第13話 ◆ミリア10%(1日目)

「ただいま」


 答えるものはいない。誰も迎えてくれないのをわかっていながらも、帰宅の挨拶をする。馬鹿なことをしている自分自身を笑って、慰めている。


 冒険者ギルドの職員になってから、もう6年になる。

 同僚との関係は悪くない。同じ受付嬢のジェーンさんとはギルドの中でも特に親しくしている。あくまで職場の中での話で、それに彼女は先輩だから、新人の頃から私の面倒を見てくれた。あくまで、後輩としての私とだ。だから、友人とは言えない。

 後輩のメアリーさんとの仲も悪くない、彼女を指導したのは私だけれど、彼女はとても素直で、教え甲斐があった。でも、先輩として教えなきゃという責任感が、無意識に彼女への距離を取らせたのかもしれない。

 指導期間が終われば徐々に話しかける機会も少なくなっていき、接点は失われていった。


 ジェーンさんは恋人がいて、そろそろ結婚しそうだと嬉しそうに私に話してくれた。

 メアリーさんが、最近、上司には見えないところで、冒険者の方に言い寄られていたのを、私は知っている。満更でもない、嬉しそうな表情で彼女は笑っていた。

 別に私に結婚願望があるわけではない。珍しいとは思う。大抵の女性は、早期に結婚して、家庭に入りたいと思うものだろう。私には共感するのがちょっと難しい。

 じゃあどうして私は、幸せそうな彼女たちに対して、羨ましく思うのだろうか。


 多分、寂しいのだと思う。


 今日も家で1人で夕食を取り、話す相手もいないので、一言も喋らずに明日を迎える。

 私はまるで同じ作業を繰り返すゴーレムだ。

 ゴーレムに、友達はいるのだろうか。




 ◼️◼️◼️




 ゴーレムはいつもと同じように目が覚めて、朝を迎える。

 ゴーレムのくせに、化粧をして、身だしなみを整えて、人の目を気にして、今日も仕事に行く。

 やめよう、自嘲しすぎるのは私の良くないところだ。

 今日は天気が良いし、何かいつもと違って、楽しいことがあるかもしれない。




 職場について、諸々の準備を終えてから、席につく。そろそろギルドが開かれて、冒険者の方々がやってくる時間だ。


 冒険者ギルドでは、夕方以降も依頼の受付を行っている。夕方以降に持ち込まれた依頼は、夜勤担当者が検討して書類を作成する。この係の者が掲示用の木板の作成を行う。翌朝引き継ぎを行い、ギルドが開かれる前に掲示板へと掲げられる。その為に朝のギルド開館直後は、新しい旨みのある依頼を求めて気鋭に満ちた冒険者が殺到する。その開館直後と、依頼を終えて報酬や魔石売買を行う夕方は、ギルドで最も忙しい時間帯だ。


「受付さん、この依頼をキープしといてくれない?明日まで。俺、今日はこっちの依頼をやらなきゃいけないからさ」


「そういったことは了承できません。理由なく特定の方に依頼の斡旋を行うことは禁じられております。ご了承ください」


 5日に1回は聞く、『依頼を確保しておいてくれ』の言葉に、私は感情を殺して、マニュアル通り回答する。


「そう堅苦しいこと言わないでさ。理由があればいいなら、俺がこの依頼に最適だってことにしてくれれば、1日ぐらい稼げるだろ?」


『堅苦しい』3日に1回は聞く。ゴーレムだから仕方がないかもしれない。


「……申し訳ありません。私では判断がつきませんので、上司に判断を仰ぎたいのですが、よろしいですか?」


 マニュアル通りの回答しかできない。私は、頭が硬いから。


「ッチ。じゃあいいよあっちの受付に持ってくから。融通利かねえなあ」


 そう言って彼は、メアリーさんの列に並びに行った。


 さて、次の方の対応だ。私は笑顔で、次を促す。


「次の方、どうぞ」


 上手く笑えているだろうか。今は、手元に鏡がないのでわからない。




 そうやって次々やってくる冒険者の対応をしていると、隣の受付での会話が耳に入ってくる。メアリーさんのところで先ほどの冒険者が、何やら話しているようだ。


「だからさ、この依頼をキープしといて欲しいんだよ。頼むよ」


「どれどれ見せてください。あーこの依頼ですか、この依頼はセルフィスさんにはあんまり向いてないんじゃないかなあ。美味しくないですよ」


 あの依頼は、魔物が弱く、ソロでも比較的簡単に対応できる、割の良い依頼のはずだ。メアリーさん、あんなことを言って良いのだろうか。嘘になってしまう。


「セルフィスさん、武器は剣ですよね。この魔物、『たまに』群れるし、『たまに』空を飛ぶから、剣だと大変ですし。セルフィスさんが怪我しちゃうかもしれないのは心配だなあ。それより、薬草の採取依頼の方が、割りがいいと思いますよ。常設なんで片手間でできるし、群生箇所も特別に教えてあげます。取り過ぎちゃだめですからね、私が怒られちゃいますから」


「そうか、なるほど、確かに。群れたり飛んだりは厄介だな。わかったよ、ありがとな!」


 ……そうか、あれが『融通が利く』っていうことなんだ。


 ゴーレムには、真似できないな。




 朝の慌ただしい時間が終わって、ようやく一息つくことができた。

 ギルドは3の鐘が鳴ると、昼休憩のために、窓口をしばらく締め切る。その時間は何をして過ごしても自由だ。基本的に受付の3人で集まって、各自持ち込んだ昼食を食べて、雑談して過ごしている。


 話す内容は冒険者への愚痴が多い。普段接している相手だから、自然とそうなる。


「この間、冒険者のラウドさんにデートに誘われたんだよ」


「えー!ついにですか!?それでどーしたんです?」


「どうもこうもないよ。わたしがこの間、別の人と婚約したの2人とも知ってるでしょう?ラウドさん、ずっとわたしに気があるような感じだったんだけど、はっきり気持ちを伝えられてもいないのに、わたしから相手がいるからやめてくださいっていうのは、おかしいじゃない?だから気持ちはうれしいけど応えられないし、できるだけ塩対応しててさ。早くわたしの背後関係を知ってもらえるようそれとなくやってたんだけど、結局察してくれなくて」


「うんうん」「はいはい」


「結局、デートに誘われたタイミングでようやく婚約者がいるから無理ですって言えたよ」


「それでどうなったんですか?」


 私たちは恐る恐るジェーンさんに聞いてみた。


「それから1週間、ギルドに来てない」


「「あー」」


「……無事だと良いですね、私もラウドさんとお話ししたことありますけど、悪い人じゃなかったですし」


「ミリア先輩は全ての人に塩対応ですから、そういう風に言うのは、珍しい気がします」


「全ての人にって。ミリアちゃんは、誰にでも公平で、真面目さが長所なんだから、それで良いんだよ」


「……最近、もう少し器用にやりたいなとは思っています。ですが、不器用と言いますか、その場その場で上手いやり方を考えるんですけど、考えている間に時間が経ってしまって、お待たせするのにも限度があるので、間に合わせるようにマニュアル通りの硬い対応になってしまうんです」


「勢いでどうにかなりますよー」


「メアリーちゃんはそれで良いけど、ミリアちゃんは出来ないっていう話だよこれは。うーんとね、不器用なのは、しょうがない。だから、不器用でも早く対応出来るように、変な状況をあらかじめパターン化しておいて、対応をマニュアル化してみたらどうかな。覚えるのが大変だけれどね。その内に慣れてきて、経験したことがない状況がやってきても、臨機応変に対応できるようになる。自信になるよ」


 なるほど、ジェーンさんの言うとおりだ。不器用だからできない、で諦めちゃいけない。準備をしておけば、不器用でも少しは対応できるようになるだろう。


「ありがとうございます。少し楽になりました。今日から頑張ってみます」


「良いってことよ」


「さすがジェーン先輩、おっとなー!」


「茶化すんじゃないの」


 ……私はまたこの人に気を使わせてしまった。

 本当は、ジェーンさんはラウドさんの件について、慰めて欲しかったのかもしれない。

 もし今の状態でラウドさんに何かあったらと思うと、ジェーンさんは気が気でないだろうし、亡くなってしまったら落ち込むだろう。


 早く安心させられるように頑張らなければ。




 ◼️◼️◼️




 午後になって、人がまばらになる。今の時間は、町の外で狩に行っている冒険者が多い。自然と受付業務も手が空くので、もっぱら、書類作業を行う時間になっている。


 窓口で作業を行なっていると、入り口のドアを潜って、女の子が入ってきた。身長は、私よりも頭一つ分小さい。一見、短いように見えたけれど、長い髪を結って後ろでまとめているようだ。銀縁の眼鏡を掛けている。背が低くて、可愛らしいと言えるような年齢なのだろうけど、美人という言葉の方が当てはまるような容姿をしている。


 服装は、ブラウスに、コルセットとスカート。ロングブーツだ。別に見慣れない服装じゃないけれど、あの年齢の子がする格好じゃない。町に住む女性の服装の大抵は、普通はチュニックだ。1枚着で済むのを、2枚3枚に分けて着るのは、出自が良いのだろう。証拠に、服装はどれを見ても、傷んだところが無く、新品のように見える。それでいて、防御性の高そうなコルセットと、膝上までのロングブーツ。まるで女性の冒険者のような装備だ。ここは冒険者ギルドだから何もおかしくはないのだけれど。良い意味でおかしな格好をしている。


 女の子は、入るなりキョロキョロと辺りを見回してから、私のところまで向かってくる。


「なんか可愛いのが来たね」


「どこのお嬢様ですかあの子」


 ジェーンさんとメアリーさんが小声でぼやいている。

 どこかの貴族の子女だとして、あんな小さな子を冒険者にさせるだろうか。装備は確かに貴族で、容姿も貴族特有の美しさだけれど、年齢がそぐわない。素性が想像できないのだ。


「こんにちは、えっと……ここは冒険者ギルドであっているでしょうか」


 女の子が小さな体を乗り上げるようにしてカウンターに着く。可愛らしくて思わず頬が緩みそうになるのを我慢する。


「はい、こんにちは。そうですよ。新規登録の方ですね?こちらへの記入をお願いします」


 半信半疑で木板を渡し、私が記入を促すと、女の子がペンを握って記入を始める。本当に冒険者になるの?こんな小さな子が?私が内心動揺している間に、女の子が必要事項を記入し終わり木板を返してくる。


「確認させていただきますね……リン様、25歳、えっ!……25歳?25歳ですか」


 嘘でしょ?こんな25歳がいるんですか!?どう上に見ても15歳がいいところですよね!?私より4つも年上なんですか!?信じられない!


「すみません何度も言われると恥ずかしいので歳はその……」


「しっ、失礼しましたっ。いえ、そのずいぶんお若く見えますので……つい」


 いけない、動揺して大きな声で個人情報を漏らしてしまった。職員にあるまじき失態だ。


「えーっと、それで次はどうすれば……?」


「あっはい。それでは冒険者ギルドについてと、新規加入の方向けの説明をさせていただきますね。少々お待ちください」


 裏に行って係の人に木板を手渡して、ギルドカードの作成を依頼する。


 その後は、マニュアル通りに冒険者ギルドの説明を行なっていく。


 リン様は、私の話を終始真面目に聞いてくれた。相槌を打って、話を促してくれる。動作が一々可愛らしくてずるい。こんな可愛らしい方を本当に冒険者にしてしまっていいのか。私は、普段なら説明しないような新規冒険者の死亡率、行方不明率についても説明する。どうか考え直して欲しい。さらに新規向けの訓練場と図書室の説明も行った。怪我をしないでほしい、その一心だ。


 説明を一通り済ませた後、リン様から魔石の買取を依頼される。スライムは確かにランクGの最弱の魔物ではあるけれど、だからと言って、油断していい相手ではない。腐っても魔物である為、獣と違って常に人種に対して攻撃的なのだ。それを10匹分。しっかりと戦う力を持っていらっしゃるようだ。

 魔石の買取に関しても、詳細をしっかりと聞き返してくる。今回は説明していない肉や皮などの魔物素材に関してもだ。理知的で聡明で、察しがいい。やはり上流階級の出自だろう。それに所作が大変可愛らしく、礼儀正しい。粗野な冒険者が多い中で、このように相手に敬語を使える方は、意外にも少ない。


「ギルドには関係ないんですが……服や布、冒険者活動に必要な、雑貨類を販売しているお店とか、知りませんか」


「それでしたら、ここを出て右隣のお店であらかた揃えられるかと思います」


「ありがとうございます、最後に、お名前を教えてもらってもよろしいですか。これから、お世話になると思いますので」


「すみません、申し遅れました、ギルド受付係のミリアと申します」


「はい、ミリアさん、また伺いますのでその時はよろしくお願いしますね」


 リン様を見送って、一息つく。なんてことのない普通の業務のはずが、いつもより疲れてしまった。


「今の子、25歳って本当?わたしより年上とか信じられない」


「そうですよねー、あんなにちっちゃくて可愛いのに」


 受付の2人が、リン様が帰ってすぐに私に走り寄ってきて、口々に話しかけてくる。やはり、私の失言は聞かれてしまっていたようだ。本当に申し訳ない。


「メアリーさん、失礼ですよ。年上の方なんですから、敬わないと。それにしても、世の中には色々な方がいらっしゃるんですね、驚きました」


「確かにね、でもなんだかミリアちゃん。嬉しそうだよ?」


「ですですっ!なんか表情が柔らかくなってますよ、ミリア先輩。レアです!」


 言われて私は自分の頬に手を添える。よく分からない。


「そうでしょうか?」


「絶対にそうですよっ!やっぱり、可愛いかったからですね!」


 自分ではよくわからないけれど、確かに可愛らしい方で、見ていて気が緩む、いや、気が安らぐ方ではあった。また、私の受付にきてくれればいいなと思う。


「あれ、そういえばミリアちゃん、ギルドカードは?ちゃんと渡した?」


 ジェーンさんにそう言われて私は、一瞬頭が真っ白になる。


「渡していません……」


 どうしよう。


「あの子、雑貨屋に行ったんじゃないですか?ミリア先輩、紹介してたじゃないですか」


 そうだ、今なら間に合うかもしれない。私は急いでギルドカードを受け取り、外に出て隣の雑貨屋へ向かった。


 もうすでに、リン様の姿はそこにはなかった。





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