第9話 魔法(1日目)
女将さんが去ってから、わたしは一枚ずつ服を脱いでいく。転生前に着る時は強制お着替えだったから気にならなかったけど、脱ぐ時に手順を間違えると壊れてしまうかもしれない。気をつけなきゃ。
コルセットは前開きで、後ろの紐で締める作りになっている。紐を緩めた状態でウエストに巻いて、前に金具を引っ掛けて軽くテンションをかけてから、後ろの紐を少しずつ閉めて着るみたい。脱ぐ時は逆の手順で脱げば良いだろう。慎重に、後ろの紐を緩めて、しっかりテンションを抜く。
「ん……。ふぅ」
コルセットっていうだけあって、お腹に結構圧力がかかっていたみたいだ。楽になって、思わず吐息が漏れる。コルセットを外してベッドに放る。今気づいたけれど、夕食前に脱いでもよかったな。次からはそうしよう。
次にスカートを脱ぐ。紐を一周して腰に結んであるので、緩める。パサ、という音をたてスカートが床に落ちる。いけない、汚れてしまう。スカートを拾ってベッドの方に放る。
ブラウスのボタンを外していく。そういえばこのブラウス、オフショルで肩が見えるんだけど、下着の肩紐が見当たらない。わたしはどんな下着を着てるんだろう。
おお、肩紐のないストラップレスブラだ。前世では着る必要がなかったため初めての着用だけど、これってこの世界的にオーバーテクノロジーなのでは?明らかにゴム素材が使われているのだけれど?この下着は誰にも見せられないな。
ブラを外して、布をお湯に浸して、きつく絞る。ちゃぽ、ちゃぽと水音が部屋の中に響く。
今日は一日、体を動かし続けていた。森の中を1時間以上も歩いたし、身体中が汗や埃で汚れている。
左手から順に、腕、肘、二の腕へと濡れた布を運ぶ。スライムの体当たりを受けた箇所は擦り傷なども無く、腫れも引いていた。良かった、痕が残らなくて。
脇の下は、特に念入りに汗を拭かないと。移動中も、汗で湿っているのを自覚していた。腕を上げると、むっとした、酸化しかけの汗の匂いが、少しだけ開けた窓からの風を受けて、あたりに散らばり、私は恥ずかしくなった。毛穴の奥まで、丹念にこそぐようにして、拭う。左腕を拭き終えて、右側も同様にして拭いていく。
次に、背中側を拭いていく。背中は汗腺が集中しているため、性別に関わらず、汗をかきやすい。右腕を上げて、肩甲骨に手を伸ばす。自然と背中が反り、胸が突き出る。わたしは体が柔らかいみたいで、一人でもどうにか背に手が届いた。腕を上げているので、さっき拭いたばかりの脇の下に、夜の涼しい風があたり気持ちがいい。腰周りを拭いて背中側を終える。
首回りから鎖骨にかけては、服を着ても肌が露出される部分なので、比較的汗はかいていないはずだ。でも鎖骨の窪みには、汗が溜まりやすいはずだ。丁寧に、骨をなぞるようにして、拭っていく。
次に、胸だ。
胸骨に沿って、布を当てがい、下に向けてゆっくり、なぞるようにして拭いていく。くすぐったくて、ぞわぞわと寒気が首もとを走る。
私の決して豊かとはいえない胸に、布が触れる。
「んっ……」
濡れていくらか潤滑性が上がっていても、貸してもらった布の材質はおそらくウールだろう。コットンやシルクに比べて荒い生地が、かりかりと、突起を擦り上げ、与えられる刺激によって思わず声を漏らしてしまう。出来るだけ摩擦を減らすように、擦らずに、押し当てるだけを意識して、拭いていく。
胸周りを拭き終わった。お腹周りを拭いて、一区切りとしたい。
布を小さく持って、おへそに当てがう。
窪みには汚れが溜まりやすい。だからといって強く拭うと、傷つけてしまう。元は体の内部と繋がっていた部分なのだから、雑に扱ってはいけない。
縦長の筋を、左手の中指と薬指を使って、横に押し広げる。周りの肌色よりも、白に近い色合いの内部が露わになる、普段は守られ、隠されている部分だ。他の誰も見たことがないその部分をゆっくりと、円を描くようにして拭いていく。
「ひとまず、終わりかな」
上半身は。
次は、下半身だね。
わたしはドロワーズの紐に手をかけた。
◼️◼️◼️
上半身よりも丹念に、ゆっくりと時間をかけて下半身を拭き終えた後、髪を洗い、強く絞る。背中あたりまでのロングなので、手間がかかって大変だ。
昼間に購入した下着を着てから、ベッドに腰掛ける。
本当は、髪や体を洗うのにシャンプーみたいなものを使いたいが、今日のところは我慢する。当てはある。
今日やるべき、最後の検証をするために準備をする。女将さんが持ってきてくれた桶とは別の、購入した空桶を床に置いて、隣にマントを敷く、マントの上に座って、ステータスウィンドウを呼び出す。
「《水魔法》取得……っと」
SPを1ポイント消費して、新たにスキルを取得する。初めての魔法だ。
桶の上で両手を広げ、頭の中で唱える。
(水魔法を発動)
数秒待つが、なんの反応もない、傍に出しっぱなしにしたステータスウィンドウを見ても、魔力の現在値に変化はない。想定通りの結果だ、次にわたしは、もう少し具体的に魔法の発動をイメージする。
(魔力消費1の水魔法を発動)
これでも変化は見られない。
(拳大の、水の塊を出す)
「わっ?」
胸の中心から、右腕と左腕のそれぞれに、急激に血液が流れたような感覚があり、それぞれの手のひらまで流れたところで、空中に水の塊が現れた。現れた水の塊は、1秒もしないうちに重力に引かれ下に落ちる。手がずぶ濡れになる。
ウィンドウを確認すると魔力が1減っていた。
(もっかい。拳大の水の塊……)
再度、水の塊が現れる。
(……を空中で維持する)
今度は、水塊が下に落ちず、空中で維持される。その状態を維持することをイメージしたまま、様子を見る。
5秒……10秒…………30秒。30秒経っても、魔力消費に変化はない、発動に1消費しただけだ。次は水塊を操作することをイメージする。上に移動させる。できた。そのまま上下させる。追加の魔力消費はない。今度は、形状を変化させる。水塊を、正六面体を作るように形を変える。ちょっと時間がかかったけどなんとかできた。正二十面体を作るイメージで形状を変化させる。……できない。諦めて水を操作して桶に落として魔法を一旦終了させる。最後に、桶の中の水を操作するイメージで、魔法の発動を意識する。できない。自分の魔法で発生させた水でも、一旦操作を手放すとダメなようだ。
「現時点で分かったことをまとめると、こんな感じかな、あくまで水魔法に関してはだけれど」
・魔法は思考のみで発動できる。
・発動には最低でも魔力を1消費する。
・発動後の維持、操作、形状変化に魔力は消費しない。
・複雑な形等、形状をイメージできないものは発動、維持できない。
・すでに存在する物質は、元は魔力で発生させた物質であっても、操作できない。
雑貨屋で買った羊皮紙に、検証結果を鉛筆で書く。かなり力を入れても薄らとしか書けなくて辛い。規模や発動原点の距離、操作可能距離などは、この部屋では検証できないので諦める。
「レベル1でこれだけ便利なんだから、とりあえず魔法は全種取った方がいいような気がする、もう少し検証してからだけど。逆にレベル2になったら何が出来るようになるんだろ」
今回できなかったことができるようになるかもしれないし、検証し忘れていることも絶対にあるだろう。なんにせよ、水魔法を使えるようになったのはかなり大きい、魔法って凄い!
「もういい加減眠くて気絶しそう、最後の検証どうしようかな……気が進まないなぁ」
魔力を消費した今、検証した方がいい問題がある。魔力が回復するかどうかと、魔力がゼロになったらどうなるかだ。
回復するかどうかは、寝る、食べる、時間を測る。この辺りを試してみれば分かるだろうけど、今日はもう眠いし、寝て朝起きて回復してたらもうそれでいいんじゃない?万一回復しなかったらその時はその時だ、どうしようもない。おそらく回復するだろう。
「問題は、ゼロになった時にどうなるか……だけど」
何も起きないか、気絶してしばらくして目が覚めるか、気絶したまま目が覚めないか、死ぬか。4パターンだと思う。
さっきまでの検証で魔法を使って、魔力が2減っている。減る前の状態と比較して、少し体の疲れが増しているような気がする。そこから考えると、何かは起きる気がする。そうすると、2/3の確率で、下着姿のままわたしの意識は永遠に失われる。そうなると色々と不味い。色々と。
今日、リスクを負う必要はないだろう。
わたしはランプの火を消し、ベッドに転がってマントに包まる。
眠りにつくのに10秒も掛からなかっただろう。
異世界での、わたしの長い1日がようやく終わった。
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