第12話 スライム狩り(2日目:ミリア、ヴェニー)

 ギルドを後にして、東門に向かう。


 昨日と同じように、東門には宿屋の長男のサーティスさんが立番していた。


「こんにちは、サーティスさん、お仕事は順調ですか?」


「おお、昨日のちっさい嬢ちゃんか、こんにちは。昨日は宿に泊まれたんだろ?」


「はい、紹介していただいてありがとうございます。女将さんにもサービスしてもらいました。しばらくは、お世話になるつもりです」


「そうか、ありがとうよ。ヴェニーにも会ったんだろ?あいつから、嬢ちゃんが冒険者だって聞いたぜ?」


「そうですね、ヴェニーくんも同業と聞きましたので、これから彼にお世話になることもあるかもしれませんし、仲良くしていきたいです」


「はは、嬢ちゃんの方がよっぽどしっかりしているから、あいつが嬢ちゃんに逆に世話になりそうだな。まあ、仲良くしてやってくれ。今日はどこかに出かけるのか?」


「はい、南東の森でスライムを狩ろうかと。『竜の止まり木』に長く泊まりたいので、お金を稼がないと」


「そうか、あまり深くまで入ると危ないから気をつけてな。門は5の鐘が鳴ってからしばらくしたら閉じる。そうすっと町に入るのにちょっと面倒になるから、それまでには戻ってこいよ」


「わかりました。では、行ってきますね」




 ◼️◼️◼️




 森の入り口に着いた。わたしが転移してきた時に、通ってきた場所だ。

 魔物情報では、ここはスライムと、ルーズラビットというウサギのような魔物しか、生息していないらしい。安全に稼ぐには都合が良い。


 森に入って魔物を狩る前に、水魔法の検証をしておきたい。今日は発動原点の範囲と操作可能距離の限界を調べる。適当な岩の上に座って、掌を森に向ける。


 1メートル先の中空に水塊を発動するのをイメージする。発動したので、遠くへ飛ばすように水塊を操作する。2メートル、3メートル。5メートルを過ぎたくらいのところで水塊の形が保てなくなり、魔法が途切れた。

 もう一度、今度は2メートル先の中空に発動をイメージする。発動しない。

 次に、水塊を2つ、同時に発動することをイメージする。出来た。両手を使ってそれぞれの水塊を操る。パントマイムしているみたいだ。操っている水塊をその辺りの木に勢いよくぶつけてみる。バシャンと音がして、木が少しだけ揺れた。あまり攻撃力はないようだ。


 魔力消費を確認した。水塊を2つ作った時には、魔力を2消費していたようだ。

 今度は大きさを変えてみよう。初めから大きな水塊を出すイメージで念じる。魔力消費でいうと2くらい。発動しない。うーん。

 最後に、手を使わずに発生できるか試してみよう。目の前に発生するように念じる。これまでは胸の中心から手に流れていた魔力が、胸の中心に留まり続ける。難しい、どこからか出すイメージをしなきゃ、発生しそうにない。集中しながら悩んでいると、なんか苦しくなってきた。なんでだろう、あっ!息をするのを忘れてた!焦って口を開けて息をしようとして。


 口から勢いよく光線みたいなのが出た。





 先ほどの醜態は誰にも見られていなかった。

 水塊の時よりも、少しばかり威力があったけれど、忘れよう。あれをわざわざ使う状況は存在しない。

 でもちょっとだけ考えてみよう。例えば魔法は手からしか出せないと思われている相手に捕まり、縛られて両手両足が塞がっている状態などで、反撃するのに有効かも……。いやそんな状況は起きない。絶対に、振りじゃないぞ。忘れよう。


「とりあえず、今回の検証で分かったことをまとめよう」


 ・魔法は思考のみで発動できる。

 ・発動には最低でも魔力を1消費する。

 ・発動後の維持、操作、形状変化に魔力は消費しない。

 ・形状をイメージできないものは発動、維持できない。

 ・すでに存在する物質は、元は魔力で発生させた物質であっても、操作できない。

 ・操作可能距離(射程)は5メートル程度。〈NEW〉

 ・発動原点は、自身から2メートル以下。〈NEW〉

 ・同属性の魔法は同時発動できる。発動数分魔力消費する。〈NEW〉

 ・一度の魔法での魔力消費は1まで。〈NEW〉


 威力がない。水魔法だからなのかもしれないけど、使い勝手が悪い。

 射程が短い。後衛の魔法使いなんて存在しなかった。

 魔力が足りない。検証しただけで4消費した。残り6しかない。


 生活するために大量の魔物を狩ることを考えると、攻撃を魔法に頼るのは、現時点では難しいと言える。仮にまだ覚えていない火魔法の攻撃力が水魔法より上でも、射程が短くて燃費が悪いのは同じだと思う。私は筋力で劣るので、遠距離攻撃の手段が欲しかったけれど、別の方法を考えなければならないかもしれない。


 ステータスウィンドウを開いて、スキル一覧を確認する。


 戦闘系統スキル

《剣術》、《短剣術》、《槍術》、《斧術》、《槌術》、《弓術》、《杖術》、《格闘術》、《盾術》

 魔法系統スキル

《火魔法》、《水魔法》、《風魔法》、《土魔法》、《雷魔法》、《氷魔法》、《闇魔法》、《光魔法》

 生産系統スキル

《解体》、《料理》、《採取》、《採掘》、《伐採》、《狩猟》

 技術系統スキル

《鑑定》、《隠蔽》、《気配察知》、《体術》、《投擲術》


 わたしが取得するべきスキルはこの中だと……。




 ◼️◼️◼️




 森の中で、気配察知の反応先を探る。小さな崖の影から、ひょこひょこと動く、薄水色の粘体を見つける。発見したスライム目掛けて、野球ボールくらいの大きさの石をぶん投げる。

 投石は勢いよく直線を描きながらスライムに直撃し、ゼリー状の体を周りに吹き飛ばす。吹き飛んだ一部が近くの植物の葉にあたり、ぱたたと音を鳴らす。体の大部分を失ったにもかかわらず、スライムはひくひくと逃げ場を求めて動いていたが、しばらくして動かなくなった。


 スライムに近寄り、短剣でつんつんと死亡確認をしてから、ゼリーに手を突っ込んで魔石を抜き取る。


「これで32体目っと」


 わたしが遠距離攻撃手段として選んだのは《投擲術》だ。


《投擲術》

 ものを投げるのが上手くなる。


 相変わらずあっさりとしたスキル説明に気勢を削がれるけれど、技術の能力値の高い、今後も高くなりやすいわたしにはぴったりだし、魔力を消費しないのも大きい。石であれば、どこででも手に入るしね。


「お、レベルが上がってる」


 スライムを倒す度にステータスの変化は確認していた。

 スライムを11体倒した時にLv.3に、今倒した32体目でLv.4に上がったようだ。


 Lv.1→Lv.2→Lv.3→Lv.4 合計

 魔力:    8+3+1+2 6/14

 筋力:    5+2+1+1 9

 知力:    9+3+2+2 16

 防御力:   8+3+1+2 14

 魔法防御力: 9+3+2+2 16

 敏捷:    10+4+2+2 18

 技術:    11+4+2+2 19

 SP:     3


 Lv.3以降はステータスの上がり幅が小さい。レベルアップ初回ボーナスかなんかが働いたのだろうか。今後も1か2ずつしか上がらないような気がする。


 レベルアップに必要な魔物の討伐数を考えてみる。今の所スライムしか倒していないから計算が楽でいい。


 昨日はLv.1から2に上がるまでに10匹。今日はLv.2から3で11匹、Lv.3から4で21匹。合計42匹。

 Lv.1からLv.3に上がるまでの累計討伐数21と、Lv.3からLv.4までの21匹が一致するなぁ。

 スライムを後32匹倒してレベルが上がれば、魔物に経験値が設定されているのは確定だろう。ほんとゲームみたいな世界だなあ。


 レベルが上がったし切りがいいので、今日の狩りを終えて町に帰るとしよう。

 これ以上は魔石を持ち込んだ時に怪しまれる。マジックポーチに入れているから実際には重量は1/10になっているけど、そうじゃなきゃ計算だとすでに重量が13キログラムをオーバーしている。


 帰り道は訓練がてら門まで走って帰ろうかな。レベルが上がって体力もついてきたような気がするし、毎日やっていれば何かスキルが生えるかもしれない。


 足元に気を付けながらも、森の入り口に向けて足を踏み出した。




 ◼️◼️◼️




 東門の手前、誰にも見られないようにして、ポーチから魔石の入った布袋を取り出す。


「おっもい!」


 最初よりもレベルが上がって筋力が2倍近くなっているのにも関わらず、相当に重く感じる。両腕がぷるぷると悲鳴を上げているが仕方ない。東門でサーティスさんに心配されたけれど、誤魔化してギルドへ向かう。


 ギルドに着いて中に入ると、今朝より人が多くいた。20人くらい。多い時間帯なのかな。ミリアさんの窓口には2人ほど並んでいたが、他所の受付さんのところも混んでいたので、そのままミリアさんの列に並ぶ。


 10分ほど待って、前の人の番が終わり私の番になった。


「ただいま戻りました」


「お疲れ様です。リン様。魔石の買取ですか?」


「はい、それと薬草の採取依頼も完了したいのですが、纏めた方がいいですか?」


 片手間でも出来そうだったので、森でスライムをしばいてる途中で、眼鏡を装備し、鑑定で薬草を見繕っていた。幾らかの足しにはなるだろう。眼鏡は、今は外している。


「先に依頼品の薬草をいただいてもよろしいですか?報酬支払いは一緒で、内訳はご説明しますので」


「はい、こちらですね」


 ポーチから、濡れた布で包んだ薬草を取り出して、そのままカウンターの上に置く。


「確認させていただきます。……はい、数量品質ともに問題ないですね、保存状態も理想的です」


 良かった、予習しないで適当に根っこごと抜いてきたけど問題なかったようだ。明日からは図書室で調べてから行こう。


「依頼報酬は銀貨5枚になります。これで依頼は完了になります。お疲れ様でした、次は魔石を提出いただけますか?」


「はい、こ、れ、ですっ!」


 どん!と音を立ててカウンターの上に布袋ごと置く。カウンターまで待ち上げるのがしんどかった。


「……えっと、この量をリン様がお持ちになられたのですか……?」


 やばい、怪しまれている。


「あー、普通じゃない量なんですか?」


「量としては成人男性ならちょっと多いくらいの範囲ですが……リン様が1人でこちらをお持ちになったと言われると……」


 誤魔化そう、こういう時はあれだ、ぶりっ子作戦だ。


「わたし、こう見えても力持ちなんですよ、ふんっ!」


 ない力こぶを作って、アピールしてみる。何やってんだろ。滑ったのがわかる。


「……計量に入らせていただきますね」


 一瞬ミリアさんの口角が上がったように見えたが気のせいだろうか。


 昨日と同じように余分な欠片を除外してから、カゴに入れる。カゴを運ぶが、重そうだ。ごめんなさい。


 ミリアさんが測り終えて、カウンターに戻ってくる。


「査定が終了しました。魔石の金額は金貨1、銀貨3、銅貨7ですが、運営費として引き当てますので金貨1、銀貨1になります。依頼報酬の銀貨5と合わせて、金貨1、銀貨6になりますがよろしいですか?」


「はい、構いません。お願いします」


 報酬を受取って、布袋にしまっていると、ミリアさんに聞かれる。


「それで、リン様はあれだけの重量をどうやって持ってこられたんですか?」


 さて、どうしよう。よし、誤魔化しテイク2だ。


「ミリアさん、それはそうとして、その、ミリアさんともっと仲良くなりたいので、今度町のお店を案内していただけませんか?ミリアさんがお休みの時にでも」


「えっ、それは……えっと、申し訳ありませんがギルドの職員の、会員の方との個人的なお付き合いは制限されておりまして……」


「そうですか……残念だなぁ……」


 誤魔化すために振った話だったけれど、逆にわたしがダメージを負ってしまった。

 リンさんともっと仲良くなりたかったのはほんとなんだけどな。あ、それならば……。


「それじゃあ、リン様じゃなくて、リンって呼んで欲しいです!」


「っ……職員は会員の皆様に対して、公平な立場で接しなければならないので……」


「これもダメなんですか……」


 泣きそうだ。辛い。


 わたしが俯いてるといると、ミリアさんが声をかけてくる。


「……リン、さん。なら、公務の範囲に収まると思います」


「は、はい。それでお願いします!ありがとうございます!明日、また来ますね!」


 そうして交渉の末に私は、ミリアさんから『リンさん』を手に入れた。




 ◼️◼️◼️




 宿に戻って、女将さんに一声かけてから、自分の部屋で夕食の時間を待つ。コルセットを脱いでお腹が楽になる。一息吐いてから、洗濯物を取り込む。うん、部屋干しだけどちゃんと乾いているね。


 女将さんに呼ばれたので、1階に食事を摂りに行く。


 今日はわたしより先に、ヴェニーくんが席についていた。昨日と同じ席だ。既に食べ始めている。


 わたしも昨日と同じ席に座る。


「いただきます」


 黒パンは昨日と同じだったが、スープは具材が変わっていた。キャベツと豆と、人参が入っている。味は、やっぱり評価に迷う味だ。スープの塩気は昨日より強い。野菜もいいけれど、私はお肉が食べたい。今朝シープの串肉は食べたが、鳥や豚なども食べてみたい。


 視線を感じて見やると、ヴェニーくんが不可解そうな表情をしてこちらを見ている。なんかやらかしたかな?何もしていないと思うんだけれど。


「どうしたの?わたし何かした?」


「いや、さっきの何?いただきますってやつ」


 ああ、この世界では言わないのかな、いただきます。


「食事の前の感謝の言葉だよ、これから食べますって。えーっと、わたしの生まれたところの」


「感謝?何に感謝してるんだよ」


「材料を作ってくれた農家の人、料理を作ってくれた人。色々だよ」


「それで、なんでいただきます。なんだ?ありがとうじゃダメなのか?」


 おお、食いついてくるね。うーんと。


「材料になってくれたお野菜やお肉になった動物にも、命があって、わたしたちはそれを奪って食べる、いただくってこと。だからそれらにも、ありがとうっていう意味を含めて、いただきますっていうんだ。まあ、他にも意味はあるんだろうけど、人によって考え方は違うからね、わたしはこういう考え方っていうだけ。あ、食べ終わったらごちそうさまでしたって言うんだよ。食べ終わりましたありがとうございましたってこと」


「いただきました、じゃだめなのか?」


 なるほど、目から鱗が落ちるね。確かに間違っていないけど。


「ご飯が美味しかったですっていうのを強調するために、ご馳走様でしたっていうんだよ」


 ヴェニーくんはわたしの話を聞いてから、少し迷ってから手を合わせて呟く。


「ご馳走をいただいてます」


 わたしは吹き出しそうになって、それでもなんとか堪える。間違ってないんだけど!間違ってないんだけど!


「ん?なんかおかしかったか?」


「いや、何もおかしくはないし、今回はそれでいいよ。次からは食事を始める前に、いただきます。だね」


 わたしが教えたことを素直にやってくれるのが嬉しくて、自然と口角が緩む。


 今夜も穏やかな気持ちで眠れそうだ。






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