第14話 ◆ミリア50%(2日目)

 あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!。


 やらかしてしまった。ギルドカードを渡しそびれてしまうなんて、なんて失態だ。


 どこに住んでいるとかも聞いていないから届けようがない。最悪だ。


 唯一救いがあるのは、明日またきてくれるということだ。最低でも明日にはギルドカードを渡すことができる。その時に誠心誠意謝るしかないだろう。


 私は翌日、朝の冒険者ラッシュに攻められながらも、ふと気づくとリンさんのギルドカードの件が脳裏によぎって、気もそぞろになっていた。


 忙しい時間帯を超えて、事務作業を淡々とこなしていると、入り口のドアを揺らして、人影がこちらへ向かって歩いてくるのに気づいた。目を見やると、そこにはリンさん?がいた。


「こんにちは、ミリアさん、図書室を使いたいのですが……」


「えっ、リン様……ですよね?」


 聞いて確認しないと、安心できない。

 服装は昨日と同じだったが、髪型が全く違う。昨日は後ろで編んで短く纏めていたが、今日は高めのポニーテールにして白いスカーフをしている。さらには昨日は掛けていた銀縁の眼鏡をしていない。昨日とは印象が全く違う。昨日は中衛の魔法使いのような印象だったが、今日はまるで軽装の女騎士だ。ミニチュア可憐な女騎士だ、何を考えているんだろう私は。


「はい、リンです。どうかしましたか?」


 リンさんだった。良かった。


「あ、えーっと、あまりにも昨日とは印象が変わっていましたので、気づきませんでした。眼鏡も、髪型も変わっていらしたので……」


「あはは、その日の気分で変えるので。これからも驚かせてしまうかもしれません」


 これから、毎日、こんな気持ちになれるんですか!?


「そうですか、楽しみですね。それに大変よく似合っていますよ」


「ありがとうございます。それでは……」


 ああ、可愛いなあ。ってそうじゃない!


 その後私は、リンさんに昨日ギルドカードを渡し忘れてしまった件で謝罪した。寛大にも、全く怒ることなく許していただいた。ギルドカードと級位、ランクアップによる恩恵を説明した。説明し切ると、何を思ったのか、リンさんが言った。


「昇給して、ミリアさんに専属になってもらって、毎晩お酌してもらうためにも頑張りますね」


 何を言われたのか理解できずに放心している間に、いつの間にかリンさんはいなくなってしまっていた。ちっちゃい女騎士に口説かれた?え、誰が?誰を?誰と?


「ヒュー。ジェーン先輩。今のって告白ですか、そうですよね?そういう人なんですかね?」


「いやあれは無自覚でやってるね、本人は冗談のつもりだよ。その気もないのに周囲に好意をばら撒く、天性の人たらしだからまともに受けとっちゃダメだよ。似たようなことやってた人が最後には刺されて死んじゃったのを知ってる。私は詳しいんだ。いつか傷ついて再起不能になっちゃうよ」


 2人が何やら言っているが聞き取れない、内容を理解するために集中できない。


 しばらく私は『さっきのはどういう意味?』『毎晩お酌ってどういうこと?』と自問を続けることになった。悶々として、仕事に集中なんて、できるわけがなく、ミスを繰り返した。


 それなりの時間が経ってから、リンさんが図書室から降りてきた。先ほどの発言に関して何も説明がない。こちらからも聞けるはずがない。悶々とする。


 リンさんは掲示板に向かっていって熱心に眺めている。小さな背丈で見上げている姿はそれだけで癒される。あ、リンさんが木板を取ろうとしているけど届かない。可愛い。だめだ、人の不幸を喜んではいけない。ぴょんぴょんしてる、可愛い。どうしよう、助けてあげた方がいいのだろうか。

 しばらく様子を伺っていると、リンさんと目が合ってしまった。私の願望が多分に含まれて、若干の幻覚を見せているような気はするけど、涙ぐんでいるように見える。手を貸そう。事務所の方に急いで向かって踏み台を借りてくる。


「すみませんこちらの不手際です。お使いください」


「気を遣ってもらってすみません。いいんです、慣れていますから。ありがたく使わせてもらいますね」


 手を貸して良かった。リンさんを助けることができた。


 窓口に戻ってしばらくリンさんを眺めていると、リンさんが木板を2枚持ってこちらへ向かってくる。


「依頼について聞きたいことがあるのですがいいですか?」


「はい、構いませんよ」


「こちらの依頼なんですけど」


 リンさんから渡されたのはゴブリンの討伐依頼だった。それも特上の地雷案件。


「リン様、こちらの依頼を受けるつもりですか?」


 もし受けると言われたのなら、私はどうするべきだろう。

 受付嬢が、意図的に依頼の選別をしてはいけない。公平じゃない。


「いえ、受けはしないんですけど、気になることがあって。聞いていいのかわからないんですけど、この報酬って不当に安くないですか?15枚くらいは貰わないと割に合わないようなきが……」


 良かった。リンさんは、ちゃんとこの依頼の異常性を認識してくれていた。

 でも、報酬金額について高い安いを冒険者に教えることはできない。それをすると、特定の依頼がいつまでも完了できずに残ってしまう。依頼内容と報酬のバランスを判断するのは冒険者でなければならない。私は必死になって考える。不器用でも、時間がかかっても、メアリーさんみたいには出来なくても。


「ああ……、えっと、報酬の多寡については申し上げられないんですが……。補足事項を説明させていただきますね。ポルナ村は住民20人程度の小さな集落で、宿屋もない、街道から外れた場所にあるんです。あまり人が寄らない場所といいますか……。月に1度だけ村に立ち寄る行商人が、依頼主の代理で依頼を持ち込みました。……ギルドも依頼主本人とは依頼内容の検討が出来ないまま、受注することになりました」


 これで察してくれれば……。そう願って説明した。リンさんは納得してくれたようで別の常設の依頼を受けて、出かけていった。


 昨日までの私だったら、『報酬の多寡については申し上げられません』で終わっていたのだろうか。そんな風にして、リンさんを突き放してしまっている自分を想像する。


「先輩にお礼をしなければいけませんね」

 そう独りごちてから仕事に戻った。




 ◼️◼️◼️




 夕方になって、冒険者ラッシュがやってきた。

 私は今、多分セクハラを受けている。私は今、死んだ目をしているだろう。

 ギルドの制服は、多分狙っているんだろう。胸元の守りが薄い。前のめりになって緩むとと、隙間ができてしまう。


「ここだよここ、この文字が小さくて読めないんだ。教えてくれよ」


 そう言って冒険者のトラシュさんはカウンターの端、窓口にいる私にとって最も遠いところに木板を置き、私に読むのを促す。前のめりにさせて、胸元が見たいのだろう。


 この場合の最適な対応は何だろう。

 遠くて見えないのでもっと寄せてくださいと言えばいいのだろうか。私がそう言ったとして、彼はどうやって食い下がるのだろうか。方法が思いつかないから、私ならすぐに諦めて木札を前に出すだろうけど、彼には何か別の策があるかもしれない。そうなった場合は非常に無駄で面倒なやり取りが待っている。嫌がる私を見るのが目的だった場合、思う壺だ。


 当たり前だけれど、結婚願望がないということはイコール恋愛感情や性的な行為に何も感じない、ということではない。胸をいやらしい目で見られて全く何も感じない女性は極々少ないだろう。私ももちろん嫌だ。


「トラシュさん」


「ん?何?」


「肩に大きな虫がついていますよ」


 そう言って、私は、トラシュさんの方を指差す。


「え!うそっ!」


 そう言ってトラシュさんが慌てて肩に視線を向けながら、存在しない虫を振り払おうとする。


 その隙に、指差した方の腕を伸ばし、そのまま木札をひったくる。一瞬だけ前のめりになったけれど、もう元通りだ。


「あ、取れましたね。それで、どの文字が読めないのでしょうか。もしよければ私が全文読み上げましょう」


 もう1回同じことをやられたら対処が面倒だ、さっさと片付けよう。


 その後も淡々と無感情に捌いて行くと、私の前にリンさんが並んでいた。小さくて前の人に隠れていて気づかなかったようだ。可愛い。


「ただいま戻りました」


 リンさんは微笑みながら挨拶してくれる。


「お疲れ様です。リン様。魔石の買取ですか?」


「はい、それと薬草の採取依頼も完了したいのですが、まとめた方がいいですか?」


「先に依頼品の薬草をいただいてもよろしいですか?報酬支払いは一緒で、内訳はご説明しますので」


「はい、こちらですね」


 リンさんが提出してくれた布を開いて、中身と木札を確認していく。

 私たち受付嬢は、一般的な魔物素材、魔石、薬草に関して、短くない期間、指導を受けた上でここに立っている。依頼品の薬草はこの辺りでは一般的なものなので、私でも品種、品質はある程度判断できる。リンさんから渡された薬草は、依頼品の品種で間違いないし、品質も良い。採取後の補完も完璧だった。リンさんに採取されて、薬草も嬉しそうだ。


 依頼品に相違ないことを確認したので、依頼完了の手続きを終える。次は魔石買取だ。


「はい、こ、れ、です!」


 リンさんが重たそうに布袋を持ち上げて、ぷるぷる震えながらカウンターに置く。置いた時に大きな音がして周りの視線が集中する。


「……えっと、この量をリン様がお持ちになられたのですか……?」


 多くないですか。どうやって持ってきたんですか、これ……。


「あー、普通じゃない量なんですか?」


 異常です。


「量としては成人男性ならちょっと多いくらいの範囲ですし、パーティでならば分けて運べるので分かるのですが……リン様が1人でこちらをお持ちになったと言われると……」


 おかしいと一言で言ってしまうと角が立つのでなるべく柔らかく伝える。

 本当にどうやってここまで運んできたんですか。


「私、こう見えても力持ちなんですよ、ふんっ!」


 ああ、この人は本当に可愛いらしい方だな。どうしよう、頬が緩む。我慢だ、我慢。


「……計量に入らせていただきますね」


 何とか耐え切って魔石の処置を行う。判定が困難な小さな粉や欠片を取り除き、塵取りに集めていく。その上で、目視でしっかりと確認を行なっていく。バレないと踏んで混ぜ物をしてくる人もいるので、念のため毎回同じことをしなければならない。決して、リンさんを疑っているわけではないんです。


 重い。多分スライムの魔石なんだろうけど、一体、何匹分なんだろうか?頑張って秤まで持ち運んで計量する。13700?14キロ近くもある。スライムだとえーっと、30匹以上ですよね?ソロの冒険者が1日で狩る量としては多くないですか?そもそもやっぱり重くてリンさんには無理な気がするのですが。


 報酬を支払ってから、思い切ってリンさんに運搬方法を聞いてみる。


「それで、リン様はあれだけの重量をどうやって持ってこられたんですか?」


「ミリアさん、それはそうとして、その、ミリアさんともっと仲良くなりたいので、今度町のお店を案内していただけませんか?ミリアさんがお休みの時にでも」


 リンさんが私を誘ってくれた!なんで!?出会ったのは昨日の今日ですし、どうして!?

 お誘いは嬉しいですし、ご案内したいです。でも、ギルドの職員は公平でなければいけません。私情は挟めません。ごめんなさい……。


「えっ、それは……えっと、申し訳ありませんがギルドの職員の、会員の方との個人的なお付き合いは制限されておりまして……」


 申し訳なくて、声が途切れる。本当は行きたいのに。


「そうですか……残念だなぁ……」


 リンさんが私と一緒に街に出かけることができないのを、本当に残念そうにしてくれる。私なんかのために。


 許してください。ごめんなさい。


「それじゃあ、リン様じゃなくて、リンって呼んで欲しいです!」


 リンさんが笑顔を取り戻してから、妙案を閃いたかのように提案してくださる。

 でも、ダメなんです。職員は公平でなければ……。


「っ……職員は会員の皆様に対して、公平な立場で接しなければならないので……」


「これもダメなんですか……」


 罪悪感で身が引き潰されるような重みを感じる。

 ……もういいや、融通を利かせよう。


「……リン、さん、なら、公務の範囲に収まると思います」


「は、はい。それでお願いします!ありがとうございます!明日、また来ますね!」


 そう言ってリンさんは軽い足取りでギルドを出て行った。


 多幸感と疲労感と脱力感でないまぜになった感情を持て余して、私は途方にくれた。


 その後営業時間が終わってから、ジェーンさんが私に話しかけてきた。


「今日の夕方のあれ、見てたよ!何あれ!」


「何なんでしょう。私が一番よくわかっていません」


「あの人と付き合って行くのは苦労するよ、踏ん張りどころだね」


 確かに、苦労しそうだ。いろんな意味で折れてしまわないように、頑張らないと。


「でも、ミリアちゃん、良い顔するようになったね、笑うようになった」




 仕事を終えて、自宅に帰る。部屋に着いて、呟く。


「ただいま」


 変わらず、返答はない。当たり前だ。でも、少し気が楽になった。


 私は、ゴーレムじゃないかもしれない。








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