1章 宿屋の少年編
第4話 スキル取得と森と死闘(1日目)
丘の上で、周りを見渡す。空は青く澄み渡っていて、頭上には太陽らしきものが輝いている。気温は寒くもなく、暑くもない。丘の上だからだろうか、強めの風が気持ち良い。
とりあえず、目に見えるところには人の気配はない。魔物がいる世界ということだし、警戒は解かずに、わたしはステータス画面を呼び出す。
スキル選択画面を呼び出す。現状で振れるポイントは5ポイント。何に振るべきかは決めている。《短剣術》、《体術》、《気配察知》を取得する。まずは身の安全を確保しよう。各スキルの詳細は以下になる。
《短剣術》
短剣を使用した動作の効果が増加する。
《体術》
身のこなしが上手くなる。
《気配察知》
周囲の気配に敏感になる。
スキルの上昇数値の記載がなく、スキルの発動句みたいなものもない。実はこれは白い部屋で確認した時に既にわかっていた。わたしが現状で取得できるスキルは28種だけれど、全てのスキルがパッシブっぽい説明になっていた。上手くなるとか増加するとか。つまりこの世界にはアクティブに発動するための呪文みたいなものがないのかもしれない。エターナルフォースブリザード!とか深淵の炎よ!とか顔が赤くなるような呪文を唱えなくてもいいのは助かる。
上昇量がわからないのに、ステータスの方だけは数値化されているのは納得行かないけれども。統一しようよ推定神様。
(気配察知)
頭の中で唱えてみる。特に変化がない。次にわたしは、自分の周囲に聞き耳を立てるイメージをしてみる。誰だってアパートの隣の住人が帰ってきた時に、その動きを想像したことがあるだろう。あの感じだ。
「あっ、なんか広がった気がする。でもなんか思ってたよりしょぼいな」
イメージをした瞬間に半径10メートルくらいの全周の間隔がはっきり分かるようになって、そこからプラス10メートルくらいがなんとなく、それより遠くはわからない感じ。半径50メートルくらいの範囲を想定していたので、少し気落ちした。今度はイメージをやめる。
「……気配がわからなくなった。ってことはオンオフの切り替えはできるみたいだね」
ずっとオンだった場合は、隣人のおならの音にノイローゼになってしまう。助かる。
そして、(気配察知)と考えるだけじゃ発動はせず、それに見合った動作、行動をしなければいけないということがわかった。他のスキルは同じ仕様かは今のところ分からないけれど。あと、魔力消費はしていなかったが、維持時間に比例して消費するかもしれない。気配察知を再度オンにして、しばらく様子を見ながら色々と検証しよう。
「さて、とりあえずどこを目指そうかな」
現状、この世界のことを何もわかっていない状態だ。何よりも環境がわかっていないのが痛い。1日の時間は何時間で、1年は何日で、夜があるのかないのか。謎の声さんは、この世界が地球と類似しているって言ってたけれど、どこまで同じか信用できない。早く人里で宿を取って心の余裕を持ちたい。
目を凝らして改めてあたりを見回す。すると、森の向こうの切れ目のその先に、横長の壁のようなものが見える。結構遠くにあるのだろう、かなり小さく見える。壁の上から尖塔や、物見台のようなものも薄ら確認できた。町のようだ。とりあえずは、あそこを目指して歩いていこう。その為には森を抜けなければいけない。幸いなことに森は深くないようで、地形的にも起伏がないように見える。どれだけ長く見積もっても森を抜けるだけなら2時間はかからないだろう。太陽の位置から考えて、日が落ちるまでには街まで行けそうだ。
「怖いけど行くしかないよね」
覚悟を決めて恐る恐る森に入る。
歩きやすいルートを求めて林道や獣道を探すけど、今の所それらしきものは見当たらない。出来るだけ、最初に街が見えた方向に向かって歩くよう努めるけれど、途中で曲がってしまっても気づかないだろう。地図もコンパスも無い状況で視界の悪い山道を歩くのは中々に精神の負担になる。
植生としては広葉樹と針葉樹の混ざった雑木林だ。目についた草花を、眼鏡の鑑定機能を使って手当たり次第に鑑定していく。例えば適当にその辺の2メートル弱くらいの木の葉っぱを千切って鑑定してみる。
《エテグの葉》
エテグの木の葉。若葉は可食。
不思議なのは、この木にエテグと名前を付けた何者かがいて、その情報がどうやって鑑定結果に反映されたのかということだ。鑑定スキルはウィキにアクセスすることができて、レベルに応じて情報が段階的に開示されるシステムなのだろうか。神的存在が一々あらゆる物に名付けてウィキを編集して、鑑定スキルを使用した一部の人が、人種に伝えて広まっていくと考えれば、一応納得はできるけど、神様大変そう。そうすると絶対に人が名付ける状況、例えば生まれたばかりの赤ちゃんを鑑定したら、鑑定結果は『誰々の息子』とかになるだろう。その後赤ちゃんに『ボブ』と名前を付けたら鑑定結果は『ボブ』になる。わたしがエテグの木を加工して『エテグから出来た木刀』を作って、銘を『勇者の剣』にしたらどうなるのだろうか。ビジネスチャンスかもしれない。詐欺罪で捕まりそうだけど。検証用に適当に草花を数束千切ってポーチに入れる。後で試してみよう。『ティタニアの花冠』、金貨1枚也。絶対に忘れる自信がある。
くだらないことを考えながら歩いていると、気配察知に反応があった。これまでも野鼠や野鳥らしい生き物の気配は感じていたけど、それより大きい生き物であることが感覚的にわかった。
進行方向の15メートルくらい先にいる。
身を屈め、相手に気取られないように息を潜める。相手の姿が見えた。薄い水色の半透明で、丸っぽい形状をしている。大きさは……バレーボールぐらい。ゼリー状の液体の中央に、黒い石のようなものが浮いている。鑑定結果は……。
《スライム》
Gランクの魔物。
うーむ。これだけしか情報をくれないのか。筋力とか敏捷とかの数値が分かれば、自分の能力値と比較して強い弱いの判断が付くのだけれど。眼鏡は使えるのか使えないのか分からなくなってきましたね。
考察は後にして、都合よく最弱っぽい魔物が目の前に出てきてくれたんだし、初陣としてはこれ以上ないくらいベストな状況だろう。他に魔物もいないみたいだし、ここは真っ正面から戦ってみよう。
わたしはリュックをゆっくりと地面に下ろしてから、短剣を鞘から抜いた。木や根っこの位置に気をつけて、慎重にスライムに近づく。残り10メートルまで近づいたところで、視覚ではなく気配察知の方に反応があった。剣の先端がこちらを向いたような感覚だ。スライムがこちらに気づいたのが分かった。スライムは飛び跳ねながらわたしに向かってくる。予想よりも動きが早い!
「はやっ!……っ!……ったぁ」
動揺して体が固まってしまっている間に、残り3メートルまで近寄られてしまう。スライムはそこで一度溜めを作ってから、わたしに向かって、勢いよく飛びかかってくる。心臓が、音が聞こえるくらいに激しく鼓動している。寒気を感じながら必死で右に身をかわす。左手首にドッジボールが当たったような衝撃が走る。手首を弾いたスライムが地面に落ちる。わたしは無我夢中でスライムに切り掛かる。短剣をスライムの中央の黒へ叩き込む。2回、3回と殴りつけるように。ダンボール箱を足で踏み潰したような、奇妙な手応えを感じる。
「死ねっ!死ねっ!死ねっ!はぁ……はぁ……はあぁ……しんど……」
たった10秒かそこらの戦闘で、汗だくになって半泣きの女海賊がそこにいた。わたしだった。
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