第8話 初めてのご飯(1日目:ヴェニー)

 冒険者ギルドを後にしたわたしは、その後隣の雑貨屋で、道具類の調達を行なった。


 筆記用具の類が欲しかったので店員のおじさんに聞いて、木板と、鉛筆、紙を見せてもらった。中世では紙は羊皮紙しかなく、高級品だという認識だったけれど、思ったよりも高くなかったので買っておこう。他には使いまわせそうな布と20センチ位の桶を購入して、雑貨屋での用事は終わり。


 その後、道端で出会った女性に声をかけて、服を取り扱っているお店の場所を聞いた。主に中古の普段着が売られていて、おしゃれなデザインの服はあまりない。それでも結構な値段がする。宿代に苦労している現状では、手を出すべきではないのはわかっている。わかっているのだが……。


 白のスカーフと櫛、髪留め用のピン数本、下着類を何点か購入した。消耗品だし、下着類は切実に必要だし。スカーフやピンは比較的安かったから、今買わなかったとしてもいずれ絶対に買う。というわけで今買った。楽しい。


 日も暮れてきたので、《竜の止まり木》に戻る。


 宿に入ったタイミングで、夕暮れ時を告げる鐘の音が聞こえた、ゴーン、ゴーンと、鐘の音が5回。女将さんが言っていた、5の鐘というのはこれのことかな?


 部屋に戻るか迷っていると、女将さんに声をかけられる。


「今戻ったところかい?そろそろ夕食になるから少し経ったら降りてきてくれ」


 挨拶しようと思ったけれど、すぐに奥に引っ込んでしまった。忙しそうだし、後にしよう。部屋に戻って、買ってきたものの整理をする。お腹が空いてきた、そういえば今日はまだ何も食べていなかった。これから初めての異世界の食事だ。心境としては、期待半分、不安半分だ。


 下に降りると、女将さんがわたしの姿を見つけて手招きしてくる。カウンターの上に食事が乗ったトレイが置いてある。


「夕食だよ、あっちのテーブルで食べておくれ、食べ終わったら、そのまま置いていて暮れていいからね」


 女将さんはそう言って、また忙しそうに奥へ引っ込んでしまった。奥で誰かと話しているようで『あんたもそれが終わったらあっちで食ってきな!』とか大きな声がする。


 大きなテーブルが二つあって、片方には男性が2人、既に食事を始めている。私は人のいない方のテーブルに向かい、席についた。さてさて異世界料理はどんな感じだろう?


 トレーの上には、いわゆる黒っぽいスライスしたパンのようなものと、野菜が入った、玉ねぎ色のスープが載っている。うん、中世っぽいね。


 パンの見た目をもう少し詳しくいうと、ココアパウダーを練り込んだみたいな焦茶色で、ラスクのようにスライスしたものだ。それが2枚載っている。

 スープの方は、豆が入っていて、玉ねぎっぽい欠片が入っている。匙で掬ってみても他に具材は見つからない。思ったより質素だ。


「いただきます」


 ひとまずスープを飲んでみる。塩味のオニオンスープって感じ、何だけれど、見た目からは想像してなかった深みがある。豆を食べてみる。豆の味がする。不思議なことに美味しい。いや失礼なのはわかっているけど、見た目とのギャップが凄いんです。なんだこの食べ物は!シェフを呼べ!


 スープの意外な美味しさに脳がバグりそうになる。


 次に、パンを手に取る。千切ろうとするけれどなかなか千切れない、硬い!何とか一口大に千切って口に入れる。


 硬いのはわかっていたので驚きはない。パンといえばもちもちした食感を想像すると思うけれど、そのもちもちしたパンを5個重ねて、圧縮して一つにまとめたものを食べた食感。酷い食レポだと自分でも思います。逆に面白い味だ。噛んでいると酸味がじわじわ広がってくる。

 ココアパウダーの想像の甘みと、実際の酸味とのギャップがあるけれど、慣れると美味しく食べられると思う。スープに浸して食べてみる。パンがスープを吸ったおかげで柔らかくなり食べやすい。その分硬さと酸味のスルメ感も薄まるけれど。


 総評として、見た目と食感が、味に釣り合っていない料理。と言ったところだ。なんでこういう味になるんだろう。


「うまいのかまずいのかよくわからない飯だよな」


 わたしが料理の味に百面相していると、斜め向かいに、私より頭半分くらい大きい背丈の少年が座った。短めの金髪で、幼さが抜けきっていない、活発そうな見た目の彼。私に話しかけてきたようで、自分のトレーに向けて指さしている。


「えっと……美味しいですよ?」


 苦笑いしながら少年に返す。嘘ではない。


「気を使わなくていいんだよ、毎日食ってる俺がそう言ってるんだから」


 少年はそういうと、黙々と料理に手をつけ始める。


「長く泊まっているんですか?」


「いや、ここの息子」


「息子さんって、サーティスさんだけじゃないんですか?」


「兄貴は長男で、次男が俺。あんたは?」


「えっと、リンと言います。夕方、冒険者になりましたね、昼頃は無職でした」


「フフッ、あんた面白い人だな。俺はヴェニー。俺も冒険者だよ、先輩って呼んでいいぜ」


「何言ってんだい!たった一週間で先輩を気取るんじゃないよ!」


 女将さんに聞こえていたようだ。ヴェニーくんがバツの悪そうな顔をしている。隣のテーブルの男性2人もくすくす笑っている。


「先輩は次男なんですよね?サーティスさんもそうですけど、《竜の止まり木》を継がないんですか?」


 笑いながら問う。ヴェニーくんが苦い顔をしてすかさず返してくる。


「悪かった。ヴェニーって呼んでくれ。

 兄貴は今は兵士をやってるけど、後何年かしたら辞めて店に戻ってくるんだ。今は他所で雇われて稼いで、金を貯めてる途中さ。

 だから、次男の俺は店にはいられない。別に元から冒険者になって荒稼ぎしてやろうって思ってたからいいんだけどな」


 そう言って、ヴェニーくんは明後日の方を向いて、気にしていない、ていうような素振りをする。 

 なんだか、考え方が若くて可愛いな。所作も、虚勢を張っているというか。明らかに年下だし、敬語をやめて、少し距離を詰めてみようかな。同業者だし、今後とも関わることがありそうだ。

 

「リンはどうなんだよ」


「わたし?わたしはなんとなくかな」


 意外に感じたのか、彼は驚いているみたいだ。


「なんとなくで冒険者がやれるのかよ」


「わたしは旅人で、今まで働かずにもともとあったお金で生活してたんだけど、路銀も少なくなったから、仕方がなく冒険者になったよ。強いて理由を挙げるとしたら、他にやれることがなかったから」


「そうか、まあそういうやつも、いるんだろうな」


 それを聞いて、ヴェニーくんは思い詰めたような表情をした後、食事を手早く終えて奥へと帰っていった。



 ◼️◼️◼️



 食事を終えて、部屋に戻った。もう外は暗い。一階からもらってきたろうそくで、ベット横の小台に置いてあるランプに火を灯す。ろうそくの火を消した後、なんとなく風通しを良くしたくて、窓を少しだけ開ける。ほどなくして女将さんがやってきた。


「湯桶とタオルを持ってきたよ」


「ありがとうございます。本当に助かります」


「いいんだよ、その代わり、しばらく町にいるんだったら、長く泊まってくれるとうれしいね。夕食の時にわかったと思うけど、今の時期は客の入りが悪くてね、他にもサービスするからさ。


「分かりました、そのためにも明日から頑張ってお金を稼がないといけませんね」


 わたしが笑顔で明るく張り切ってみたが、女将さんの表情は逆に暗くなった。


「……冒険者っていうのは、命がいくつあっても足りないような仕事なんだろう。お嬢ちゃんはやっていけそうなのかい」


「そうですね、一人だと、危険な状況になった時に他に誰にも頼れない。かといってパーティを組んで安全を求めると、一人当たりの収入は減ってしまうし。収入が減らないように強い魔物を狙うと、危険が増しますし。難しいですね」


 冒険者になってから一回も戦ってないのによく口が回るなあと思う。けど、多分わたしの想像通りだろう。


 そして、女将さんは確かにわたしを心配してくれているんだろうけど、本命はヴェニーくんのことだろう。


 だからわたしは気休めで当たり障りのない言葉じゃなく、危ない職業であることをしっかりと伝えた。


「そうかい、まあどんな仕事も、良いことも悪いことあるってことだね……。ああ、お湯は使ったら、廊下に置いたままにしてくれていいよ。後で片付けるから。それじゃあ、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」





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