、死んだ状態から解体するのだって、見ていて気分がいいものではない。実際に、初めて解体を見学した子どもの中でも、繊細な子は気分が悪くなって倒れるのもいる。


 俺が解体を始めて、皮を剥いで、腹に手を突っ込んで内臓を引っ張り出しても、特に表情も変えずにリンは眺めていた。気分が悪くなるどころか、俺の作業を熱心に見て、手順を覚えようという熱意を感じる。


 新たなリンの側面を知れて、少し嬉しくなった。


 1回目の解体を終えて、リンが水魔法が使えるというので、俺は驚いた。


 魔法なんてのは、俺の周りには存在しない。吟遊詩人や冒険譚でしか聞いたことが無いし見たことなんてもちろん無い。


 他所の町では、当たり前に使われているのだろうか。


 マリスラの町だけしか知らないから俺にはわからないが、いずれ町を出るようになったら、分かるのだろうか。


 リンは、いつ町を離れるのだろう。


 路銀を稼いでいるとは聞いたけれど、目標金額がどれくらいで、今どのくらい貯まっているかなんて、聞いていない。1週間後か、1年後か。


 ……ホミィの気持ちがわかったような気がする。


 ただ、選択肢として、ホミィとの明確な違いがある。


 俺は、その気になればリンについて行くことができる。リンが嫌がらなければ。


 嫌がられるとは、思いたくないし、あまり考えてもいない。まだ10日程度の間柄だが、リンに嫌われているとか、避けられているような感じはしない。むしろ、夕食を毎日のように共にしていることで、仲良くなれている気がする。今もこうしてパーティを組む程度には。


 リンについていけば、リンと一緒にいられる。ただ、俺が今も女々しく抱えているこの町、いや、宿に対しての未練を完全に捨て去る必要がある。


 なるべく長い間、リンにはこの町に留まってほしい。


 俺の覚悟が決まるまでは。


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