第5話 反省とレベルアップ(1日目)
舐めていたんだろう。
わざわざ異世界に招待してくれたくらいだし、装備も充実しているし、初期地点に強い魔物なんか配置するわけないし。
それは正しく、何も間違っていない。スライムは弱い魔物だろう。多分最弱だ。十分な配慮があってわたしはここに送られたはずだ。間違っていたのはわたしで、心構えで、自分の能力を把握できていなくて。
自分は不幸だ、運がない、どうしていつもわたしばっかりと世界を呪って他人のせいにして、物事を捻くれた目で見て分かったような振りをして、だから、こうなった。
もし《気配察知》を取っていなかったら、10メートルまで近づいたところで、心構えも出来ずに体当たりを受けて怪我をしていたかもしれない。もし《体術》が無かったら、直撃して気を失って、スライムに溶かされていたかもしれない。もし《短剣術》を覚えていなかったら、攻撃力が足りなくてスライムに反撃を受けていたかもしれない。
つまり、今回は運が良かった。助かった。心の底からそう思える。皮肉じゃない。
切り替えていこう。
スキルを取得した自分を褒めてあげよう。おかげでわたしは今生きているのだから。
時間が経って少し落ち着いてきたので、スライムの体当たりを受けた左手の状態を確認する。
薄らと赤く腫れているが痛みは特にない、かすっただけだ。初ダメージで気が動転してパニックになっただけ。自動車学校の教習で初めて坂道エンストした時に頭がフリーズするあの現象と一緒で、慣れればどうってことない。仮に直撃だったとしても、頭に当たらなければ大丈夫だと思う。死な安ってやつだ。
どのくらいダメージを受けたのか確認しようとして、ステータスウィンドウを呼び出したところで、体力は数値化されていなかったことを思い出した。まだ、ゲーム感覚が抜けてないようだ。溜息をついて、足元で動かなくなっているそれに目をやる。
「スライムの死体はどうなってるかな……核っぽい黒いのが割れてる。ゼリー部分は残ってる」
黒いのは魔石というらしい。眼鏡さんがそう判断した。割れているけど、持って帰ろう。何かの役に立つかもしれない。ゼリー部分は今回は見送ろう。収納はできるけど、保管に適切な容器がない。
「初陣は苦い思い出になったけど、得るものはあったね」
まず、戦闘開始直後のスライムの鑑定結果について考えてみる。鑑定結果は
《スライム》
Gランクの魔物。
このような表示だった。
「体力の数値や、HPバーのようなものはなかった。これは予想していた通りだった。わたしのステータスも体力は表示されていないしね」
自分の体力がわからないのなら、相手の体力もわからないのは納得できる。設定自体がされていないのだろう。
魔力や筋力の表示が見えなかったのは、鑑定眼鏡の等級が下級だから、性能が足りていなくて見えていない可能性がある。もしくは、そもそも鑑定眼鏡でも鑑定スキルでも、他人や魔物のステータスを数値化して見ることは出来ないという可能性。わたしとしては後者の方がありがたい。盗み見るメリットよりも、見られるデメリットがわたしにとっては大きい。
考察しながら、下ろしていたリュックを背負い直して、歩を進める。スライムとの戦闘で10分くらいだろうか、時間を使ってしまった。先を急ごう。
「後は、Gランクの魔物。っていう鑑定結果。この結果から分かることは、全ての魔物には何らかの基準でランク付けがされていて、恐らくは上からS、A、B、C、D、E、F、Gの8段階か、Sを除いた7段階だろうということかな。スライムが最下級である前提だけれども」
まあ、それ以外のことはさっぱり分からないのだけれど。
あれこれ考えながら、道無き道に歩を進めていると、またしても気配察知に反応があった。スライムだ。20メートル弱のところでモゾモゾ動いている。
リュックを置いて、3メートルほど距離を詰める。さっきは残り10メートルくらいの距離で気づかれた。スライムの索敵範囲がそれだとして、今は大体12メートルの距離がある。ここから走って近づいて先制しよう。走りやすそうなルートをあらかじめ決める。大丈夫だ、超怖いけれど、わたしならやれる。
短剣を構えて走り出す。5メートル程距離を詰める。残り7メートル。スライムがわたしに気づく。さっきのわたしと同じだ。スライムは驚いて硬直している。スライムが驚いている間にさらに距離を詰める。残り2メートル。飛びかかって短剣で切り付ける。
「おらぁっ!死ねっ!このっ!」
3回目の斬撃で、魔石が割れ、スライムが動かなくなる。
「っしゃああ!無傷の勝利!よくやったわたし!」
二回目の戦闘は一方的に勝つことができた。完勝と言って良いと思う。相変わらず心臓バクバクで汗ダラダラだけど、前回よりは落ち着いて戦えた。
「一対一ならなんとかなるね。積極的に狩って、戦闘に慣れていこう」
その後も、街の方向を目指しながら、スライムを狩っていく。予想外だったのは、スライムとのエンカウント率だ。大体5分に一度のペースで合計10体のスライムと遭遇した。多過ぎませんか?幾ら森の中だと言っても、これだけ多いと森から出ることが出来るか不安になる。もちろんそのすべてと戦闘し倒したけれど、10匹目でステータスに変化が生じていることに気づいた。
名前:リン
種族:ヒューム
魔法系統スキル:未取得
戦闘系統スキル:《短剣術Lv.1》
生産系統スキル:未取得
技術系統スキル:《気配察知Lv.1》
《体術Lv.1》
Lv.2
魔力: 8/11
筋力: 7
知力: 12
防御力: 11
魔法防御力: 12
敏捷: 14
技術: 15
SP: 3
レベルが上がっている!それに格能力値も増加している。さっきまでは魔力最大値8、筋力5、知力9、防御力8、魔法防御力9、敏捷10、技術11だった。この能力の初期値は覚えておきたいけど忘れそうだ。今のうちにメモしておこう。適当にその辺の植物の大きな葉っぱを千切って、ナイフで正の字で数字をメモしておく。筆記用具やスマホがいつでもポケットに入っていた前世が懐かしい。この世界にもボールペンや手帳みたいなものがあれば良いのだけれど。
今のうちに、数値の上がり幅に関して考察してみよう。
Lv.1→Lv.2
魔力: 8+3 8/11
筋力: 5+2 7
知力: 9+3 12
防御力: 8+3 11
魔法防御力: 9+3 12
敏捷: 10+4 14
技術: 11+4 15
SP: 2+1 3
SPに関してはレベルアップで1増えるのは事前に分かっていたので特に触れる必要もないだろう。
魔力は、最大値は上がっているが現在値に変化がない。前世ではレベルアップで全回復するタイプのゲームがあったけれど、そういう仕様ではないようだ。見た感じ、筋力等の元から低めの能力値は増加量が小さく、敏捷や技術等、高めの能力値の増加量は大きい。
数値が大きくなったことによる、実際の体の調子を確認してみる。元の数値より40%アップしている敏捷で確認してみよう。前後左右の4方向に、ぴょんぴょん飛び跳ねてみる。
「……だいぶ動きやすくなった、かな?」
《体術》スキルの効果もあるので少し分かりづらいが、動きやすくなったのは間違い無いと思う。明らかに身のこなしというか、反応速度が向上している感覚がある。レベルアップ前と同じ感覚でいると、力加減を間違えて危ないかもしれない。
「そういえば、レベルアップの音というか、エフェクトというか、そういうのもなかったな。1匹倒す都度、ステータスの確認をしていたから気づけたけれど。まあ逆に音でアナウンスが入っても困るから、しょうがないか」
なんにせよ、レベルが上がったことで、気持ちの上で余裕が生まれた。もちろん油断はせずに、引き続き警戒しながら森を進んでいった。
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