第19話 臨時パーティ(11日目)

 近寄ってきたヴェニーくんに声をかける。


「おはようヴェニー、町の外で会うのは初めてだね」


「おはよう、奇遇だな。……あー、似合ってるぞ」


 なんのことだと思って首を傾げると、ヴェニーくんが少し不機嫌そうに言う。


「髪型、似合ってるぞ」


 ああ、そういうことか。

 照れながら言っただろうに、私の察しが悪くて怒らせちゃったか。


「ごめんごめん、ふふっ、ありがと」


「そいつがアサルトシープか?」


 もういいとでもいうように手を振ってから、ヴェニーくんが問う。


「うん、今日初めてここにきたんだけど。なんとか2匹。ヴェニーはここは何回か来てるの?」


「いや、俺も今日が初めてだ。様子見のつもりで来たんだけど。なんか変わった狩り場だな。森から出てくるのか?」


「わたしも最初はそう思ったんだけど違くて、東の方から群れがあのあたりをまっすぐ通るんだ」


 わたしは指を差して群れの軌道を描く。


「それで近寄ると危ないから、弓とかで遠くから攻撃して、群れが過ぎ去ってから回収する感じ」


「なるほどな、ん?それじゃあ俺、狩れないじゃん。弓なんて持ってないぞ」


「わたしは解体ができなくて今困ってるところだよ」


「解体なら多分できるんだけどな……ん?」


 ヴェニーくん解体できるんだすごい!あれ?それなら……。


「いいこと思いついた。ヴェニー、ここに解体前のシープが2匹います」


「おう」


「そして解体のできるヴェニーと、シープを狩れるわたしがいます」


「つまり?」


「臨時パーティー結成というのはどうでしょうか?」


「乗った!」


 かくしてシープ狩り臨時パーティが結成された。




 ◾️◾️◾️




「シープもだけど、森の方にも警戒しておいてくれ、血の匂いで魔物が寄ってくるかもしれない」


 ひとまずヴェニーくんに解体を任せてみる。一応、気配察知を使いながら、解体を見守る。


 まずは森から少しだけ外れているところの木に近づいて、ロープで前脚を括って木に吊るす。

 右手にナイフを持った状態で、左手でシープの前脚2本を掴んで抑え、その状態でシープのお腹にナイフを浅く入れ、切れ目を作った。肉に刃は入れない。そこで脚を離して、切れ目から胸、首、あごにかけてナイフを縦に移動させていく。縦一文字にできた切れ目から、皮と肉の間にナイフを差し入れ、皮を剥がしていく。


「小さくて軽いとやりにくいんだよな、これ」


 同様にして肛門の方に向けてナイフを入れ、少しずつ皮を剥がしていく。

 ある程度お腹側の皮を剥いだところで、脚の関節らしきところにナイフを入れ、足首だけ皮についた状態にする。そこから腹側と合流しながら、背中側に向けて脚の皮を剥いでいく。

 残り3本の足も同様にして、皮が全部剥ぎ取られた。


 皮だけ剥ぎ取られた後の見た目は、スーパーで売ってる鶏肉みたいになってしまった。


「今の手順通りやらなくても、この状態になればいいからな、俺が正しいわけじゃないし。あと、獲物が剣とかで傷ついてたりすると、当たり前だけど皮に穴が開くからこんなに綺麗にはいかないし、皮の素材価値がかなり下がると思う。顔を狙うとか首を落とすのがいいと思う。次に、腹を割いて内臓を出していくんだけど、傷つけると大惨事になるから慎重にな」


 そう言って、肉にナイフを浅く入れ、腹を割いていく。

 その後は、これが胃でこれが肝臓でとか言われたけど、細かいのは覚えられない。長いやつが腸で大きいやつが胃で、後は魔石くらいしか覚えられそうにない。


「本当は内臓もかなり利用価値があるんだけど、ここは解体所じゃなくて外だからな。捨てるしかない。実際、ギルドでも内蔵の買取はしてない。誰も持ってこないらしいし。解体依頼の場合は、いくらか買取金額に入るみたいだけどな」


 肋骨の下あたりで背骨の隙間にナイフを入れ、上と下に切り分ける。後はそれぞれ使い勝手のいいサイズに切り分ければいいみたいだ。


「解体することによる冒険者側の利点は、軽くなるところだな。その分多く持って帰れる。正直、素人の解体した肉や皮を確認していちいち値付けをするのは面倒だろうな。同情するよ」


 うーん。何回かやれば慣れるんだろうけど、大変そうだ。


「血は出来るだけ肉に残らないようにすること。川が近くにあれば、川で血を洗い流せるんだけどな、流しながら解体しても良いし」


「あー、そっか。えっとね」


 水魔法を使えば、いくらか楽になりそうだ。でも使える事を言っても良いのかな。魔法を使えるのが、この世界でどの程度特別なことなのかわからないから今まで誰にも言ってなかった。でも、ヴェニーくんだしいいや。


「私、水魔法使えるよ、洗う?」


「え、魔法使えんのか!すごいな。魔法見たことないんだよ俺。じゃあ肉だけ洗ってくれ、洗った後は布で水気を取るから」


 あ、そんな軽い感じなんだね。じゃあこれからは隠さなくても良さそうだね。


 わたしは水塊を出して、肉の表面を撫でるようにして少しずつ洗い流す。


「すげえ、水が浮いてる。どうやってるんだこれ?」


「頭の中で水の形と、浮かべることを意識しながら、操作する感じかな」


「呪文とか唱えないのか?昔に町で聴いた吟遊詩人の歌で、魔法使いは呪文を唱えてたぞ?」


 呪文とかあるの?そういえば呪文らしい呪文は試したことなかったかも。


「呪文って唱えた方がいいの?そういうの全然知らないから」


「俺も詳しくないからなぁ。周りに使える人もいないし」


「魔法自体は、使える人は使えるって感じなんだよね?」


「あまり頻繁には見ないけど、冒険者ギルドでたまに杖持ってる人いるぜ?魔法使いだろあれ。なあ、どうやって魔法を覚えたんだ。やっぱり、位階が上がったのか?」


 ヴェニーくんが聞きなれない言葉を口にした。


「位階が上がったって何?」


「これも聞き齧りの話なんだけど、兄貴が言うには、魔物を狩ったり、訓練したりすると、気づかないうちに力が強くなったり、動きやすくなったりするらしい。人によっては魔法を使えるようになったり、俺の場合は気配を察知しやすくなったりだな」


 位階っていうのはレベルのことかな。レベルが上がって、SPが増えて、それを気配察知に振ったっていうことだと思う。話ぶりから察するに、私みたいにステータスウィンドウからスキル選択はできないようだ。じゃあどうやって気配察知を取得したんだろ?


「じゃあ多分、位階が上がったんだと思う、気づいたら使えるようになっていたから。ヴェニーはどうやって気配を探るのが上手くなったかわかる?」


「俺は、スライムより先に気配が分かれば、先制攻撃できるのに、って普段から考えてたら、いつの間にか出来るようになってたな」


 ウィンドウの選択じゃなくて、思考でスキルを取得したってことか。この世界の人のスキル取得は大変だな。わたしが便利すぎるだけか。


 話をしている間に、ヴェニーくんの解体作業が終わったところで、シープの足音が聞こえてきた。




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