第6話 森を抜けて町へ(1日目)

 体感で1時間半くらいだろうか。実際は森の範囲はそこまで広くなかったのだけれど、スライムとの戦闘が多く、安全マージンを取っていたのに思っていたより時間がかかってしまった。


 森を抜けると、目標地点にしていた町が左手側に見える。森の中を真っ直ぐ進んできたつもりだったけれど、少し右側に出てしまったようだ。町の規模をどう表現すれば良いだろうか。おそらくは一辺が500メートルくらいの壁で四辺を囲っているのだと思う。ここからでは二辺しか見えないので断定はできない。


 町から右手側方向に街道らしき道が続いている。道沿いにも所々小屋のような建物が見え、道の両側には青々とした平坦な土地が広がっている。遠くてよくわからなけれど、畑のように見える。


 兎にも角にも、どうにか森を脱出できた。その辺に転がっている岩に腰掛けて、少し休憩することにした。


「森の中を歩くのがこんなに疲れるとは思わなかったな、あー喉乾いた。水飲もう、水。水筒があったはずだよね」


 緊張が続いていて水を飲むのも忘れていた。リュックから水筒を取りだして、水筒のキャップを外す。皮製の水筒なんて前世では見たことがなかったので、飲み方がわからない。それに中身ってもしかしてワインだろうか。中世では水が貴重で、ワインを水代わりに飲んでいたと、高校の時に世界史の先生が豆知識として教えてくれた覚えがある。ちょっと警戒しながら、手の平に少しだけ中身を出して、舌先で舐めてみる。……水のようだ。まあ水魔法なんてものがあるくらいだから、前世での中世とは事情が違うのかもしれない。先生の豆知識は役に立たなかったよ……。


 ああ、良くない、ちょっと熱中症気味の様で、頭がモヤモヤする。早く水を飲んで少し休もう。初めてだからこれが正しい方法かはわからないけれど、やってみよう。

 水筒を持ち上げる。口を開いて、注ぎ口の狙いを舌の上に定める。勢いよく水が出るとよくないので、ゆっくりと両手で水筒に力を加える。袋を押す度にちょろ、ちょろと少しだけ水が飛び出す。物足りなくなって、強めに力を加えると、勢い余って唇の外に溢れてしまう。慣れてないし、難しいね。

 こくり、こくりと水を飲み、嚥下した水がわたしの中に入って、染み込んでいくのを感じる。生き返るような心地で、ふぅ、と息をつく。


 しばらく休憩して人心地ついた。もう少し休んでもいいけれど、そろそろ出発することにしよう。見たところ町までの距離は2キロくらいだろうか。町に着いたら色々とやらなければならないことがあるだろうし、歩きながら考えよう。



 ◾️◾️◾️



 15分ほど歩いて、町に着いた。門の前には兵士らしき男性が槍を持って立っており、すぐ横に詰所だろうか、交番くらいのサイズの建物があり、馬房がある。わたしは男性に向かって近寄って行く。


「こんにちは、お勤めご苦労様です」


 出来るだけ自然な笑顔で、愛想良く話しかける。ファーストインプレッションは大事だ。


「おぅ、こんにちは。どうした別嬪の嬢ちゃん、俺に何か用か?」


「はい、わたしは旅をしていて、しばらくこの町でお世話になろうと思っているのですが、どこかに良い宿はないかなと思いまして」


「嬢ちゃんみたいな女の子が1人旅か?大変だろう、魔物とか野党とかに襲われるんじゃないのか?」


「こんな見た目でも、最低限の自衛はできますので、苦労も多いですけれどね。それで、宿の方は?宿代なども大体の相場が分かれば助かるんです。路銀も限りがありますので」


「ああ、そうだな。入ってしばらく大通りを真っ直ぐ進むと、大きく三方向に分かれる広場に出る。そこの左手の角に、ドラゴンが描かれた看板があるから、そこがいいだろう。1泊夕食付で銀貨3枚だ。宿の店員に『サーティスに紹介された』て言ってくれると、嬉しいかな、俺の実家なんだよ」


「ふふっ、ええ、分かりました。親切な兵士さんに紹介してもらえたって言っておきますね。ありがとうございました、では、また」


 軽く会釈して、その場を後にする。


 とりあえずは第一関門突破だ。緊張したけどなんとかなった。


 今世で人と話すのが初めてだったため、わたしが今喋っている言語が通じるかどうかが不安だった。多分、今のわたしは、日本語で話して別言語で相手に伝わっているという、不思議な状態になっている。例の神様が配慮してくれているのだろう。言葉が通じない可能性もあったけど、どちらにせよ、現地人とコミュニケーションを取らないと始まらないので、勇気を出して話しかけるしかなかった。


 門を潜ると、正面には真っ直ぐの大きな通りが、左右には壁沿いに比較的小さな通りがある。外からの見た目通りそこそこ大きな規模の町のようだ。中世とか異世界の町や都市の規模なんて知らないけれど、少なくても廃れた商店街のような感じではなく、人通りもあって賑やかだ。兵士の人に言われたように、大通りを真っ直ぐ進む。大通りということもあって、ここはお店が多いようで、果物を売っているお店や、野菜らしき葉物を売っているお店、江戸時代の団子屋みたいに店先に長椅子があるお店等がある。この辺りは通りに向かって商品を並べて売っている、屋台みたいな店舗が多いようだ。


 しばらく進むと、二階建ての建物が増えてきた。靴の形をした看板のお店や、服の形、瓶の形など様々あるけど、分かりやすくて助かる。それぞれ看板の見た目どおりのものを取り扱っているんだろう。


 道ゆく人にもいろいろな格好の人がいる。腰に剣を挿した屈強な男性数人。魔法使いみたいなローブの女性。大きな荷物を背負った男性。オーバーオールを着た農民ぽい女性。わたしの格好もそこまで浮いていないようだ、と信じたい。というのも気配察知を使ってみると、なんというか、視線が刺さるというか。チラッと見られるのが分かる。若干目立っている気はする。理由は分かる、この衣装は素材が良く見えるのだ。新品だから糸のほつれも見当たらないし、他の人の皮色とか鼠色の服装に比べて、臙脂色の鮮やかな染色が高級品に見える。そういった理由から目立っているのであってわたしがドレスコードに違反している訳ではないはずだ。


 しばらく歩いていると道がひらけて広場に出た。大きめに通りが分かれている。ここの左角が宿屋のはずだ。ドラゴンを横から見たような看板を見つけた。看板の下に謎言語で「竜の止まり木」と書いてある。ずいぶん大きく出たな。ちょっと笑ってしまった。宿屋は二階建てで横幅もあって、確かに立派に見えるが竜が乗ったら流石に耐えられないだろう。


 両開きのドアを開いて、建物の中に入る。


 入って正面にカウンターがあって、カウンターの中には木製ジョッキやボトルが並んでいる。部屋の右側には大きな机が二つと、机に対して椅子がそれぞれ4人分くらい並べてある。食事スペースだろうか。見えるところには誰もいない。


 カウンターに進んで、様子を伺うが、誰も出てくる気配がない。


「ごめんくださーい!誰かいませんかー」


 大声で人を呼ぶと、遅れて恰幅の良い女性が奥の方から出てきた。


「はいはい只今。お客さんかい?」


「はい、サーティスさんにこちらの宿を紹介されて伺いました」


「へえ、そうかい。サーティスはウチの息子なんだけどさ、真面目に仕事をしていたかい?」


「はい、とても親切にしていただきましたし、素敵な名前の宿を紹介して貰えたので嬉しいです。『竜の止まり木』って面白いお名前ですよね」


「ははっ!そうだね、ウチの旦那が付けた名前なんだ、竜が休めるような大きな宿にするんだっ、てね!名前負けしないように私も頑張らなきゃね。……ああ、宿代は一泊夕食付で銀貨3枚だけどどうする?」


「では、それでよろしくお願いします。そうですね、期間は……とりあえず三日間分、連泊できますか?支払いは金貨でいいですか?」


「ん?ああ構わないよ、三日で銀貨9枚、……はい、お釣りだよ。お嬢ちゃんは女の子だし、夕食後に部屋に湯桶とタオルを持って行った方がいいかい?本来なら、追加で銅貨3枚貰うんだけど、息子の紹介だし、ウチを褒めてもらって気分がいいからね、おまけしちゃうよ!」


「えっ、悪いですよ。お支払いします」


「遠慮しなくていいよ、今の時期は町にそこまで人がいないからね、客も多くはないし、手隙なんだ。ああ、井戸ならあの戸口から出て、見えるところにあるからね、自由に使っていいよ、そうだ、忘れてた。名前を教えてちょうだい」


「リン、といいます」


 女将さんは宿帳らしきものに羽ペンで何やら書いている。盗み見るとわたしの名前と、外見特徴を書いているようだ。『冒険者風』『女性、背が低い』『美人』と書かれている。ちょっと照れる、背が低いは余計だけれど。


「じゃあ部屋に案内するよ」


 そう言って女将さんはずんずんと二階に上がって行く。気後れしつつもわたしもついて行く。


 案内された部屋は二階の突き当たりの角部屋だ。部屋は3畳くらいのスペースで、簡素な木製のベッドが置いてあり、ベッドの横にランプが乗った小台がある。家具類は他に何もない。壁には窓らしき木枠が嵌っており、角部屋なので2つある。ちょっと得した気分だ。


「夕飯は5の鐘がなった後、少ししたら下に入りてきておくれ。……嬢ちゃんは1人旅かい?冒険者のように見えるけど」


「えっ!……はい、1人旅です。……そういえばこの町には冒険者ギルドってあるんですか?」


「ああ、場所はここを出てから、東門……サーティスがいるところに戻る途中の、ちょうど中間くらいのところにあるよ。盾と剣の看板があるから探すといい。まだ夕食まではかなり時間があるけど、どうする、出て行くかい?」


「少し休憩したら、町の中を見て回ろうと思います。冒険者ギルドにはその時に寄ってみますね。ありがとうございます」


「じゃあ、これを渡しておくよ、部屋の板鍵だ、ここの隙間に挿すと鍵が開くから、中に入ったら抜いて、内鍵を閉めること。外出する時は挿してから、外に出て板を抜けば鍵がかかる。鍵はかけられるけど、何か盗まれたりしても責任は取れないから、気をつけてね。それじゃあ、ごゆっくり」


 そう言って女将さんが去った室内で、ベッドに横になって一息つく。ベッドは木枠の内側に干し草を敷き詰めて、シーツを被せたもののようだ。意外と柔らかくて、悪くない。このまま横になってしまうと疲れもあってすぐに眠ってしまいそうだ。まだ今日はやることがあるので眠ってしまうのは良くない。身を起こして、この後の予定を立てる。こんな感じだろうか。


 1:冒険者ギルドに向かう。

 2:衣服類、汎用の布切れ、筆記用具を購入する。他、相場の確認。

 3:宿で夕飯を食べる。

 4:魔法の練習。

 5:寝る。


 3日分の宿代でお金が1/3近く飛んでいってしまった。宿に泊まれているうちに稼ぐ方法を考えなければいけない。


 女将さんに冒険者か?って聞かれたから、話を合わせた結果わかったけれど、この世界には職業としての冒険者が存在するようだ。異世界の物語で良く登場する。魔物を倒したり、秘宝を求めてダンジョンに潜ったりする職業。冒険者ギルドなる組織があって、おそらく依頼の斡旋などしてくれるのだろう。現状のわたしには魔物を狩る他に何ができるかもわからないし、当面の生活費を稼ぐためにも、冒険者になってみようと思う。


 次に、雑貨の調達と、相場の確認。物価が分からないので、どのくらいお金を稼げれば生活できるのかも現状はわかっていない。早めに把握したほうがいいだろう。


 それが終わる頃には夕食の時間になっていると思うから、ご飯を食べて、機会があれば情報収集だ。食べ終わったら、水魔法の練習。そして寝る。


「よし、もう少しだけ頑張ろう!」


 リュックから、大きめの布袋だけ取り出して持っていこう。リュックは置いていく。狩りに行くわけじゃないからね。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る