第11話 ギルド(2日目:ミリア)

 ギルドに着いて、受付嬢のミリアさんのところに向かう。


「こんにちは、ミリアさん、図書室を使いたいのですが……」


「えっ、リン様……ですよね?」


「はい、リンです。どうかしましたか?」


 イメチェンしたから驚かせてしまったのかな?


「あ、えーっと、あまりにも昨日とは印象が変わっていましたので、気づきませんでした。眼鏡も、髪型も変わっていらしたので……」


「あはは、その日の気分で変えるので。これからも驚かせてしまうかもしれません」


「そうですか、楽しみですね。それに大変よく似合っていますよ」


「ありがとうございます。それでは……」


 そう言って、図書室に向かおうとするとミリアさんに呼び止められた。


「お待ちください、すみません、昨日こちらをお渡しするのを忘れてしまいました。私の不手際でご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」


 何が何だがわからなけど、いきなり頭を下げられても困る。


「頭を上げてください。それに昨日から今日までで、特にギルド関係で困ったことはありませんでしたので。ひとまずそちらの説明をしていただいてもらっても?」


「はい、ありがとうございます。それでは遅くなってしまいましたが、説明させていただきます。こちらはリン様用に作りました、ギルドカードになります。ギルドに在籍していることを証明するものになります」


 ミリアさんが、名刺サイズのカードを渡してくれた。


 カードの見た目は、3ミリくらいの鉄板だ。4つ角は、怪我をしないようにだろうか、丸く、角が取れている。端っこのほうに穴が空いており、紐が通してある。鉄板の片側には、『冒険者ギルド会員』、『リン』、ちょっと離れたところに『G級』と3行で文字が刻印されている。


「新規会員の方は最下位のG級から始まり、実績に応じてF、E、D、C、B、A、Sと、順に昇級していきます。級位が上がると、ギルド内のサービスなどが優遇されます。この町であれば、C級以上の方が、拠点にして腰を据えて活動される場合は、専属受付嬢の指名や、ギルドで入手した魔道具や貴重な薬などの優先購入権などが得られます。ですので、会員の皆様は、上位を目指して励んでおられる方が多いです」


 受付嬢の専属化とかホステスみたいだね。町から優秀な冒険者を逃さないための制度なんだろう。ミリアさんもだけど、昨日見た他の2人も美人さんだったもんね。逃さないためにそういうことをするのも仕事なんだろうな。


 ……なんか嫌だな。


「冒険者は、旅人の方が多いので、身分証にもなります。事務方の私どもの力が及ばないところもあり、下級ですとあまり影響力はありませんが、C級以上の冒険者は、社会的に一定の信用がありますので、積極的に昇級を狙うのをお勧めします。以上ですが、何かご質問はありますか?」


 新規の受け入れを厳しくして、入会すること自体を難しくすれば、下級でも意味のあるものになるんだろうけど、そうすると会員不足で回らなくなっちゃうもんね。離職率高いし、幅広く受け入れて、精鋭だけが残っていくシステムになってるんだ。なるほど。


「質問はありません。ありがとうございます。昇給して、ミリアさんに専属になってもらって、毎晩お酌してもらうためにも頑張りますね」




 ◼️◼️◼️




 図書室に入る。入り口にカウンターがあり、何かの作業をしている男性がいる。制服を着ているから、ギルド職員だろう。挨拶して、奥へと進む。


 図書室の規模としては、かなり小さい。8畳くらいの部屋で、入って左側に大きさが2メートル四方くらいの本棚、右側の奥に書見台が2つ並んで、手前に職員さんのいるカウンターという間取りだ。この狭さで2人っきりは息が詰まりそう。


 どんな資料があるのか興味があるし、本自体の数が多くないので、自分で探してもいいけれど、今日のところは必要な資料だけでいいだろう。職員さんに聞いて、『マリスラ周辺の地図』『周辺の魔物の資料』を探してもらう。


 よく使われる資料なのだろう。すぐに用意してもらえたので、まずは書見台に地図を広げる。


 マリスラの町から、大きな街道が3つ、西と北と東から伸びている。南は、縮尺から判断すると、10キロメートルくらいのところで海になっている。町周辺は、町を中心にして四方に畑が広がっている。半径でいえば2キロメートルくらいだろう。


 西街道は海沿いに徐々に北西に伸びており、100キロメートルくらい先に海沿いの街があるようだ。

 北街道は一直線に伸びており、300キロメートルくらいだろうか、王都につながっている。それまでの道中にも3つほど町があるようだ。北東側の山から川が流れていて、北街道と西街道を横断している。

 東街道は海から離れるように真っ直ぐ伸びた後、南東に進んでいる。これも300キロメートル進んだところに町があるが、どうやら国境のようだ。

 北西、北東はそれぞれ、街道から5キロメートルも離れれば森や山になっており、深さは最低でも30キロメートル近くあるように見える。南は海までずっと森だ。私が転移してきた丘は地図からは確認できない。


(大陸図とかもあれば見たいけど……今はいいか)


 今はとりあえずこの地図を控えておこう。地図の横に羊皮紙を並べて鉛筆で書き写していく。

 30分くらいかけて写し終えたので、地図を書棚に返して、今度は魔物情報が載った本を開く。本というか、冊子程度のページ数なのだけれど。


 内容としては周辺の魔物の生息地、外見と生態、ランク、素材買取部位、魔石の大きさや重さが書いてあった。絵はない。魔物にもランクがあるようだ。ちなみにスライムはG級。


 先ほど模写した地図に、必要そうな情報のみ書き込んでいく。スペースが足りないので全部は書けない。出来るだけ覚えておくつもりだけれど。


 魔物情報を書き込み終わったので、そろそろお暇することにしよう。

 前世でも本を読むのは好きだったので、未知の情報が集まったここを離れるのは名残惜しいけど、宿代を稼がなければならない。


 職員さんにお礼を言って、図書室を後にした。




 ◼️◼️◼️




 1階に降りて、掲示板へ向かう。


 掲示板には大きさが統一された木板が、縦横揃えて綺麗に並べてある。壁に打たれた釘に、規格が統一された穴の空いた木板を引っ掛けているようだ。

 掲示板の一番上に『依頼情報』と大きく文字が書かれており、その下の段に、『討伐依頼』『護衛依頼』『採取依頼』『その他』と順に並べて書かれている。なるほど、自分がやりたい種類の依頼が選びやすくてわかりやすい。でもよくない点もある。掲示板の位置が高すぎる。一番上の木札を手に取ろうとしたけれど、手が届かない。ムカつく。意地でも取ってやる。背伸びしたりぴょんぴょん飛んでみるけど、なんとか手が届いても上手く壁から外せない。ん、誰かこっちを見てる?


 ふと、わたしに向いた気配を感じて視線を向けると、ミリアさんがカウンターからこっちを見てあたふたしている。ミリアさんは慌てた様子でどこかに走って行って、戻ってきたと思ったら踏み台を持ってわたしの方に向かってきた。


「すみませんこちらの不手際です。お使いください」


 聖女のような人だ。


「気を遣ってもらってすみません。いいんです、慣れていますから。ありがたく使わせてもらいますね」


 ミリアさんは踏み台を私に預けてからカウンターに戻って行った。 


 貸してもらった踏み台を使って、『討伐依頼』の一番上の木板を手に取る。内容は以下の通りだ。



『ポルナ村周辺で出没しているゴブリンの群れの討伐』

 依頼内容  :ゴブリンの群れの討伐

 討伐数量  :40匹

 討伐証明部位:左耳

 報酬    :金貨5枚

 追加報酬  :41匹以降のゴブリン1匹につき銀貨1枚



 他にも依頼期間だとか担当者とか書いてある。

 少し依頼内容に関して考察してみよう。


 ポルナ村というのは、ここから北に15キロくらいの場所にある村だ。地図に載っていた。移動方法は最悪徒歩になるんじゃないだろうか、討伐にかかる時間を考えて最短2日、最長3日くらいだろうか。

 ゴブリンはFランクの魔物なのでGランクのスライムより強い。それが40匹。人種の集落に盗みを働いたり、畑を荒らしたり、人を殺したりする。

 報酬金貨5枚、1匹あたり銀貨1枚と銅貨2.5枚、妥当なのかは不明。

 討伐証明部位の左耳、荷物になる。40匹分。1匹100グラムでも4000グラムだ。

 追加報酬、1匹につき銀貨一枚、ふざけてんのか下がってるぞ。


 ここに、魔石の重量と買取金額を考慮に入れてみる。さっき図書室で調べた時にわかったがゴブリンの魔石の重さは650グラム。つまり40匹分で26000グラム。26キログラムは重すぎる。魔石はギルドまで持って帰ってこなきゃならない。1000グラムで銀貨1枚だから、金貨2枚、銀貨6枚になる。ただしそこからギルドに2割中抜きされるので、えーっと、金貨2枚と銅貨8枚。


 合計報酬をまとめると、40匹で金貨5枚、魔石で金貨2枚と銅貨8枚。合わせて金7、銅2。ただし、移動費用は考慮しない。この世界の成人の月当たりの収入はいくらだろう。宿代が1泊銀貨3枚だから、日当たり銀貨5枚くらいだろうか。月当たりで金貨15枚。休みはないものとする。


 大体2週間分の収入を3日で手に入れられる。と考えると悪くないかもしれない。ソロならば。パーティだと当分されるので、2人なら1週間分を3日。うーん。


 26キログラム分の魔石の持ち運びが普通は嫌だと思う。魔石を持って帰るかどうかは義務じゃないけどさ。それにゴブリンは魔石買取のみで素材買取をギルドがしてくれないらしい。使える部位がないんだとか。


 色々考えての結論として、固定報酬の金貨5枚が安すぎる。最低15枚は必要だと思う。多分依頼を出した人がアホなんだろう。この依頼は美味しくないから一番上に余ってたんだ違いない。魔物40匹の脅威に対して、冒険者の命も、村人の命も軽い。比較的安全にスライムを30匹狩って、毎日金貨約1枚貰えれば、レベルも上がるし、成人の2倍の収入だ。わたしは安全を取るよ、少なくともレベルが上がって強くなるまでは。


 他の依頼に目を通していく。ゴブリン討伐の依頼の他に、薬草採取の依頼を一件手にとって、カウンターへと向かう。


「依頼について聞きたいことがあるのですがいいですか?」


「はい、構いませんよ」


 ミリアさんがにこにこしながら対応してくる。何かいいことでもあったのだろうか。


「こちらの依頼なんですけど」


 ゴブリンの依頼を渡す。ミリアさんの顔が曇る。


「リン様、こちらの依頼を受けるつもりですか?」


「いえ、受けはしないんですけど、気になることがあって。聞いていいのかわからないんですけど、この報酬って不当に安くないですか?15枚くらいは貰わないと割に合わないようなきが……」


「ああ……、えっと、報酬の多寡については申し上げられないんですが……。補足事項を説明させていただきますね。ポルナ村は住民20人程度の小さな集落で、宿屋もない、街道から外れた場所にあるんです。あまり人が寄らない場所といいますか……。月に一度だけ村に立ち寄る行商人が、依頼主の代理で依頼を持ち込みました。ギルドも依頼主本人とは依頼内容の検討が出来ないまま、受注することになりました」


 ミリアさんは安いとは明言しなかったけれど、やっぱり相場に合っていないようだ。寒村で、相場の検討もできず、出せるだけのお金を一方通行で提示した結果、安くなってしまったということか。


 さっき依頼人はアホとか考えてしまったけれど、申し訳なくなる。ごめんなさい。


「そうですか……。事情は大体察しました。ありがとうございます。それとは別の、こちらの依頼なんですが……」


 わたしは別の依頼について軽く質問した後、その依頼を受けてギルドを後にした。







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